15話 知る奴と知らないヤツ
静かに眠る楓での頬に、木漏れ日が優しく射しこむ。
楓の寝床には、彼が扱っていた大鎌が近くの壁にきちんと掛けられていて、銃はベッドに寄り添う様にして置かれた机の上にある。
木造で出来ている床の音を立てないように、ゆっくりと忍び寄る一つの人影があった。
「ぐふふっ…… よくお眠りですねぇ」
気色の悪い声を漏らしながら、忍び足で人影は楓に近付いていく。
その人影を密かに見降ろす者が居た事を、彼……。
フィズは知らなかった。
「なにをしとるか、このバカ者っ」
「あだっ!? げぇ、ナエ婆。くそぉ、どっから湧いて出てくんだよ」
屋根や家を支える太い骨組みの柱から、ナエが飛び降りる。
「ここはワシの家じゃぞい…… って、ワシを虫みたいに言うでない。コノッコノ」
「いでっ、痛いって婆さん!」
ナエは必要以上にフィズを杖で刺すようにして、何度も突く。
「全く、女子の寝込みを襲うなど愚の骨頂じゃ」
「別に襲うつもりは…………」
と、何かを言おうとしたフィズは、少し間をおいて考え。
悩んだ結果、
「半分くらい無いっ。たぶん……」
結局、自身のやましい心には勝てなかったようだった。
「ほれ、行くぞ」
大きな溜め息をつきながら、冷めきった目でフィズを見やる。
ナエはそっと耳打ちする様に言うと、
そのままフィズの耳にスッと手を伸ばして捻るように摘まみながら強く引っ張る。
「いだだだあぁぁ」
「うるさいのぉ、ゆっくり寝かせてやらんか」
「これ婆さんのせいだって!」
フィズは耳が伸びてしまうのではないかと思うほどに、耳を引っ張られて部屋から無理やりに連れ出される。
ナエは杖を巧みに使い椅子を持ちあげダンッと、乱暴に置かれた椅子に半場無理やりにフィズを座らせると、トコトコと真っ直ぐ歩いて行く。
「さてっと、少し話でもせんか?」
気楽な口調で言うのだが、フィズは顔を歪めて周りを見渡す。
「これ、お話しようって雰囲気か?」
机を挟んで真正面にナエが腰掛ける。
それだけだったら、まだいいのだけれど、
何故かその周りにはこの里の者達だと思われる人が嫌に大勢で居るのだ。
しかもその人達はフィズを囲うようにして立っているのだ。
「ん? あぁ、そうじゃったな」
ナエは部屋の中に居る者達に、手で『出て行け』という感じの手振りをして見せる。
「しかし長っ!」
一人の男が声を張り上げるも、ナエはそれ以上に声を張り上げて怒鳴りつける。
「えぇい、いいから出て行かんかっ」
「わ、分かりましたよ」
恨めしそうに長であるナエを横に見ながら、次々に杜人達が玄関から出ていく。
「すまんな」
「い、いや。別に……」
里人達はフィズを見に……というよりも、楓を目当てに来ている者が多かった。
感謝の気持ちが半分。後の半分は複雑な思いだろう。
楓が放った最後の一撃は、遺跡の外に居たカアラ国の兵士達にも被害をもたらしていた。
つまり、この里自体にも影響があったという事になる。
楓の放った良く解らない一撃で起こった凄まじい爆風で、遺跡の外あったもの全てを跡形も無く吹き飛ばしてしまったのだ。そのおかげもあってか、外に待機していた兵士達を含めた全てのカアラ国軍は撤退していった。
――それだけなら良かったんだけど、
フィズは不意に窓辺から外の景色を、ゆっくりと眺めていく。
少し遠くの場所には、まるで巨大な鉄球が通り過ぎた様な道が出来ている。
木は一方に押し倒されて、家なんかは引っくり返っているし、土なんて抉れている個所が長の部屋の中からでも確認できる程だった。
朝になって改めてみると、凄まじい光景だったということが再確認できる。
「おっと、話しがあるんだったな」
外の景色に意識を取られていたフィズが思い出したかのように、ナエの方へと顔を戻す。
フィズが視線を戻してみると、ナエもフィズにつられた様に外の景色を見ていた。
ナエは視線だけを先にフィズへ戻して話し始める。
「いやなに。少し聞きたいことが、幾つかあるだけじゃて」
ちょっとだけ迷いながら、指折り数えたのちに体をしっかりとフィズの方へと戻した。
「いくつかね~。それって大体が俺の事じゃないだろう」
両手を後頭部に回して、更にフィズは行儀悪く足を高く上げて机の角に乗せて、
椅子の後ろ脚だけでバランスをとって、ユラユラと椅子を揺らした。
「……なぜそう思う?」
少しは驚くか、渋い顔をするだろうと思っていたフィズだったが、ナエは表情を一切かえずに面白そうな口調で聞き返してきた。
逆にフィズの方が少し顔を歪めたくらいだった。
(この婆さん、食えないな~……)
面白そう聞き返してきた時点で多分、フィズがそう聞き返してくるんだろうと、そういう想像をして言ってきた可能性が高い。
「……いいや。面倒だし、探り合いはなしで話そうぜ。婆さん」
「それは助かるわい、楽でえぇしのぉ」
それでもフィズの図々しいまでの態度は、一切変わる事はなかった。
「で? なにを聞きたいんだ?」
「ぶっちゃけ、あの子は何者なんじゃ?」
――腹の探り合いはなしで、確かにそう言ったがそこまでストレートに聞いてくるか。
あまりの思い切りの良さに、フィズは一瞬だが椅子のバランスを崩しかける。
「おや? どうなすった?」
「き、気にするな」
「そうか。で、どうなんじゃあ?」
さっさと聞かせろと言わんばかりに、ナエがフィズに対して催促していく。
「何者って聞かれてもなあ。俺だって良く知らないぞ」
「そんな訳はなかろう」
ナエは妙にハッキリとした言い方だった。
「数日前に聞いたことだがの。なんでも魔の者達が住まう領土の北方を牛耳っとった魔王城が、一夜にして無くなったそうじゃあないか」
不意に出された話題に、フィズの体は思わずピクッと反応してしまった。
「心当たり、あるようじゃのぉ」
ふぉふぉふぉ―― なんて楽しそうに笑いながらもナエのフィズを見る目は真面目だった。
「婆さん、何処でそれを」
「このご時世じゃ、色々な場所の情報は知っていても損はないもんじゃ」
「良くもまあ、そんな所まで情報を集められてるな、恐れ入る」
「豊富な資源のある土地が多い場所じゃからなぁ、それなりに情報が入って来るんじゃよ」
「ほぉ、それは凄い――」
フィズはこのまま話を逸らそう、なんて事を考えていたが、
「話し、逸らそうとしても無駄じゃよ」
まるでフィズの心でも読んだかのようにしていう。
それも、お茶目混じりにナエが片目を閉じて目配せをする、というオマケ付きで。
…………、
………………はっ!
――あまりの酷い瞬間のせいで、意識が飛んでいた。
「年を考えた方が良いぞ」
「妙な間を開けるでないっ! 余計な御世話じゃ。まったく最近の若者は――――」
ナエは少し顔を赤くし、ワザとらしく咳き込んで話を戻そうとする。
「つってもな、本当に俺は知らないんだよ」
「やはり一緒に旅をしてきた、と言う訳じゃあないのかい?」
「まあな、俺が勝手に付きまとっている様なもんだからな」
「しっかしなぁ、お前さんのような魔王に見初められるとるとこを見ると…… いったいあの子はお前さんに何したんじゃ?」
思わず口に出しそうになった言葉を飲み込み、フィズは一言、
「…………そこまで話す義理は無いな」
キッパリと言い切る。
そう言われて、ナエは頭を掻きながら少し間だけ沈黙する。
ん~っと声を出しながら、悩んだあげく。仕方なさそうに話しを続け始める。
「あの子に掛けられとる魔法……いやぁアレは呪いに近い、性質そのモノを捻じ曲げる様な呪術といったところだろうか、それに継承の義の様なモノが混じった変な術じゃな」
「婆さん、アナタこそ何者だ」
フィズは、そう言わずには居られなかった。
「長く生きた者だからこそ、色々と知っていると事が多いだけじゃよ」
ナエはフィズの問いにニッコリと微笑んで、そう返しただけだった。
それだけなのだがフィズはそれ以上、何も聞けなかった。
そしてナエがゆっくりと楓の方へと視線を動かして、頬が少し釣り上がる。
フィズに見せつけるような嫌な笑みを浮かべて、チラリとフィズを見た。
「だぁ~~。わぁったよ」
(楓に掛けている魔法の事を何処まで把握しているのか知らないが、何かしらの情報がヒントになって、すぐにでも魔法を解かれてしまうような可能性は避けたい)
机の上に乗っけていた両足を、勢いに任せて床に下ろす。
「話してやるよ……話せばいいんだろう」
「始めっからそうせい」
ナエは疲れたように、深く椅子に腰かけていく。
「な~にが、探り合いはなしじゃ。よくまぁ、平然と嘘を言いおってからに、色々と隠し通すき満々ではないか」
「昨日今日あった見ず知らずのヤツに、包み隠さず話すなんてマネが簡単に出来っかよ」
「それも、そうじゃな」
確かに、と言い納得してくれるナエをよそに、フィズは無意識に楓の眠る部屋の方へと顔を向けてしまっていた。
そんな様子をしばらくナエは黙って、見ていた。
「そんなマネが簡単に出来る天然馬鹿な奴を、知ってはいるが、な……」
「ほぉ、あの子がのぉ」
ナエがフィズの視線の先を追う。
「普通の、なんの特別な力も持っていないようじゃな」
「あぁ、俺も最初は驚いたさ。特別な血族の一族じゃない奴が、たった一人で俺が治めていた領土をボロボロにしやがったんだ」
信じられるか? とフィズは投げかけるように言う。
そんなフィズの様子に、ナエは深く溜め息をつく。
「冗談も大概に――」
「本当に冗談だったら、俺はいま此処に居ないだろうぜ」
フィズの真剣な声と表情だった。ナエは息を飲み込む聞こえそうな程に驚いた。
「では一体……何者」
「簡単だ、つうか最初から言ってるだろう『ただの、人間』だって」
「馬鹿を言うでないわい。ただの人が魔族に一人で太刀打ちできるか。お前たちはマナを操る、『魔法』を直接にうけて生きていられる訳がないだろう」
ナエの言葉を、フィズは目を瞑りながら黙って聞くだけである。
誰もが言う――
《マナへの抵抗力があるのは特殊な血族、神魔戦争時に活躍した人間の勇者や賢者だけ》だと、この世界の常識であると―― 誰もが言う。
普通の火の球に当たっただけで消し炭されるのが抵抗力を持たない者で、ちょっとした火傷程度で済んでしまうのが、特別な血族を継いでいる者たちだ。
これだけの差がある事はどんな物にも記されている。
過去を記す書物や、歴史の書物を読んでも同じ様な内容が書かれているのも事実だ。
フィズだってそんな事は当然に知っている。
それでも信じられないというようで、ナエは力説して部屋に垂れ幕まで垂らし、過去からの説明やら本やらを出して説明していた。
「婆さん、アンタの気持ちは理解できる」
楓と初めて対峙した時のフィズの心境も、似た感じだったからだ。
『自身が出来る全部の可能性を試してもない奴等の答えなんぞ、当てになるかよ』
俺の問いに楓は平然と、堂々と答えていた。
『自分自身の可能性なんてな、自分で試すしかねぇだろう。一々そんな他の答えなんて気にしていたら、やりたい事なんて一つも出来やしない』
アホらしいと、吐き捨てるように言ったのだ。
「どんな書物だろうと歴史だろうと、他人が成した他人の力だと。『自分の“力”は自身でやりきってみなきゃあ分からんだろう』って、一刀両断された」
最初に聞いた時は、楓の事をおちょくって言ったつもりだったのだけれど、堂々と真正面から真っすぐに言われた言葉だ。
「まさか、それでたった一人で殴りこみかぇ」
ナエ婆さんの言葉に、俺はただ頷く。
「そこまでやられちまったらな、馬鹿にする事も怒りも湧かないね。むしろ清々しかった」
その時、あまりに清々し過ぎて大笑いしてしまい、逆に切れられたのはいい思い出だ。
「……なんちゅう子じゃ」
驚いた表情で婆さんは楓のいる部屋の方へと顔を向ける。
「ん? ちょっと待って。なら何故にお主は一緒に居るのじゃ!? 城が落ちたということはお主、あの子に負けたのではないのか?」
あぁ、そんな風に情報が伝わってんだっけ。
「ん~、簡単に説明するなら試合に勝って勝負に負けた的なやつだな……」
ちゃんと説明するには、物凄く色々と説明していかないといけないからな、面倒な部分を省いて言うと、これだけしか言えない。――正直、試合と言った部分でさえ勝ったとは言えないのだが……むしろ、全体的に俺が負けているはずなんだよ。
ナエ婆さんが表情を歪ませながら唸っていると、
「うぉ!? え? おぉ~~!! あだっ!」
急に体が何かに後ろへと引っ張られる感覚に襲われて、座っている椅子ごと倒れこんだ。
急すぎる感覚で、抵抗も出来ずに後頭部を思いっきり床へと打ちつけてしまう。
ゴンッと脳内に響き渡り、一瞬だが意識が飛びそうになった。
「どうした?」
「よ、よく解らないが何かに引っ張られる感覚が……」
「どういうことじゃ?」
いったい、何がどうなってるんだ。
自分の体を見回してみても特に何の異常も見当たらない。
「そういや婆さん、よく楓が元男だって解ったな」
「ほ? ワシはあの子に掛ってるモノの正体が得体のしれない術じゃな~っとしか、知らんよって、なに~~!?」
婆さんの大声は判るとして、いきなり背後から大声が響く。
「あのちっちゃい子、元男ってどういう事よ!?」
寝起きなのようで、髪がかなり乱れた様子だった。
「あ、あれ? もしかしてマズッたかな、俺ってば」
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