14話 知る奴と知らないヤツ
普段の物言いや態度からはあまり連想できないだろうが、楓は感覚で動いてしまう俺と違って、物事や周りを良く見て把握し、色々と戦略などを立ててから攻撃をしかけるような慎重を期すタイプだったりする。ただし、それは通常だったらの場合だ。
そんな簡単な奴だったなら俺の魔城で容易く返り討ちにしていただろう。
けれど、俺はそれが出来なかった。
理由は単純明快。
「賢いチビなお嬢ちゃんって言ったのよ、聞こえなかったの? いいからさっさと持ってきて頂戴よね、我等だって暇じゃないのよ」
楓は感覚や感情で戦った方が、明らかに、そして確実に強い。
本人は全く気付いていないが、正直、俺にとってはかなり救いだったりする。
「そうか、よく聞こえた」
頭の中で、今まさにブチブチと血管が切れているんじゃないかってほどの音が、楓から聞こえてきそうで怖い。
楓がブチ切れた時の怖さは、身を持って知っている分さらに恐怖感が増す。
それなりに楓から放れているのにも係わらず、背筋に寒気が走る。
「人質が居るの、忘れんじゃないわよ」
ラミュの一言に、
「解っている」
鼻で笑いながらも答える。
「ほ、ほんとに分かってる?」
リエナの声は、もう楓の耳に届いていない様子だった。
確実に楓が何をする気なのは、俺は分かった。
だが、どんな事を考えているか、どう動くかが全く分からない。
「おい、アイツ等はテメェの武器も欲しがってんだ。……投げて渡してやれ」
隣にいた俺にギリギリ聞こえる程度の声で、微笑みながらそう告げる。
死神の様なスマイルだった。
「はい、了解……。え、笑顔が怖いよ」
楓の笑顔が可愛いせいで、よけいに。
「そうか、気のせいだろう」
すぅっと開いた瞼の奥から見えた瞳は、光を全て飲み込んでいくような感じで、更に俺の恐怖心を湧き立てていく。抜き身だった刀剣を鞘に納めるのと合わせるように、楓もリボルバーの引鉄の所を人差し指で吊るすようにして、相手に見せる。
「ほら、よっと。受け取んな」
俺は高く、天井にぶつかるんじゃないかってほど高々と放り投げた。
「……そら、よ」
楓は俺と違い相手の後ろ側へと、勢いよくブン投げる。
その後、俺は楓を一瞬だけ見失ってしまう。
ベクマとカゼーヌ、そして兵士達の視線がそれた瞬間に楓は身を屈め走りだしていた。
俺は始め、中央付近にあるラミュの短剣でも扱うのかと思ったが、楓は中央に置かれていた得物など無視して、相手の懐まで突っ込んでいく。
そこからは一瞬だった。
二人の女隊長の顔面を同時に殴り飛ばし、
大鎌を持っていた男の懐に飛び込み、
走った勢いと、体重を乗せた肘鉄の一撃を打ち込む。
体勢を崩して倒れこむ男から、大鎌を引っ手繰った。
かと、思うとそこで終わらず。
そのまま、もう一人の大男の腕に大鎌の柄を上手く引っ掛けて、
相手の力や重さを巧みに使ったのか、簡単に投げ飛ばしてしまう。
最後に青年を強く押し出して、俺の元へと寄こした。
これが、ほぼ一瞬の出来事だ。
視線を楓から逸らしてしまった者達からしたら、たまったものじゃないだろう。
普段の楓なら力には力で、そういった思考で戦ってくるのに対してフッ切れると、ありとあらゆる状態やモノを利用して戦い始めるのだ。
これだから頭に血が上った楓は怖い、アレで冷静さを欠いてる訳でも無いのが嫌らしい。
あんなんでも、まだ冷静な方なのだけど。――でも、まだ本気の半分くらいだな。
大鎌の切っ先をベクマに、手元に戻ってきた銃をカゼーヌに向ける。
兵士達は戸惑いながらも銃を構えるも、
「いいのか?」
という楓の一言で、すぐにそれを止めてしまう。
――さてと、俺の刀剣は…… ん?
自分の手を見ても返って来る様子など無かった。
「あっれ? どこいっだっ!?」
投げた方向を確認しようと上を向いた瞬間、顔面に返ってきた。
「バカなことやってんじゃないわよ」
「う、うるせぇ」
俺のかっこ悪い姿を、ばっちりラミュに見られた。
しっかし、なんで手に戻って来なかったんだ?
楓の銃はちゃんと手元に戻っていたのに、何故だろう。
「テメェら、さっさと道を開けろ」
出入り口を固めていた兵士達を、楓が脅すように言う。
「ふふ、困った子猫ちゃんね」
大鎌の切っ先を突き付けられたベクマが、突然に不敵な笑い声を上げる。
「死にたっ!? くっ! ちっ」
優位に立っていた楓の表情が一変して、足元へと視線を落とした。
「おほほ、我を誰だと思っていますの」
突然、楓の真下から地面が槍の様に盛り上がっていく。
楓は瞬時に身を丸めて後ろに飛び退き、ギリギリの所で回避する。
「い、何時の間に?」
「楓って子がベクマを殴った直後くらいよ。あの子の足元に一発ね」
リエナの疑問にラミュがすぐに答えて返す。
「相変わらずに、陰湿な攻撃よね」
俺でも見逃していた一瞬を、コイツはしっかりと見てたのか。
反射神経が良いのは知っていたけど、かなり目も鍛えている。
「慎重な性格と、言って下さらないかしら」
押し倒されて服に着いた砂埃を払いながら、サッと立ち上がるベクマに、
「臆病の間違いでしょう」
ラミュが透かさず言い返す。
「本当、癇に障るわねぇ」
ベクマは額に薄く血管を浮かび上がらせながら、拳銃を構えた。
「サウンドサプレッサーって奴か? 実物は初めて見たな」
彼女の持っている銃の銃口に筒状のモノが付いていた。
「音も無く忍び寄って撃ち抜く。我にピッタリな装備でしょう」
「そうか……あの変な音はそいつのせいか」
興味深そうにして、楓は顔を上げてベクマの持つ拳銃を眺める。
完璧に除けたと思っていたのだけど、立ち上った楓を改めてよく見るとズボンや上着が所々に穴があいていたり、破れていたりしている。
「あの変な音、銃声だったのかぁ~……聞き逃した(楓に見惚れてて聞いてなかったぞ)」
「さ、さうんど? えっと……ん?」
リエナだけが付いていけて居ない様子で、一人首を傾げていた。
「ほれ、分かる様に説明してやらんか」
――もう一人いたか。
婆さんがラミュをツンツンと突いて催促している。
「銃の発砲音を抑える装備よ。まぁ正直、装備したところで完璧に発砲音が消えるんじゃあないから、バレバレなんだけどね」
「お黙り小娘がっ」
馬鹿にする様なラミュの説明に苛立ったベクマが、何発か俺達に向けて発射する。
近くの地面に銃弾が撃ち込まれると、そこからすぐに楓を襲った時の様に地面が盛り上がっていき、弾が撃ち込まれた場所から石の槍が飛び出してくる。
全員すぐにその場から逃げる。
俺は杜人の青年を脇に抱え持つようにして、避けていく。
「落ち着きなよベクマ、弾が無駄になっちまうだろう」
カゼーヌが冷静に止めに入る。
「仕方ないわね」
「こっちが有利なのには変わりないんだから、ゆっくりと懲らしめてやればいいのさ」
「それも、そうね」
出入り口に待機していた兵達が、また一斉に並んで銃を構える。
ラミュやリエナ達が戸惑いの表情を見せる中で楓だけが、物事に動じずしっかりと相手を見据えて立っていた。
「面倒だな……試してみるか」
楓が呟くと、リボルバーを二人に向かって構える。
「おや、この状況が飲み込めていない、バカな子が居るようだねぇ」
「この者等が見えないのかな、子猫ちゃんってば」
ベクマ達と兵を含めた全員が楓を嘲笑う。
その様子を楓は鼻で笑い飛ばす。
「失せろっ!」
多分、色々と我慢の限界に来ていたんだろう。
楓の眼光が鋭くなり、引鉄を引く。
普通だったら魔術が発動して弾丸が銃口を通って飛んでいく、はずなのだが……
カチンッ――
と、リボルバーのハンマーが音を鳴らしただけだった。
相手側にも一瞬の緊張が走っていたようだが、その姿を見た者達が思わず噴き出した。
弾が無いのかと、そう思った瞬間に、
「ひっくぅ!?」
楓の額から汗が噴き出し、更に険しい表情になっていく。
俺には何が起こっているのか分からないが、楓は左手に持っていた大鎌を大慌てで投げ捨てると、
右手を必死になって支え始める。
「なん、だよ。これっ!」
苦しそうな掠れ声で叫ぶと。
次の瞬間、銃口から何かが発射される。
マナだったなら色濃く発光したモノが見えるはず。つまりマナじゃない。
銃口の先は陽炎のように光が屈折している様子が分かる。
そんな状態は長く続かず、撃った反動なのか、楓がいきなり吹き飛ばされるようにして、後方へと凄まじい勢いで飛んでいく。
「楓ッ!? くっ、っそぉ」
石で出来た祭壇を貫くように破壊し、その奥の壁へと叩きつけられた。
楓が吹き飛ぶのと同時くらいだっただろうか、ベクマ達に向かって突き刺さるように吹く激しい風が襲い始める。
突然の事に反応出来なかった何人かの兵士達が、出入り口の奥へと吹き飛ばされていく。
「な、んなの。この風っ!」
多分、息も出来ないんだろう。
ベクマもカゼーヌ、叫ぼうにも叫べないようである。
身を屈めて、その場で踏ん張っているのがやっとという様な感じだ。
俺も下手には動けそうになかった。
「す、凄まじい。さすがだわ……」
風が弱まり、辛うじて残ったのはベクマとカゼーヌ、後は数人の兵士達はだけ。
楓が放った力に引き寄せられるように、ベクマ達が楓の元へと近づいていく。
俺は急いで青年を床に寝かせて、その場から走りだす。
「お前ら、邪魔なんだよ!」
吹き飛ばされた楓が心配でたまらない。
けど、今は楓の元に駆けつけている場合でもない。
鞘から刀を引き抜いて、全力で地面を蹴る。
一刻も早くこの邪魔な奴等を排除するのが最優先だ。
楓をいち早く治療してやりたい。
「ハンッ、馬鹿みたいに真正面から――」
一瞬、身を低くしてカゼーヌの懐に飛び込み、刀を振り切る。
「がっ!」
「ゼーヌ!」
俺は確かに斬った。
ちゃんと刃の方を向けて、相手の腹を斬ったはずなのに、
「なんだ!? 切った感触じゃない」
まるで鈍器で殴ったようにカゼーヌが部屋の端へと、吹き飛んでいく。
「うそ、なんで斬られてないの!」
ラミュが驚きの声を上げる。
何故斬れなかったのか、それは分からないが、カゼーヌは完全に気絶していた。
「リエナ、今のうちじゃ。手伝え」
「(コクッ)この子は私が見る」
「きぃ~っ! 己等っ! 何をしているの、おま――」
ベクマが声を張り上げる。
その前に俺が斬りかかるも、
間一髪の所で回避されてしまう。
すかさず、握り手を捻って方向を変える。
「避けきれなっ!」
「「総隊長!」」
カゼーヌに付いていた男達が、俺とベクマの間に割って入ってきた。
手には相手の防具を切った感触は伝わってきたが、
「またかっ!」
普通ならこのまま、振り抜けて男達の胴と脚を真っ二つに両断が出来ていてもおかしくないのに、
そうはならなかった。
そのまま力任せに刀を振り切って、男達をベクマの方へ吹き飛ばす。
ベクマが少し遅れて応戦しようと武器を俺向かって構えたのが見えたが、何故かその武器を構えた瞬間に真っ二つに切れた。
俺の攻撃じゃあない。と、思うが……じゃあ誰だ?
誰も彼女には攻撃などしていない。
「こ、この屈辱……忘れないからね」
ベクマは相当悔しそうに言い残して地面に何かを投げつけ、煙幕を張ってからそそくさと撤退していった。引き際は見事なまでに鮮やかだった。
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