12話 知る奴と知らないヤツ
「年寄りにこの光はちと辛いぞい」
「もしかして、お宝かしらね」
「うぅ、眩しい」
「うぉぉ、目がぁぁ、目があぁぁ」
フィズだけは腕がすぐに動かせず、手で目を覆い隠す事ができなかったために、白く強い輝きが直に目を襲うような感じになってしまっていた。
しばらくすると光が徐々に弱く、治まっていった。
「なんじゃ? どうしたんじゃ?」
ナエの驚きの声がフィズの耳に届く。
ラミュやリエナも声を失った様に立ちつくしているのが、分かるのだが、フィズはチカチカとする目を必死に瞬かせて、状況を確認しようと試みる。
痛む腕を動かして、なんとか目を擦ったりして、ようやく目が慣れ始めた。
「あ、おぉ? お、おい。楓!? どうしたん、だよ」
フィズは痛む目を見開いて驚いた。
視線の先には、楓が祭壇の真上辺りで宙に浮いていた。
それも楓の背中から後光が差し込んでいる様に、光っているのだ。
リエナは三人が固まっている中央へと、慌てた様子で避難してくる。
「ぐぅっ、どうなってやがんだよ」
フィズが必死に手をついて起き上がろうとする。
「これ、お主は寝とれ」
「あだっ! なにしやがんだ」
フィズの御凸を杖で強く押して倒そうとするのだが、フィズは意地でも倒れないように、手を必死に後ろ手へ伸ばして支える。
耐え続けたフィズの姿に、ナエは驚き、戸惑ってしまう。
「なんと、そんな状態でもよくまぁ」
上半身を起こしても立ち上がれずまだ力の入りにくいのか、足を慣らすように伸ばしたり曲げたりしながら、いったん胡坐をかいて座る。
「楓ちゃんが、よう分からん自体に巻き込まれてんだぞっ!」
おちゃらけた顔と言い方で続けていた言葉が、徐々に小さくなっていく。
「ただ黙って寝ていられる訳がないだろうが! 男として、楓のフィアンセとして……」
フィズの声が小さくなっていくにつれ、真顔になっていき、ついには黙ってしまう。
――普段の楓ならば、ここで文句交じりの鉄拳か、大鎌の一撃が飛んできて貶し言葉なんかも追撃……というか、追い打ちで言ってくるのに、それが一つも無い。
ただ宙に浮き、眠っているかのようだった。
「なんじゃ? お主らそういう関係なのかい」
「そうなれば良いなっという、俺様の個人的な願望だ」
楓と接していた時の雰囲気と全く異なり、鋭くつり上がった目で頬一つ動かさない。
そんな変わりように、周りの女性達一同が息を飲む。
フィズは大きく息を吐き、気合いを入れるように一拍おいて、空気を吸い込む。
「楓に何をした」
声を荒げた訳でも、大声で言葉を発した訳でもないのにフィズの声は、部屋中に低くそれでも強く響き渡った。
「あぇッ!? アタシなんも……あ、あれ?」
「ひゃ!?(コクコクッ!?)……ぅ?」
フィズの声にリエナとラミュが驚いてしまい騒ぐが、フィズは彼女達の方を全く見向きもしていない事に気付く。
フィズ自身も二人が声を上げた事にすら、気付いていなかった。
殺気の籠った瞳で、ただ一点だけを見つめ続ける。
フィズの声に反応するゆうに、宙に浮いていた楓がゆっくりと祭壇へ降りていく。
体の重さを全く感じさせないほど、静かに壇上に立つ。
『この者の体を少し借りただけです、安心なさい北方で魔の地を治めし者よ』
楓は瞼を開き、優しい口調で言うのだがその声は先ほどの楓の声とは、どこか違う。
この時、フィズの周りに居た三人にはしっかりと彼の歯ぎしりの音が聞こえていた。それだけでなく、身震いするほどの殺気が肌で感じ取っていた。
「楓は俺様の獲物だ。人の獲物に手をだすな」
『それは、申し訳ありません。ですが、少しの間だけこの体を借りなければ彼方達とお話も出来ないもので、仕方なかったのです』
言い終えると同時に楓は痺れる体に鞭打って、雷の攻撃魔法を放つ。
しかし楓の体を借りた何かは、表情を一切変える事無く手を前に翳しただけで、フィズの放った雷を全て消し去ってしまう。
弾かれるでも、打ち返される訳でもなく。
なんの出来ごとも無かったかのように、忽然と消えて無くなったのである。
「なっ!? くそ!」
『ふふっ。この者の記憶にある通り御方』
フィズは続けて攻撃を仕掛けようとするのだけど、体が思う様には動かない。
「もう良さぬか」
杖を使ってナエがフィズを抑え込む。
「ぐぉ~、婆さんどけぇ」
「すいませぬな、クトリ様」
ナエがそう言うと、リエナは驚き、慌てて膝をついて頭を下げる。
「え、じゃあなに? あれ神様が乗り移ってんの!」
「これ、指など指すんで無い」
名前を聞いて尚のことフィズが暴れ出す。
「どんな奴だろうと、楓に手を出すのは俺様が一番先だと言ってるんだ!」
抑え込んでいたナエの杖を払いのけて、勢いそのままに無理にでも立ち上がった。が、両膝に手を乗せて立っているのがやっと、という感じだった。
「はぁはぁ……くそぉ、動けぇ」
楓の体に宿る神が、少し息を吐きながらデコピンの仕草をする。
すると、フィズの御凸辺りからだろうか、パンっという破裂音が響いた。
衝撃波がフィズの頭を貫通するような感覚を感じながら、フィズが仰向けになって地面に倒れこんでしまう。
『少し寝ていてください』
「やろぉ~、はぁはっ……たてん」
『驚きましたね。気絶させるきでやったのですが』
「楓の無事が確認できるまで、死んでも意識は保つ」
『さすが、貴方の魔力を使いこんでまで、この子の体を変えただけの愛情ですね』
「ほぉ、知ってんならとっとと解放してほしいねぇ」
そんなフィズの言葉を聞いて、クトリは楽しそうな笑みを浮かべる。
『今の貴方なら、少しは認めても良いかもしれませんね』
呟くようにそう言うと、お皿を持つように両手を前へ出すと、クトリの手元に光に光が棒状に伸びて集まり形を成していく。
その手を上げると、形を成していく棒状の光が寝転がっているフィズの手元に突き立てるようにして、一旦止まる。
フィズのポケットから、ここの祭壇の前に来る途中で拾ったモノが光だして、棒状の光に吸い込まれる様に重なっていく。
『試練の道も攻略されている』
呟くように言いながらも今度は、手をゆっくりと下げる。
「いっ! おい待てっ!」
棒状の光だったモノがきちんとした形を完成させ、纏っていた光が晴れる。
そこから現れた物は、
刀身は細長く、反りがある片刃の刀剣だった。
芸術品の様な、その刀身に皆が見惚れている中で一人だけ、あたふたとして焦っているのはフィズだけであった。
無理もない、刃先は自分の右掌に突き立てられて今にも突き刺されそうになっている。さっきまで色々と無理をしてしまったせいで腕でさえ、今はまともに動かないのだ。
突き立てられた刀身は、迷いなく下へと向かってフィズの手を貫いていく。
「いででぇ、ああぁ~~~。やめてぇぇ」
キィーンっと地面に刃が突き刺さる音が部屋中に聞こえると、刀身はそこで止まる。
『これで、神器との契約は成立ですね』
クトリの呟いた言葉に、ナエが目を見開いて楓の方を見る。
「では、この者が!」
ナエの驚きにクトリは、ただ頷いて答えるだけだった。
「痛いだろうがっ!」
フィズは勢い良く刀剣の柄を左手で握り、急いで引き抜いて立ち上がる。
『どうです?』
「なにが『どうです?』だ、人の掌に剣ぶっ刺して……おい、て? んぁ? あれ~?」
右の手をクトリに翳すと、その掌には刀剣によって貫かれた傷は無かった。
「ちょっとアンタ、体は?」
ラミュに言われて、ハッと身体中を見回したり触ったりする。
マナに締め付けられる痛みも、熱さも綺麗さっぱり無くなっていた。
「良く分からないが、これなら」
『あと一つ用事を済ませたらいなくなりますから、落ち着きなさい』
フィズは不服そうな表情で構えた刀を、とりあえず下ろす。
『そしてもう一つですが、これはその刀と対になるモノ。魔神によって作られたモノ』
さっきと同じように手を翳して光の塊を作るようにして形作られて言ったモノは、
リボルバーだった。
銃身が少しごつい感じの回転式型拳銃。レンコン状のシリンダーには六発の弾丸が入る。
『コレを――っ!』
同じ様に手を差し出すような仕草をした時だった。
クトリの動きが急にぎこちなく、止まる。
「いつの間に……の体で、……勝手に気持ち悪い言葉遣いしやがって」
少し辛そうな表情で、楓本人の声が聞こえてきた。
「楓っ!」
「バカな、神の意識を抑え込んでおるとでもっ!」
「それってなに、凄いの? ちょっと誰か分かる様に説明してよ」
ラミュやフィズといった三人が驚きの声を上げる中で、リエナは唖然とした様子で楓の事を見つめていた。
そして、神が差し出そうとしていた目の前で宙に浮く銃へと、手を伸ばす。
『お、やめ、なさいっ!』
楓は手を必死に伸ばそうとするが、腕が糸にでも引っ張られるかのように押し戻されている感じだった。それでも強引に体を捻り、肩を前に突き出してゆく。
「あ、そのお宝はアタシが貰うの!」
そう叫んでラミュが楓に近付こうとするが、見えない壁のようなモノに弾かれて、部屋の端の方へと吹き飛ばされてしまう。
『なにをっ!』
「……五月蠅い」
最後まで力を振り絞って、楓は銃のグリップを握りしめて引鉄に人差し指を掛ける。
「僕の体を、好き勝手にすてんじゃねぇ!」
銃口を祭壇奥の壁、天井付近にあった水晶の様な球に向けて一発ぶっ放す。
神に乗っ取られている間、フィズに体を変えられた時の事を思い出しながら、今までの遣り取り聞いて楓の怒りが爆発した瞬間だった。
「……っち、悪夢を思い出しちまったじゃねぇか」
フィズの城でやられて、体を女に変化させられて目を覚ました時に、僕が危なく襲われそうなった時の光景が、未だ脳裏に残っていた。
その記憶を振り払うかのように、楓は何度も頭を横に振る。
楓が放った弾丸は水晶の様な物に当ったものの、それ自体にはなんの損傷も見られない。
『まさか私を押しのけ、その上、私自身を身に宿した状態で自我まで保つとは、貴方は私が考えていた以上にイレギュラーな存在ですね』
楓は意図せず、勝手に口が動き喋ってしまう。
「フンッ。当たり前だな、俺が初めて会ってから一日もしないで見初めた者なんだぞ」
「……気持ち悪い」
『そのようですね』
しかも、出てくる声が自分の声色と違う為に違和感が半端ないほどにある。
「僕を使って勝手に喋るなっ! しかもなに納得してやがんだ気色悪い」
『あら、すいません』
「だぁかぁらぁ~」
楓が文句を言おうとする前に、先んじてクトリが喋り出してしまう。
『しかし、困りましたね――』
「ひにゃっ! ひにぅ~」
勝手に喋られてしまうのをなんとか割り込もうした結果、舌を噛んでしまう。
次々に変わる楓と神の様子を黙って見ていた面々が、噴き出すように笑い始めた。
吹き飛ばされて意識を失っていたラミュが目を覚まし、よろよろと体をふら付かせながらも部屋の中央まで歩いてきた。
「ねぇ、ところでアタシのお宝は?」
『ここに眠っていたモノは、この銃と、彼に渡した刀のみです』
楓は自分の手に握られたリボルバーをジッと見つめる。
「アタシの苦労は何だったのよ」
ラミュはがっくりと腰を肩と落として、その場でへたり込む。
「アレが刀で僕が銃かよ……」
「要らないならさ、アタシに頂戴」
楓が不平そうな表情でリボルバーを眺めていることに気付いたラミュが、目を輝かせ、擦り寄る様にして楓に近付いていく。
「……ほら」
迷いなく、楓は手からリボルバーを放る。
「こらっ! 貴重なお宝を投げないでよ」
投げ捨てられた拳銃を、ラミュがキャッチしようとするのだが、
「ラッキー。あ、えっ!?」
抱え込んだ両手に拳銃の重みは無かった。
そして投げ捨てた筈の楓の手に、リボルバーが再び戻っていた。
「ちょっとアンタねぇ!」
「僕じゃない。投げ捨てたのを目で見ただろう」
「あ、そっか」
二人だけでなく、確かにフィズもリエナ達もその一部始終を見ていた。
『無駄、ですよ』
そう、一言だけクトリが伝える。
「どういう事だ?」
楓は思わず後ろを振り返ってしまう。
むろん、そこに誰かが居る筈も無いのだが、楓にとっては後ろから声が聞こえてくるという感覚なのだろう。
その姿にリエナは思わず、少しだけ噴き出して笑ってしまう。
「なにやってんのよ、アンタ」
「……こうなって見れば分かる」
ちょっと耳を赤くしながらフィズ達の方を振り返ることなく、楓がそう告げる。
自分自身と会話している、妙な違和感を感じながらクトリとの会話を続ける。
『正直、私も予想外でした…… 貴方は、その銃を自身の力とする契約をしてしまいましたので、命尽きるその時まで、その魔神器が貴方から放れる事はありません』
「…………はぁ?」
『そして、本来その銃は刀剣の所有者に選らばれた者と共に訪れ、その者と対局に位置する血族の者へと委ねられるんですが……』
クトリがそう言うと、リエナ以外の全員が一斉にラミュの方を見る。
「は? アタシに? 何でよっ!」
『この武器を作られた者の意思―― 魔の者と聖なる者が共に肩を並べて歩ける未来の可能性を信じ続けた者の思いを託したのです』
「くだらん思いだな、自身でやれば良いだろうに」
ただ一人、楓だけがその言葉を聞き、吐き捨てるように言う。
『ここの門が開かれた。それは、その魔神戦争終結時に予言されたこと。多分ですが、各地で異変が起き始めたという導きの証に他なりません』
「予言ねぇ、つまらそうな戯言」
楓のその発言に、フィズ以外が驚きの表情を見せる。
フィズは楓のその言葉を聞き、楽しそうに笑う。
「アンタ、目の前に……じゃなくて、アンタん中に神様居んのになんてこと発言してんの」
「まったくです、訂正してください」
リエナやラミュ達の言葉を楓は詰まらなそうに、耳を掻きながら聞き流す。
「き、聞いてるんですか!」
リエナが荒げる声に、鼻で笑って返す。
『貴方は、神の声やお告げを信じない人なのですか?』
そうクトリに聞かれて、やっと口を開く。
「信じないね。それに、そのお告げとやらは結果じゃあなく、可能性だろう」
『……えっ』
始めの一言でクトリが少しだけ、驚きの声を上げた。
途中で言葉が切られてしまったが、楓は構わずに続けて話し始める。
「いくら神様って奴が偉かろうが、僕が信じるもんとは違う。それに、なんの努力も、自分でやり遂げた実感の無いもんに価値があると思えねぇんだよ」
「ふむ、確かに一理あるのぉ」
「で、でも神の声や予言は――」
「勝手に想像された未来を、貴様は簡単に受け入れるなんざ、つまらねぇだろうが」
リエナの訴えを遮って、楓はそのまま続けて言う。
「例えば『ここが滅ぼされる』と、今から僕の中にいる奴が言ったら。それをただ信じ、受け入れるのか? 仲間達がやられていくのをただ見ているだけか?」
「そ、れは……」
リエナは徐々に何も言えなくなっていく。
「貴様がそれを信じると言うなら、別にそれで構わない。まぁ、僕は違うがな」
『では、貴方が信じるモノとは?』
「自分自身だ」
クトリの問いに楓は一言、即答で答えた。
「己の目標も夢も、自身でなくちゃ叶えられないし。やるならやっぱ自身の手でやりてぇ」
祭壇の上から銃口をフィズの方へ向けて構える。
『…………ふふっ、良いでしょう。貴方にその力を託すことを躊躇う気持ちが晴れました』
「ん? お、おい?」
楓は自分の中から何かが消えていく様な感覚を覚え、慌ててクトリに呼び掛ける。
『もう時間です。後の詳しい話しはきっと杜人の長に言い伝えられているかと――』
そう言い残すと、先ほど楓が打ち込んだ水晶の様な球が弾け飛ぶ。
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