11話 知る奴と知らないヤツ
「くそぉ、逃げられた!」
「逃げたんじゃなくて、落っこちたと言った方が正しい気がします」
フィズの呪文で吹き飛ばされていたカゼーヌが、下級兵士達を押しのけて立ち上がる。
「ただじゃおなかいよ…… 何を寝ているのっ」
地面に横たわっていた近くの兵達に蹴りを入れる。
「これじゃあ、計画が台無しになっちまうじゃないかい。さっさと祭壇の間をお探し、この役立たず共がっ」
「そんなに急がんでも、アイツ等なら死んだんじゃ」
「バカを言うんじゃないよ。あんな得体のしれない男が一緒なんだから、まだ生きているに決まっている。それに、あの女をあまく見るんじゃないよ」
「ただのトレジャーハンターですぜ? そんなに警戒すべき相手ですかね」
「女一人で、しかも、この大地の遺跡を散々に荒らして歩きまわってきた女が、普通のか弱い女である訳がないだろう、この馬鹿ども」
「「あぁ~、なるほど」」
◆◇◆◇
「やぁあああぁぁ~~」
フリアーズの甲高い悲鳴が、楓の頭上からどんどん近付いていく。
すぐさま楓が頭上を確認するのだが、真上は暗くて視覚で何かを捉える事ができない。響き渡る声が気味悪いのか、リエナは祖母であるナエの後ろのへ隠れるように身を低くして、天井を見上げていた。
楓は通路の端にたて掛けていた大鎌を握り、とりあえず臨戦態勢を取る。
「ちょっ!? どいて退いて、じゃない。受け止めてっ」
落ちて来た三人の容姿が何とか松明の灯りで、ようやく確認できるようになると、楓はギリギリまで観察したのちに、降って来る人物達を受け止めようともせず、ゆっくりと歩きだし、何も言わずに、その場から退く。
「なん、でっ――」
フリアーズの声も空しく、二人は地面に全身を強く打ちつけた。
落ちてすれ違う瞬間、フリアーズだけは楓の溜め息がわずかに耳に届いた。
もう一人の傷だらけの青年だけは、楓が鎌の柄を上手く使い、引っ掛けるような形にはなったが、地面へ叩きつけられる衝撃は免れた。
「コイツ、仲間か?」
リエナやナエとはちょっと違うが、大体は似た様な白い衣装をまとっている青年だった。
大鎌で引っ掛けた青年を楓がすかさずに横抱きして、地面にゆっくり寝かせる。
その青年の姿をみたリエナ達が顔を青くしながら、慌てた様子で駆け寄る。
「どうしたのじゃ!」
「すいません。逃げ遅れて……」
「む、村の皆は!」
「村の皆は、無事に、逃げました。ご安心ください」
絶え絶えな言葉でも、青年はしっかりとした口調で受け答えしていた。
青年はリエナとナエの二人の顔を交互に見る。
「お二人とも、無事でなによりです……」
と、一言告げて気絶してしまう。
「キトム! しっかりして」
リエナは取りみだし、キトムという少年の体を強く揺すろうとする前に、楓がリエナの肩を強く掴んでそれを止めに入る。
鋭く睨むリエナだったが、楓はまったく気にとめない様子で一言だけ、
「気絶しただけだ」
と、小さく告げる。
「え? あっ……」
「まったくじゃ。けが人をこれ以上に悪化させる気か、お主は」
ナエは少し呆れた様子でリエナの額を、杖で軽く小突く。
「いった~ぁっ。アタシも助け……って、そうだっ!」
フリアーズは急いで上半身を起こして、周りを見回しフィズを探して近寄っていく。
そんな彼女の様子が気になった楓は、いまだに置きあがらないフィズの元へと向かった。
「やっぱり、マナ暴走が…… えっ、なによこれ?」
フィズの体のあちらこちらに、緑色で霧状の薄らとしたマナが、誰の目からでも見えた。
しかし、フリアーズが驚いている事は、どうやらその様子ではない。
「なんで、こんな状態で生きてんのよ」
フリアーズの異変に気付いたリエナ達が様子を見に駆け寄ってきた。
「これは、なんと……」
リエナは口を押さえ、息を飲み込んだ。
フリアーズが何とかしようとフィズに手を伸ばすものの、彼の体に触れる事を躊躇い、伸ばした右腕が宙を掴む様に止まる。
誰もがそうだった中で、たった一人だけ。
フリアーズの隣から躊躇なく、フィズの胸座に掴み掛る者が居た。
「なんでテメェ、マナの制御が出来なくなってる」
「あらら、楓ちゃんじゃない。おひさぁ~」
フィズはおどけて見せるが、全身に痺れが走っているかのように顔を顰めていた。
殺気の籠った視線で見つめてくる楓に、冷や汗をながしながらフィズは言葉を続ける。
「い、色々とね。訳があったり、なかったりするんだよ」
露骨に楓から目を逸らすフィズだったが、楓は更に腕に力を入れて顔を近付ける。
「僕をこんな体にしたのと、関係があるんだな」
「あは、あははっ」
「笑って誤魔化すな」
「はい、そうです。すいませんっ」
楓の掴んでいた手の全体に、まるで静電気が弾ける様な感覚が徐々に襲い始めた。
「ちっ。このままじゃあ、まずいか」
暴走し始めたマナは、辺りのマナと干渉しあってしまい、濃い方へと流れていく。つまり、今はフィズへと集中的に集まり始めている。
「もう、どうなってんの!」
「説明は後で聞く?」
疑問形で投げかけてくるわりに、強い口調のリエナだった。
「しかし、こんな場所では。なんの処置も出来んぞい」
「ババァ、この先ってまだ道が続くのか?」
「バッ、……いや、この戸の奥は祭壇の間と聞いている」
楓の暴言に、ナエはなんとか冷静に返す。
フリアーズはナエの言葉を聞き、顔を勢いよく上げてナエを顔をジッと見つめ、すぐに神門の方へと視線を移す。
「祭壇の間って、ここが……これが神門。じゃあこの奥は……神の祠」
「よし、じゃあさっさと入るぞ」
「なにを言うとるんじゃ、簡単に入れるなら苦労など――」
最後まで言い終えるまえに、ナエは何かを思い出したかのように言葉が止まる。
「御婆ちゃん、どうしたの?」
楓とナエは視線を合わせて頷き、状況が分からないリエナ達は首を傾げている。
「さっさとやるぞ」
「しょうがないのぉ」
楓はフィズに肩を貸して、無理やりにでも立たせていく。
「今回だけ、だかんな」
嫌そうな顔をする楓とは裏腹に、
「こんな状態じゃなき、おもいっきし抱きつけるのに」
フィズは物凄く嬉しそうな顔で、物凄く悔しそうに涙を流していた。
楓とフィズが神門に手を当てると、周りの壁が反応するように光だす。
二人が力を入れた分だけ呼応するようにして、神門が光って行くのだが――
どういう訳だか、左右の上半分しか反応していないのだ。
「テメェらもさっさと押せ!」
神門が光る光景に見惚れていた、リエナとフリアーズが楓の声で我に返り、二人とも慌てて門へと手を添える。
その瞬間、
「へっ? ちょっとぉ!」
「ひゃっ、うそ」
「おぉ!? とっとぉ、あ、無理」
「わわぁっ。ひっぱるな、バカッ」
今まであった壁の様な門の感覚が、全員の掌から一瞬にして無くなった。
感覚だけでなく、神門は本当に四人の目の前で、消える様にして無くなっていったのだ。
力一杯に前へと押していた四人が、勢い余ってそのまま祭壇の間へと、なだれ込むようにして転がりこんでいく。
☆※★
「だから、貴様はなんで僕の上に乗っかってくる」
フィズの全体重と、胸を強く揉まれた痛みもあってか、頭に上る血を右拳に籠める。
「はっ!? つい、すまな――」
弱っている状態だろうとフィズの顔面へ、ほぼ全力の鉄拳を繰り出した。
「ぶっ、ぅうしへくぇ」
全身に激痛が走っているせいもあって、もろに僕の鉄拳を真正面からくらう。
そのまま中央付近までフィズは転がっていく。
「アンタね、せめて手加減してやりなさいよ」
憐みの眼でフィズが飛んでいくのを横目に見ながら、フィズと一緒に落ちてきた女性が話しかけてきた。
「るせぇ。つか、貴様は誰だ?」
「アタシ? アタシはね。天才美少女トレジャーハンターの――」
無駄に腰をくねらせ、ない胸を主張する様なポーズを決めて名前を名乗ろうとする。
が、それを遮るようにして婆さんが、
「ラミュ・K(キッド)・フリアーズじゃあろう」
先に彼女の名前を言った。
何故に自分の名前を知っているのかと、ラミュが驚いた表情で婆さんを見る。
婆さんが彼女の表情を満足そうに眺めると、ポケットから僕に見せてくれたコインを、ラミュに向かって親指で弾き飛ばす。
あたふたしながらも、ラミュはコインをキャッチして急いで確認する。
「これって、カゼーヌ隊の紋章! どうしておばあちゃんが持ってるの!」
「そんなもん、相手を吹っ飛ばして奪ったからに決まっておるじゃろう。その時に少し脅してやったら、誰がこの場所まで導いてきたか聞いたんじゃ」
ふぉふぉふぉ――なんて笑いながら語る。
「じゃあ、この人がっ」
リエナが杖を構え、地面に突き立て様とする。
それに合わせてラミュの手が腰へと動く、
「っ! きゃあぁ!」
けど、その前に僕が大鎌を思いっきり振り抜き、杖を壁まで弾き飛ばして、そのままラミュの首筋へと大鎌の切っ先を突き立てた。
「……少しでも指先を動かせば、双方とも殺す」
「っう、わかったわよ」
ラミュは諦めたように溜め息を吐き、両手を頭の上に上げる。
今はそれどころじゃないっていうのに、面倒な奴らだ。
「お主も少し落ち着け」
いまだに殺気を殺さないリエナの隣に立って、婆さんが宥めに入る。
「でもっ!」
「確かにこの場所を見つけたのは彼女じゃろうが、この者にも色々と事情というもんがあるのかもしれんじゃろう」
そう言いなが、少しだけ間を置いてからラミュの方をチラリと見る。
「利用されていたのかもしれんし、己の定めを守るためかもしれん。もしくは色々な事を確かめたかったのかもしれんしな……」
のぉ、と。婆さんはラミュへ投げかけるようにして言う。
今にも爆発しそうだったリエナのさっきが、いつの間にか治まっていた。
とりあえず、この場は治まりそうなので僕も武器を下ろす。
「それって、どういうこと?」
「さぁあのぉ」
リエナの問いに対して、とぼけた様子で返す。
「おばあちゃん、どこまで知ってるのよ」
「そうじゃあなぁ、お主が悪者にはなれん。っといったところまでじゃろうかね」
あの婆さんのことだ。
想像でしかないが、たぶん……いや、かなり脅した兵士に根掘り葉掘り聞いたんだろう。
後は年の功というか、婆さんも聞いた瞬間は驚いたんだろうな。
彼女の名前に入っていた、“K(キッド)”というのが、魔神戦争の時に神々と共に闘っていた、勇者といわれた者の一人だと言う事に。
「あのぉ~。喧嘩してないでさ、俺の事を少しでも思い出していただけるとね、お兄さんすっごく嬉しいんだけど~。ねぇ、聞いてるっ! 特に楓ちゃ――、ぐぇっ!」
フィズに急いで近づき、僕を『ちゃん』付けして呼ぶ前に、大鎌の柄頭でグリグリとお腹の辺りを押しつぶす。
「そんな呼び方を次にしたら……」
わかってるだろうな、言わずに睨みつける。
「うぅ、どうんな状態だろうと、冷たい子だ、うぐぁ! わかった、わかったてば」
やっぱり全身に力が入らない様子だった。
大鎌の柄を掴んでいるのだが、ただ捕まえているだけで力が全然入っていない。
リエナ達のゴタゴタで辺りを良く見ていなかった。
あの婆さんが言った通り、確かに神門の奥には通路じゃなく、部屋の様になっている。部屋の周りには燭台が端々にある。そこに灯されているのは火ではなく、マナによって作られた太陽の様な光だった。
祭壇付近の燭台では木やロウソクなどが無い状態で、炎だけが宙に浮いて祭壇付近を赤く照らしている。
部屋の壁には、神門に似た感じの絵や文字が所狭しに描かれていた。
ただ、想像していた様な金色に輝くような壁ではなく、ただの自然の岩を削って作られたようで、ここまで来る途中の通路の壁と、あまり代わり映えなどしなかった。
手つかずだからか、新品みたいに綺麗な壁ではあるけど。
――っと、見惚れている場合じゃあなかったか。
状況が少し落ち着いたせいか、他の奴らも同様に部屋全体を改めて観察している。
「バ……婆さん、手伝ってくれ」
「少しは、物の頼み方をしっとるようじゃなぁ」
婆さんが一笑し、よかろう、なんて上から目線で言われる。
思わず、僕が舌打ちすると。
「これ、女子がそういう事をするでないっ」
くそぉ、僕が男だって何度言っても理解しないババァだな。
「心の中で、ぶうたれてもダメじゃよ」
顔に出ちゃったようだ。
間髪も容れず、婆さんに注意されてしまう。
とにかく、この部屋の中で使えそうなモノを片っ端から探す。
……探す、…………色々と探って。
………………探してみたが、
綺麗さっぱり、何一つとして見当たらなかった。
埃や塵さえも綺麗にない状態だった。
「無駄に綺麗な部屋だなっ」
このままじゃあ、本当にフィズの命が危ない。
フィズの命なんて別にどうでも良いが…… 問題は僕に掛けられた魔法だ。
まぁ、僕の実力でフィズを負かせば、本当に奴の命なんてどうでもいいんだけど。
その両方を何とか出来ていない、いまの状況で死なれては僕が困る。
「クソォがっ!」
部屋の奥にある、立派な祭壇に怒りをぶつけるようにして、一発だけ蹴りを入れる。
あと、おまけに炎が宙に浮いている燭台を、手に持っていた大鎌でぶち壊す。
「なにしてるんですか!」
「アンタ、なんてことしてん……の……よ、ん?」
「おぉう、この罰あたりめっ」
三者三様、それぞれが違った反応で声を荒げる。
ラミュは祭壇へ駆け寄って、撫でる世に隅々まで調べ。
リエナは破壊した燭台を直そうと試みて。
婆さんは、僕の頭をコンコンと叩きにきた。
「……五月蠅い奴ら」
ボソっと口から出てしまった。
「なんですってっ」
「短気な人に言われたくない?」
冷たい視線が僕の背中に突き刺さる。
「くっ、くはは。いでで!」
そんな僕の様子を見ていたフィズが突然に笑う。
けれど全身に纏うマナのせいか、すぐ痛そうに顔を歪めてしまう。
「お! やっぱり、ここね。さっき変な音がしたしねぇ~、お宝ちゃん~♪」
この場に置いて約一名は、どうやら違うモノを探し始めた。
僕が祭壇を蹴った時の音を聞いたんだろうが、よく聞き分けられたなと思う。そんな音なんて意識して聞いてなかったから分からなかった。
ラミュに気付かれないよう、気配を消して彼女の背後へ回る。
祭壇裏の個所にあった変な傷跡のような、紋様らしきモノを、ラミュは指でなぞるように、ゆっくりと口ずさみ、読んでいく。
『この間を開きし者に、汝の示す強さを持つ者よ。我に近き己の意思に誓いし者に導きにより、勇血たる心の芽により我を呼べ』
ラミュが声に集中していたせいもあって、気付かぬうちに近くにリエナが居た。
「意味不明? です?」
何故か僕の方を見て言う。
……いや、聞いているのだろうか? コイツの喋り方は妙なニュアンスで分かりにくい。
リエナが近くでいきなり喋ったというのに、ラミュは親指と人差し指で輪を作って顎にトントンと軽く叩くように当てながら、考え込んでしまっている。
「……おい、訳せ」
軽く、本当に軽くポンッと肩に手を置いた程度だったのだが、
「ひゃいっ!?」
大きく肩を揺らし、全身がビクついたせいもあって、しゃがみこんでいた態勢から、祭壇に手をつき崩れ落ちてしまう。
「びっくりするじゃないのよ!」
猫の様に体を丸めながらフィズの手前で態勢を立て直して、立ち上がる。
「驚いたのはこっちだ」
「……(コクコク)」
僕の言葉に、自分の意思を乗せるように隣でリエナが何度か頷く。
そんなリエナの態度に、この場に居る全員から呆れや戸惑いの眼差しが向く。
「……自分で喋れ」
「へっ、なぜ?」
「かぁ~、誰に似たのやらなぁ。悪い癖がじゃわい」
心の底から分からない、とただ一人首を傾げている。
「はぁ、それよりも――」
さっさとフィズを何とかしようと、
そう言おうとする直前に、祭壇がいきなり強く光り始めた。
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