10話 知る奴と知らないヤツ




 婆さん達に導かれるように、一本道を進んで僕が飽きた頃合いくらいだった。


「ほれ、着いたぞ」

「着いたって……行き止まりだぞ」


 婆さんは近くの松明を手にとって、道を塞ぐ壁へと近づけて照らす。

 リエナは行き止まり近くにある、燭台に火を灯していく。

 目の前の壁と思っていた場所が明るく照らされて全体が把握できるようになると、改めて気付く。この遺跡に入る前にあった大岩扉に似た扉がそこにはあった。

 違うのは大きさと、扉に描かれた絵、それに文字くらいだ。それでも、あの頑丈そうで重厚感のある扉その物である。


「中に入れないのか?」

 見た所、入口にあったモノと同様に取っ手は見当たらない。

「無理じゃな」

 婆さんが妙にハッキリとした言葉で言う。


「私達もそうですけど、先祖達もこの神門の奥へ入った事はありません」

「その【神門】? ってのは、一体何なんだ?」

「見ての通り普通の扉と違い、取っ手も無ければ開ける手段が記されている訳でもない、遺跡特有の門っと言った所じゃ。何かを封印、あるいは守る様に門は魔法陣が描かれ、特別な条件下でしか開く事が出来ないと聞く」


 魔術で破壊しようとしても、日々一つ入らなかったという。


「数々の人が訪れたが、誰一人としてこの先へと進んだ者などおらんかった。むろん、我らの仲間達も先祖さえもが同様になぁ」


 遺跡自体、謎の多いモノだが、基本は神や英霊を祀ったりするために作られた物が多く、魔術ではない、不思議な力が込められた扉の事を“神の力の宿る門”として【神門】、と呼ばれていると言う。


「ん? じゃあなんでここの入り口の神門は壊れたんだ?」

「それを知りたいのはワシの方じゃて」


 関係しているとするなら、魔法を使えるフィズだろうが今ここには居ない。

 この場所を目指しているんだろうし、多分そのうち着くだろうが、のんびりと待ってやる気なんてものは、サラサラない。

 神門の前に立ち、右の掌全体で触れてみる。


「何をやっても無駄?」

 リエナの言葉を無視して、こんどは左手で通路の壁を触る。

「聞いてっ――」

「少し黙っておれ、何をする気か知らんがやらせてやれ」


 掌に集中してみると分かる、門の方が明らかに暖かさ感じ取れた。

 今度は両手で門を押したり、左右に動かそうとしてみたりするけど、ピクリとも動くことはない。大鎌で軽く叩いても分厚い感じの音が響く程度だ。

 もう一度だけ門を押そうと、両手を神門にピッタリとくっつけた時だった。

 妙な振動が両手に伝わってきたかと思うと、


「やぁあああぁぁ~~」


 甲高い悲鳴が僕の頭上辺りから響いてきた。




   ◆◇◆◇


「どぉりゃあっ!」

「もう、むちゃくちゃじゃない。貴重な歴史の財産をアンタって奴はっ!? ひゃ!!」


 真正面から転がってくる岩や矢などを粉砕、破壊して進む中で、俺の後ろから不平や不満の言葉を五月蠅いくらいに言ってくる。


「じゃあ止めてみればいい」

「できたらやってるわよっ!」


 俺に当らないと判断した矢は、大体が彼女の方へと飛んでいく。それを彼女は擦れ擦れの所で避けながら、ちゃんと俺の早さに付いてきている。

 ただ、余裕は無さそうだけど。


「諦めたらどうだ?」

「冗談、じゃないわよっとと。アタシは狙った得物は逃がさない主義なの」

「ふはははっ。良いなぁお前、頑張ってついて来いよ」

「はぁ! 何だってのよ、もうっ!?」


 俺が少しスピードを上げても彼女は送れず、合わせたかのように速度を上げる。

 それでもやはり、楓と違って俺に仕掛けられる余裕も、追い抜く事さえ出来ないか。

 後ろに居る彼女ばかり気にしていて、前を見るのを忘れたせいで気付くのが遅れる。


「行き止まりか!」


 彼女は俺に必死でくらいついて来ているせいで、まだ気付いては居ない様子だった。

 右手に拳を作り、そこに意識を集中してマナを溜めこもうとした時だった。


「ぐぁっ!? ちぃっくしょう」


 全身に痺れるような感覚が走る。

 神門を壊した時は、多少の違和感程度だったのがいつの間にか、しっかり痛みとして感じ取れる程になっている。

 けど今はそんな事を気にしている場合じゃあない。


「へっ!? アイツっ。何やってのよ!」

 拳辺りが緑色の光に包まれ、その光を留めながら、力いっぱいに拳を壁へと突き立てる。

「りゃあああぁ!」

 水面を殴った様な感触で、真正面の行き止まりの壁に鉄拳が減り込んでいく。

 拳の勢いが止まると、すぐに壁が粉砕してはじけ飛んでいく。

 ついでに爆風に似た衝撃が俺や後ろに居た彼女を襲い、前へ進む勢いを殺してくれる。


「ふぅ、止まった。いや~、危なかったぜ」

 壊した辺りの一面からは、金属のような尖った物体が見え隠れしている。


 ――あ~、本当に危なかったぽいな。


「あ、ありがと。助かったよ……」

「いや、気にしなさんな」


 なんて彼女に言いながら、右手の調子を確かめる。

 まだ動かすと、手から腕までに痺れたような感覚がある。


(そろそろ限界っぽいか…… なるほどねぇ、マナは操れるままなんだ。ちょっと以外)

「って、なに素直にお礼なんか言ってんのよ、アタシ!」


 右手をジッと見つめていると、いきなり追って来ていた彼女が俺の手を掴む。


「お、おい何してんだ、お嬢ちゃん!?」

「うっさいな! 少し黙ってて」


 袖を捲くられ、腕の方まで真剣な目付きで診ていき、俺の右の掌を強く押したり、指を曲げて優しく揉む様な事をして、俺の顔を窺ってくる。


「おい、いい加減に放してくれよ嬢ちゃ――」

「ら……。ん、フリアーズっていうちゃんとした名前があんのよ。嬢ちゃん城ちゃんって、子供みたいに呼ばないでよね」


 無い胸を張って、何故か誇らしげに言う。

 つうか、始めの「ら」ってのは、なんだよ。


「それ、本名だろうな?」

「は? どういう意味よ?」

「……いや、気にするな」


 フリアの自己紹介の仕方が、どこか楓ちゃんと初めて会った時の、偽名で名乗られた瞬間に少しだけ雰囲気が似ていたのだ。

 知り合いが嘘ついていた時に似ていただけ、なんて言ってもなぁ。

 でも、似てた感じだけで、嘘って感じではないのが、どうも少し引っかかる。


「天才美少女のトレジャーハンター、フリアってのはアタシの事よ」

「『自称』が抜けてるんじゃないか?」

「……………………。そんな事より」


 俺の言葉を無視して、ズイッと迫ってきた。じゃっかん、ではなく、かなり機嫌の悪い表情をしていたのは、パッと見ただけでも明らかだった。


「いだだたぁ!」

 握ったままの右腕を強く捻り、フリアが俺の目の前に右手を持ってくる。


「アンタ、さっきそこの壁に何をしたの」

 フリアは俺の微妙な表情の変化や仕草などを見逃さないような鋭い瞳で見ながら、強い言い方で聞いてくる。

「なにって。俺はただ壁を思いっきりなぐっただけだぜ」

「そうね。でも、ただ殴っただけではない筈よ」


 よく見ていたな。


 多分、マナを集中した時の光を見たんだろう。

 通常時のマナなら、目の良い者が集中しないと見えない程度だが、マナが集まり濃度が濃くなったり、一か所にマナが集まると簡単に目で見えるほど光る特徴がある。


「アンタ、まさか――」


 フリアが何かを言う直前くらいに、

 ズッドンッ――っと、大きな爆発が彼女の後ろで起きた。


「たく、迷路だなぁ」

「おい、次に変な道を教えやがったら殺すぞ」


 爆発があった場所に、青年が一人ボロボロになりながら横たわっていた。

 隣に通路があったのだろう。壁を吹き飛ばしたと思われる二人組の男が出て来た。


「いつになったら祭壇の間に着くんだい。こうジメジメした場所は嫌いなんだよ」

 遅れて無駄に化粧栄えした女性が現れる。


「あの甲冑!」

「知り合いか?」


 そういえば何所かで見た覚えがあるような、気がする。

 ただ、フリアが連れていた連中とは少し違って、保護する防具に着いた装飾品が下品な色合いで、無駄に多くジャラジャラとした物が付いている。


「おや、王子さまの御客人じゃないかい。こんな所まで来ているなんて流石だねぇ」

「ん~? ルーディーの部下はどうしたんだ、お嬢ちゃん」

「迷子でここまで来ただけじゃないんですかね」

「およしよ、あんな惨めな姿でここまで来たんだ、迷子で偶々、進めた事を私等が褒めてやらなきゃ、あのお嬢ちゃんが可哀想だろう」


 突然現れた三人組みは、フリアを馬鹿にしたように大笑いし出した。

 何かを言い返すかと思ったが、フリアは歯を強く噛み締めるだけで一言も言い返さない。

 握り拳を作って、小刻みに震えていた。

 下級兵らしき者達が、女の衣服を羽根箒で埃を落とすような事をしていた。


「おら、とっとと立てよ」

 体格の良い男が、青年の頭をひっつかみ無理やりに立たせる。

「あ、アンタ達! イズの命令を忘れたのっ!」

 耐えられなくなったような怒鳴り声が、通路に響き渡る。


「あぁ? なにいってんですかコイツ?」

「おバカさんだから仕方ないだろう」


 また女と兵士がフリアを指差して笑う。


「なん、ですってぇ」

「私達が何で、あんな貧民出の女の言う事を聞かなきゃならないんだい。それに、私等は成果を上げて、なんぼの存在でしょう。もたもたやってるフルーディーの奴が悪いだろう」

「グーレ王子の命令でもあったはずよ!」

「それは、勝手に坊や、おっと。王子が勝手に言ったことで、指令を出されたのは王であろうに、何を勘違いしているんだい、トレジャーハンターのお嬢ちゃんは」


 グッと何かに耐えるような、苦虫を噛み潰した様な顔で睨むだけで、フリアは何も言えない様子だった。とりあえず、何が何だか分からないが、フリアにとって気分の良い空気じゃないのは、良く理解できる。


「おい木偶のッぽ。さっきから弱い者イジメしてるんじゃないぞ」

「よわっ――」

「木偶のっぽ。そ、それは私の事を指して、言ってらっしゃるのかしら」


 急に現れて今まで散々俺の存在を無視してきた連中が、一斉にこちらに集中する。

 こういう瞬間って妙に気分が良いもんだ。


「他に誰がいんだよ。遺跡探索にも適してない様なゴワゴワした無駄な服装して」

「お、お前、誰に向かってものを言って――」

「知るかよ。つかな、今は木偶のッぽと話をしてるんであって、お前に話しかけてないぞ。頭大丈夫か筋肉ダルマ」

「な、なんと無礼な!」

「その他の雑魚も、うるさいから黙っていろよ」

「ざこ、だとぉ」


 三人とも眉間にシワを作り、額に欠陥が浮き出るほど怒っているのが分かった。

 なんで怒ってんだコイツら? 俺ってば何か悪いこと言ったかな。


「貴方は一体誰ですの? そこのお嬢ちゃんの味方なのかしら? それともここに住まう低俗種族の方かしら?」


 そういうとケバイ女が手を上げて、号令を掛ける準備をする。

 すかさずお付きの二人っぽい男達は、肩に担いでいたショットガンを構える。

 ボロボロにされていた少年は、下級兵達が無理やり立たせる様にして抑え込んでいる。

 後ろは行き止まり、か。


「ん? なんだ、これ」


 俺が粉砕した壁際に、拳くらいで平たく円い鉄の板が転がっていた。板と言っても中央に穴があり、その周りに均等で綺麗な模様がある。

 あまりに気になったので思わず相手に背を向け、しゃがんで手に取ってみる。


「ふふふっ、お邪魔虫はさっさと始末しないとねぇ」

「カゼーヌ。アンタ、最初っからアタシやルーディーを消すつもりで着いてきたっての」

「おやおや、勘が良い奴っていうのは怖いねぇ。全くもって、気に食わない女だよ」

「気付いたっておそいけどなぁ、お嬢ちゃん」


 気になったモノを拾っている間に、相手はショットガンに弾を込め終わっていた。


「遺跡に入った時点で、お前さんは消すつもりだったんだ」

「良いの、アタシは王子に――」

「王子の客人で、王子が勝手に雇ったトレジャーハンター様だろう。遺跡のトラップで死んだと報告しても何の問題も無いでしょう」


 ケバイ女がフリアを見下した態度であざわらう。

 フリアは腰のホルスターから二丁のリボルバーを引き抜いて構える。


「おや~、良いのかい?」

「な、何がよ」

「貴女、確か王族や貴族を守る一族の末裔でしょう。正確には人間を守る、でしたっけ?」


 女はフリアを追い詰めていく毎に上機嫌になっていく。

 反比例するように、フリアの方はどんどん不機嫌になる。


「どこでその事をっ!」

「トレジャーハンターは情報が命、なのでしょう」


 女がもう一度手を振り上げると、先頭に立っていた男達がしっかりとハンドグリップを握りしめ、前後に往復させるポンプアクションを行った。

 フリアは相手の言葉に動揺しているのか、反応があきらかに遅れている。


「仕方ないな…… いっちょ、やってみるか」


 地面に右の掌をかざすようにして、さっき壁を粉砕した時と少し違い、手の甲の先へとマナを集中的に集めていく。

 全身の神経が悲鳴をあげるように痺れ始める。

 一瞬、集中力が途切れそうになったが、強引に意識をマナへ集中させた。

 後ろを向いてしゃがんでいた事が良かったか、マナの光が相手からちょうど隠れる形になって、気付かれずに準備が整った。


《ゾフハッジァ》

 マナの塊を地面へと叩きつける。

「ぐっ、あぁぁッ!?」

 突き刺す様な痛みや、体の中から焼ける感じがするが今は我慢だ。

 すぐさま相手の足もとから、巨大な爪の様な岩が襲いかかる。


「な、アンタ……また! バカっ、止めなさい」


 兵士達の悲鳴と、けたたましい女の悲鳴が通路にこだましている。

 左手の人さし指と中指を立てるように手で印を最後に作る。

 兵士達が青年を放した瞬間を狙い、


「つ~~このぉ。ぐっ、《爆、風》」


 俺の掛け声と同時に、地面から突き出した岩が弾け飛ぶ。

 風圧で青年が俺の方へと飛んできた。

 なんとか背年を全身で受け止める事に成功した。


「すい、ません」


 声を掛けてやろうと思ったのも束の間、大柄の男がショットガンを発砲して反撃した。

 が、自体はそれよりも深刻だった。

 先に地面が崩れ始めたのである。


「げっ、マジかよ」

「うそでしょ!?」



 俺の魔法に耐えられなかったのか、俺達の居る場所の足場が丸々崩れ落ちてしまい、一瞬だけ宙に浮く様な感覚の後に、下へと落下していく。



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