9話 知る奴と知らないヤツ




 だからこそ――

「と、止まりなさい! アンタは遺跡を舐め過ぎよ!」

 あらゆる手を尽くして、俺の強さを楓に認めさせなきゃならない。

 絶対に俺という存在を見て貰う為にも、

「あははは、無駄無駄ァ! 神が相手だろうと俺は止まらないぜ!」

 こんなどうでもいい所で、躓いてなんていられない。

 楓を俺のモノにする為に、というか絶対、俺に惚れてさせてやるんだ。

「止まれぇ~!」

「は~っはっは」

 矢が飛んでこようが構わずに走り抜け、槍が襲ってこようものなら薙ぎ払い、壁が迫って来たらぶち壊し、打ち砕く。




   ★☆★☆




 通路のあっちこっちに粉砕された跡や、何かが爆発した様な痕跡などが見て取れる。落とし穴だったんだろう床は粉々に破壊されているし、壁の穴から何か飛び出して来ていたんだろうモノは無残にへし折られたり、壁自体に亀裂が入っていたりしている。


「ん、うぅ……」

 横にして抱き上げた少女が、もぞもぞと少し動きだした。

「……寝過ぎ」

 婆さんにこの少女を渡そうとしたら、「年よりに頼むのか若いの」なんて言いやがった。


「リエナは連日の攻防戦で疲れとるんじゃ。しょうがないじゃあろう」


 リエナね、この子……。

 婆さんと同じ様に杖しか持ってない。術器らしきモノは見当たらない。


「神門で襲ってきた奴らか?」

「あぁ、ここから山を一つ越えたくらいにある小国の連中じゃろうな」

 そう言いながら婆さんは変なマークの入ったメダルを僕に見せてくれる。

「センスの無い絵だな」

 辛うじて分かるのは、中央に描かれた鷹の様な鳥とその下にある川? くらいだ。

「カアラ国とか言うとったかのぉ。王が変わってからおかしくなったんじゃよ、今の王は自らを皇帝とかいうとるし」


 婆さんはため息交じりに喋りながらも、話しを続ける。別に頼んだ訳じゃあないが、今の状態を知れるのはこちらとしては有難いし、黙って聞く事にした。

 前までの保守的な王から一転して、国を大きく、どこよりも強くするために近場の遺跡を調査、基、荒しまわっている。国の周囲に点在する村は強制的な協力体制を強いられている事や、刃向かう町人や村は容赦のなく攻撃されている。

 【術器】の開発、発展に膨大な人材や予算を裂いて、国に住まう民の事は二の次三の次。その国自体も遺跡の上にあり、王はその遺跡の力を自由に行使が出来る事から、民達は強力な力の前に為す術がない状態にある。


「……アホらし」


 ずっと黙って聞いていたが、我慢が出来ずに言葉が出てしまった。


「なんじゃと?」

 怪訝な表情を婆さんは僕に向ける。

「その国、つまらなそうだな」

「つまらん、とな」

「王もそうだが、何より国事態がつまらなそうだ」


 ――王って言う奴は、どいつもこいつも殆ど一緒なのか? いや、でも僕が教わった“国の長、あるいは王”って言うのは、もっと違うモノなのだけど…… 嘘だったのかな。

 フィズもそうだったし、なんか戦いの最中にフッ切れた感じの時ぐらいか、どうしようもない様な変人と化していった気がするけど。

 思い出しただけで全身の鳥肌が立つ。


「お主、一体何処から来よった? どこの生まれじゃ?」

「しらねぇよ」

「なに? では……」

「『どこから』ってぇのは、そうだなぁ。魔の大地からかな?」

「お主、魔族かぇ!」

「ド阿呆、どう見てもただの人間だろう」

「しかし、その禍々しい武器は魔族が使っているモノだと記憶しているんじゃが?」

「あぁ、コレか……、北方の魔城から逃げ出す時にパクってきたんだ。さすがにあの大地を武器無し、術器も持たないなんて自殺行為だし」


 物色している時間もなかったから、こんな大鎌を持ち歩く羽目になったんだけど。

 始めはなんて使い辛い武器だろうと何度も思ったけど、使っている内に色々と面白い戦い方が出来る事に気付いた。


「魔族は、さっさと遺跡内に入ってった野郎の方だ」

「あの神門を破壊した者じゃな。う~む、確かに納得のいく力じゃ」


 どうやったか知らないが、素での力だけで破壊出来る代物じゃないはずだ。

 拳、もしくは体にでも“自然エネルギー”を纏わせたんだと思う。


「拳一つで神門を破壊したとは、にわかに信じられんのじゃが。やはり“マナ”が関係しとるんじゃろうかのぉ」


 どうやら婆さんも僕と似たような考えをしているようだった。

 婆さんが言った「マナ」とは“自然エネルギー”のことを指す言葉である。

 ただの人間である僕達には、マナを操ることなんて出来ない。マナ事態が強すぎるせいで人間である僕らには毒の様な作用がある。

 普通の人間の体には【オーブ】と呼ばれている“精神エネルギー”を纏って生きている、普段はそれによって守られている。

 濃いマナに当れば簡単に押し負ける程度の力らしいと、本で読んだ事はある。

 だが魔族や勇者って呼ばれている者には、マナに対する抗体がある。人間離れした対応力や回復力があると言われている。一人一人によって効力の種類は血族内でも違うと聞く。

 良い例がフィズだ、脚力や体のタフさは尋常ではない。

 マナと違って、精神的エネルギーである【オーブ】は目に見えない。

 極稀に“僧”と呼ばれる者や“巫女”と呼ばれる血族種は、そのオーブというモノが見えると言われているが、僕はそういった血族にまだ会った事は無い。

 だから戦争時、マナを扱う敵に対して誰でも扱える【魔術】という手段を用いて戦ったとされる記録が幾つも残っている。


 けれど、単純にその魔術陣だけでは何の役にも立たない。


 その魔術陣を武器に用いたモノが【術器】と呼ばれる代物だ。マナは物に宿り易い、身近なモノで言えば鉄や石、木々などもそうだ。

 陣という術式を用いるモノが一つ、そしてマナを込める核となるモノが一つ。

 この二つが合わさって初めて魔術が完成する。

 だから術器に使われるあらゆる武器の中で、銃系の代物が一番多い。

 陣という術式を組み込める外装の銃と、マナを核として篭め易い弾丸。

 引鉄を引けば、マナを魔術陣全体に流す動作、“属性変化”の術式を発動させる動作も、核である弾丸をその術式に通す事まで一気に出来てしまう。


 あぁっ、すっかり忘れてた。


「ん? なんじゃ――って、これ良さぬか!? にぃ、くぷっわははは」

 リエナを落とさない様にしながら、大鎌の柄先で婆さんの脇や腰あたりを探る。

「えぇい。止めいと、言うとるんじゃ」

 見た目年齢に反して、婆さんは機敏に後ろへ飛び退く。


 ――やっぱり無い。


 稲妻の魔術を僕に撃ってきた時の事を考えると、やはり打ち出す銃の類になる。弓やスリングショットの類であるなら、その場にマナを纏った矢か石もしくは鉛玉があるはず、なんだけど、地面を抉った跡には何も無かった所をちゃんと見ている。

 僕の知らないタイプの術器を使ったのか?

 それとも別の方法で魔術を使った?

 でも、あれだけ正確で威力もある術をどうやって……、

 ん~、やっぱり術器を使わなであんな威力の術が作れるとは思えない。

 可能性としては、やっぱりあの婆さんの持っている杖ぐらい。

 リエナって彼女の持っている杖もそうだ。

 ただの木で出来ていると言う訳でなく、先の部分になにやら宝石のように輝く石が埋め込まれている。特にリエナという少女の杖は綺麗な柄や装飾が施されている。


「これっ! 人の話を聞かんかっ」


 パコンッ、と良い音が急に頭の中に響く。

 どうやら婆さんの杖で頭を叩かれたようで、頭が少し痛む。


「こっちじゃ、そのまま進むと遠回りになる」

 殴られた部分を摩りながら、頬を膨らます。

「なんじゃ?」

「……別に」

 隙があったら大鎌で殴り返してやろうとしたのだけど、そんな瞬間は来なかった。

「そっちの道…… 安全なんだろうな」

「ふん、可愛い孫娘を危険に曝すわけなかろう」


 僕に預けている時点で、十分に危険だろうと言ってやりたい。

 婆さんは壁の曲がり角の壁に手をついて、ブロックを横にずらした。

 すると分厚い壁がスライドして開き、また別の道が現れる。

 僕がその通路に入ると婆さんはすぐさま来た道を確認して、すぐ壁を閉めた。


「もう良いだろう」

 僕の一言に婆さんが不思議そうな顔をする。

 横抱きしていたリエナを支えていた両手を、パッと放す。

 その瞬間に彼女は見て分かる程に身を縮め、全身に力が入っているのが分かった。


「イタッ!?」

「なにをするか!」

 また杖で殴ろうとしてくる婆さんの攻撃を、今度は左手で止めてやる。

 両手が使えれば、こんなもんで殴られはしない。


「起きたなら自分で歩け」

 強く打ちつけたお尻を撫でながら、杖を使って起き上がる。

「うぅ、せめて優しく降ろしてほしい?」

 かなり痛かったのか、僕をちょっと睨みながらも目に小さく涙が見える。

 というか、何故に疑問形で言う。


「油断も隙もねぇなテメェら」

「貴方もですけど?」

「まったくじゃ、お主と一緒に歩いていると疲れるわい」


 入口からしばらくは、本当に気絶していたようだけが、さっきもぞもぞと動きだした辺り位からしっかりと、起きてやがった癖にいつまでも寝たふりしやがって。


「あぁ、お前も覚えとけよ」

 リエナはキョトンっとした表情で首を傾げる。

「助けてやった分、貸し一つな」

 僕がそう言うと彼女はニッコリと微笑み。

「覚えていたら、……返すかも」

「……返す気なんてサラサラねぇな」


 何も言わずにリエナは、コクンっと首を縦に振る。


「にしてもお主なぁ、もう少しレディーとしての言葉遣いを知った方がよ――」

 婆さんに真顔でギリギリまで近づき、言葉を遮ってやる。

「……ババァ、一つ言っとくが、僕は男だっ」

「冗談にしては、センスが無いと思います」

「冗談で言うかバカが何処に居る」

 リエナは少し考え込むように手を顎に当てながら、真面目な表情で僕を指差してくる。


「お前さんみたいな可愛い奴が男なわけがなかろう、それに……」

「っ! ひゃっ!?」


 婆さんはなんの躊躇いも無く、しかも気配を感じさせずに僕の股に手を伸ばして撫でる。

 瞬時に殴ろうとした左手は空を切るだけで、婆さんにはかすりもしなかった。

 身軽に後ろへ飛び退き、軽々と回避されてしまう。


「そんなに力んでいては、当らんのぉ」

「この、ババァっ」


 触った手を僕に見せつける様にして、開いたり閉じたりして見せる。


「やはり女子ではないか、モノが付いとらん」

「色々と訳があんだよっ!」


 婆さんだけでなく、リエナも僕の体を凝視してくる。


「胸も、体格のわりに立派です。同じ女として嫉妬できるほど」

「すんな、んなもん」


 説明するのも面倒だし、二人を置いて先へと進もうと歩きだすと、もちろん彼女達も後を追うようにして付いてくる。


「色々と訳ありのようじゃのぉ。ワシに話してみんかね」

 僕が歩く速度を少し上げても、それに合わせて婆さんが横から顔を出して、自身を指差して「どうじゃ?」っと、言う感じで一々呼びかけてくる。

 年をとり経験豊富だぞ、なんて主張してくるように。

「却下だ。鬱陶しいっ」


 年よりってのは、どうしてこうも自分自身を主張してきたがるんだ。

師匠含めて、どいつもこいつも。


「お祖母ちゃん、そういう興味本位に首突っ込もうとするの、悪い癖だよ」

「良いではないか、別にワシらの何かが減るもんでもないし」


 ――僕の精神が擦り減るって。

 って、大声で叫びたい。


 こんな遠くまで響く環境じゃあ、さすがにそれは出来ないけど。面倒な連中が遺跡の外に大勢いるようだし。

なんだって、こんな面倒事が重なる時に此処に来ちまったんだか。


 呪われているのか、僕は。


「それにリエナ、お前さんだって実は興味津々なんじゃろう」

「別に、そんな気持ちは微塵もありません?」


 そう婆さんに言われて否定はしても、彼女の顔は全くそう言っていない気がする。


「頬が緩んでいる時点で、バレバレじゃて」

「むっ。……コホンッ。大体、彼女は何者なんです?」


 婆さんに指摘され、一瞬僕へと視線が泳ぎそうになったのか、リエナが慌てたように顔を両手でパチンッと叩いて、咳払いもする。

 あからさまな動揺だと分かるが、それよりもまず、


「彼女じゃない。男だと言っただろう」

 訂正させてやる為に、間近までリエナに近付いて脅しをかける。

小さく悲鳴を上げて飛び退くも、それ以上は婆さんの杖によって遮られてしまう。

「お主が訳を放さぬ限り、誰が男などと信じると思う」


 婆さんは得意顔で強く僕に言う。


 その姿を見て思わず舌打ちを鳴らすも、確かに婆さんの言う通りなのも事実だ。それ以上は僕も強気に出られず、とにかく気持ちを落ちつける事にした。


「まぁ、こやつはカアラ国の者ではないから安心なさい」

「でも、お祖母ちゃん」


 リエナは納得出来ない様子だった。

 それでも、婆さんはただ笑って「大丈夫」と告げるだけで、それ以上は口にしなかった。

 少しムスッとした顔でリエナが僕を見やると、婆さんに寄り添うようにして先を歩く。

 無駄に肩っ苦しく、しっかりしたお孫さんだこと。



 彼女の警戒心がより一層に高まった事は言うまでもない。



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