6話 まきこむヤツ、巻き込まれる奴
自分自身でも思わず腹の底から出てしまった声に驚いた。
が、今はそれどころではない。
「五月蠅い、いったい――」
楓が片眉をへの字に曲げて、あからさま不機嫌そうな顔をこちらに向ける。
「気にするな、俺は用事が出来たので……ちょっと失礼する!」
「はぇ?」
俺の言葉が予想外だったらしく、少し拍子抜けした声と顔をしていた。
もうちょっと見ていたい所だが、そんな私欲にうつつを抜かしていたら取り返しのつかない事になりかねない。
「では、さらばっ!」
踵を返し、大岩扉の方へ思いっきり掛け出す。
『ぬっ! まさか』
石像兄弟の兄が俺の意図に気付いたのか、慌てた様に立ち上がって動き出していた。
「ちぃ! こなくそぉ」
左足に力を溜め、踏み切る瞬間に力を爆発させて飛ぶ様に一歩を切る。
『早い!? が、甘いわっ!』
「くぉのぉっ」
手に持っていた斧をフィズの向かう先へと勢い良く投げて、行く道を塞ぐ――はずだったが、フィズはその投げられた斧の勢いを利用して、上手く大岩の扉に叩きつけた。
『なっ、無茶な!』
石像の持っていた大きな斧を叩き付けたと同時に、右手に溜め込んだ力を扉にぶつける。
分厚い大岩の扉全体に亀裂が走る。
シンッ――と数秒、時が止まった様になり、次の瞬間、破裂音と共に扉が粉々になって吹き飛び、少し遅れて衝撃波が周囲を襲う。
凄まじい衝撃が全身に走るが、そんな事はお構いなしに扉の奥へと駆け込む。
(まさかこんな近くに危険物があるなんて思わなかった)
俺以外で楓を元に戻せる可能性があるモノの一つが【魔神器】だったはず。
実物なんて見た事はない、本物か偽物か……それもこの際はどうでもいい、
「楓より先に見付けて処分、いや……抹消せねばっ」
問題なのは、それを使って“元の体に戻れるという可能性がある”と楓に知られない事が第一だという事にある。
だだっ広い大理石で出来た通路を、とにかく全力で駆け抜ける。
「必ず、そんな危険なモノは抹消してみせるぞぉ~」
☆※☆
フィズが吹き飛ばした大岩扉の拳ほどの破片を、左手で掴む。
「……ふむ」
無駄に慌てた様子のフィズを思い出しながら、吹き飛んだ大岩扉の先を眺める。
――この遺跡……というよりもモノに反応してような感じがしたが、さて、どうするか。
大鎌の柄を肩にポンポンと遊ばせながら、考えを巡らせる。
『あ、兄じゃ。どうする!?』
『負う必要はない、奴一人では絶対にあの扉は開かぬ』
石像兄弟は何やらこそこそと話している。
フィズは何に反応していたか、さっきの遣り取りを少し思い出してみる。
「ん~~…… ん?」
石像兄弟はフィズを追う素振りは一切せずに、僕を生かせないようにと遺跡の入り口前に立ちふさがっているのが分かる。
「なぁ、マシンキってなんだ?」
『はん、主が知る必要はない』
兄がそれだけ吐き捨てると、武器を構える。
――まぁ、簡単には教えてくれないか。
門番として守っているなら尚更か。一度やられてるのに、その精神は褒めても良いかも。
しかし、そこまでして守る価値のあるモノなのか、ますます興味を魅かれるな。
「ま、に、しんき……語呂から言うと、“神や魔神の道具”って感じか?」
『そうだ、神聖なるモノ、故に貴様等の様な奴等が触れて良いモノではない』
自慢げに弟の方が胸を張って言う。
『ば、バカ者』
『へっ?』
兄の石造が弟を諭すが、もう遅い。
「ふ~ん、なるほどね」
フィズとの戦いで僕の術器も壊れてしまったし、ちょうど良い代物かもしれない。
さすがに魔術が使えない状態での旅はさすがにキツイ。
遺跡の方へ一歩、踏み出した瞬間だった――一瞬だったが、上の方から殺気を感じた。
《ブリッツ!》
絶壁の上方で一瞬だけ光ると、そこから稲妻が僕を目掛けて襲ってくる。
――っち、威力じゃなく、早い攻撃術か!?
タイミング的に後ろへ飛ぶのが遅れ避けられそうもなく。思わず大鎌を振り払い、稲妻を受け流そうとしてまった。
「しまっ――!?」
しかし楓の想像と違った。
稲妻が大鎌の刃に吸い込まれるような動きをし、そのまま放たれた術を地面へと誘導するようにして、足元に叩きつけられた。
多少だが、地面が八方に抉れている。
「ほぇ?」
何が起きたか、良く解らず茫然としてしまう。
「ほぉ、当てるつもりで撃ったんだがのぉ。……しかし、なぜ彼らが動いとるんじゃ?」
上の方を見ると一人のお婆さんの姿が見て取れる。
『ぬ、ナエ殿か……随分と老けたな』
「これ、レディーに向かって老けたと言うでない」
『長になられて以来ですからね、お久しい』
――あの婆さんが今の術を撃ったのか……
面倒だな、油断ならねぇ奴が増えたか。
雷系統の術はコントロールが難しい分類で、素早く遠いほどに目標に当て辛い。
偶然にも流せたが、稲妻が当った地面を見る限り威力もそこそこ、絶壁の上という僕から結構な距離があるのに狙いが正確だった。
「危ないのぉ、まさかワシに気付いとったとは」
ニタぁ―っと、笑顔で僕を見降ろしてくる。
「……ババァ」
左手に持った岩を思わず砕いてしまう。
腰の曲がった小さい婆さんが、その見た目の年齢では想像できないほど身軽に少ない足場をたどって、絶壁を飛び降りてくる。
石像兄弟の兄の肩に乗って、腕をゆっくりとつたって地面へと着地した。
「て、なんじゃ!? 神門が壊されとるではないか!」
何ものかは分からないが、婆さんを観察していて気付いた事が一つある。
「あの婆さん、魔術をどうやって……」
手に持っているのは杖だけだ。
先の方に石……というより宝石のようなモノが付いているだけで、それ以外の見た目は普通の木で出来ている程度の代物だろう。
杖自体に魔術式が組み込まれているようにも、見えない。
さっきの稲妻を飛ばしてきたのが間違いなくあの婆さんだと言うなら、【術器】を持っていないはずがないんだけど、いくら観察しても見つからない。
「なんじゃさっきから、そんなにワシが魅力的に見えるかのぉ」
「ったく、雨宿りに来ただけだってのに。なんでこんな面倒な事になってんだか」
「ほぉ、雨宿りとな」
こちらの呟きに反応してか、片眉をひしゃげさせて聞いてくる。
「……ちょっと道に迷ったんだ」
「ほぉ、道に迷ったと」
目を閉じて少し考えるそぶりをするも、婆さんはただ僕の言葉をオウムのように返す。それだけで、全く信用していない様子が良く解る。
「おかしいのぉ」
「何がだ?」
片目を開いて、ようやくこちらを見据えながら言う。
「ここにはなぁ、偶然ではこれないんじゃ」
婆さんの言っている事が良く理解できなかった。
「この神門、お主等が壊したのだろう」
「……僕は関係ない」
――『お主等』ねぇ。この婆さん何者だ。
フィズが勝手に正面突破しただけで、勝手に僕をそれに混ぜないで欲しい。
「まぁいい。門と、そしてこの地面に魔法陣が描かれとったはず、アレは三重結界の役目があってな。簡単には消せないし、無論、解除なんて簡単じゃない。
一つは、門自体のカギの役割がある。
二つ、これは周囲に意志ある者達を近づけぬよう、除ける効力がある。
三つ、遠くからでも見えぬよう幻術が掛けられている。
無論、近付いても分からぬようになっている。しかもこの三つ目は意思がある者には反応して、色々と変わるとある」
なるほど、あの大岩扉の魔法陣はそういう意図があったのか。
幻術の魔法陣か……【魔術陣】じゃなく“魔法”か、もっと良く調べとくんだったな。
レアな術式を知る良いチャンスを逃した事が何よりも悔しい、使えるようになればもっと強くなれたのに。
あのクソ野郎をぶっ倒して元の体に戻れたかも……いや、そんな程度の低い小手先のテクニックじゃあフィズには通用しないかな。
「……ん? 待てよ婆さん。なら何で僕が見付けられたんだ?」
「その理由をきいとるのはワシじゃって」
「こっちも知らないから聞いている」
「なん、じゃと」
「というか、ここに何があるのかだって知らないし、シング? だっけか、何なんだ一体? 大掛かりな結界で守り、アンタ等みたいな得体のしれない連中が守ってる。その時点でそんじょそこらにある普通のお宝って訳じゃないのは聞くまでもなく明らかだし」
話しながら自分で纏めると、結構凄い事なんだと改めて認識できた。
「本当に、何も知らんのか」
『『では【魔神器】という言葉も』』
「知らん、だから詳しく教えろ」
婆さんや石像兄弟達も口を開けたままで、しばらく何も言ってはくれない。
――な、なに? もしかしてかなり常識的な事だったりする!?
だとすると、僕って今すっげぇ恥ずかしい事を聞いてる?
ど、どうしよう。
自分が強くなること意外に興味が無かったからな、真面目に勉強しとくんだった。
なんて、今更後悔しても遅いか。
思わず溜め息が漏れてしまう。
カサッカサカサッ――
突然、背後から妙な気配がして視線だけを向けて探る。
動物かとも思ったけど、どうやら違うらしい。
(囲まれた、か?)
“魔神器”についても色々と聞きたい事があるが、そんな時間はくれないだろう。
人数は多いし、殺気を隠そうともしていない。
入口を守る婆さん一人と石像二体は何かを話しあっているようで、この状況に気付いていない様子である。
――ん? この後ろの奴等って仲間じゃないのか? そういやあのババァが出てきたタイミング…… 後ろの連中はやる気満々か、だぁ~めんどくせぇ!
「おばあちゃん!? 大丈夫なの」
「おやおや、こっちに来てしまったか」
あの婆さんが現れた上の場所から、もう一人少女が出て来た。
「っち、こんな時に次から次に……しかも小娘」
向こう側に村でもあるんだろうとは思うが、ただ彼女の様子を見ると息切れしている。
スラッとした綺麗な足に華奢な体付きなのに、出るところはしっかりと出た女性らしい体系。小顔で少し弱気といった印象の目付きで、整った綺麗な顔立ちをしてる。
長く鮮やかな桃色の髪を首の後ろあたりから、良く似合った赤いリボンで纏め、尻尾の様に降ろしている。前髪の左右で長さが違い、左の方が長く、右は短めでだった。
動き易そうな感じに肩の開いた、巫女服の様な衣装。
「仕方ないっ!」
雨でぬかるんだ地面に足を取られない様に、一歩目の右足を思いっきり踏み込む。
それでも多少は力が逃げてしまう。
けど、何とかバランスを取って間へ飛ぶ様にして踏み切る。
少し遅れて、後ろの木陰から何人かが動いて、
「攻撃開始!」
一人の男が号令を掛けた。
一斉に飛び出た者達の手には【術器】として用いられる“伝統的な銃”が握られていた。
「リエナ! すぐに逃げなさい!?」
慌てた婆さんがそう叫ぶが、手遅れだった。
幾つもの発砲音、
その音と同じ数だけ炎の術弾が飛んでいく。
逃げようとした少女の足元の崖で幾つもの爆発が起きる。
「きゃあぁ!!」
「リエナ!? くぅっ! これでは近付けん」
足場はそのまま崩れ落ちていくのが、僕の所からだと良く分かった。
石像達は助けようにも、火の術弾が飛び交う中では身を守るのがやっと。
婆さんにいたっては落ちてくる岩を除けなければならない。
「くそ、何なんだよ!?」
考えてみれば、あの婆さんは異様に警戒心が高かった気はする。
いきなり術で攻撃なんてしてきたし。あれは多分、後ろの奴等のせいなのだろう。
不意に視線を上へ向けると、少女に迫る大岩があった。
「ちっ、しゃあねぇなぁ。婆さん、貸し一つだ」
ギリギリ間に合った僕は、婆さんにそっと呟く。
「な、なに!?」
気付かぬうちに目の前に来ていた僕に驚き、息を詰まらせていた。
婆さんの目の前で、力いっぱいに踏み切り真上に飛んだ。
少女を抱えると同時くらいに大岩目掛けて大鎌を振り下ろす。
「やっぱ切れ味は凄いな、この大鎌」
大鎌の重さに負け、体が一回転してから地面に着地した。
上を見上げると、石像達よりも少し小さい程度の大岩が真っ二つに裂けている。
「ほら、婆さんも行くぞ?」
「なにをするか!?」
気絶した少女を担ぎ、鎌の根先で婆さんを吊るして遺跡内へと駆け込む。
そのまま奥へと行こうとしたが、僕は足を止めて視線だけを入口の方に向ける。
一部始終を見ていた石像兄弟達が僕らを見送った後に、入口を塞ぐように立っていた。
「……なにしてる?」
『我等の使命は、ここを守る事にある』
『長とそのお孫様を、お願いします』
「なにを言っておる、神門無き今、お前達の力は――」
『長よ。我等の役割、忘れた訳ではなかろう』
「し、しかしお前達!」
『もう我々は役割を終えた。後はただこの場を守る事のみ……いえ、ここを守りたいのです。だからどうか御気になさらず』
『どんな過程であっても、結果は結果。我はこの者と、そしてもう一人。先に此処を突破していった青年を認めるならそれで十分です』
「お主ら…… 最後まですまないねぇ」
目を瞑って、物悲しそうにお礼を言う婆さんの姿は、何と言うか、
「吊るされながら言ってると、色々と台無し?」
「なら降ろさぬか!?」
ジタバタと暴れながら、婆さんが叫ぶ。
これ以上ここに居ても仕方ないと思い、奥に行こうとした時だった。
『娘よ、一つ教えてくれ』
「娘じゃねぇよ」
兄の石像が、低い声を掛けてきた。
『お主はこの世で何をなす? 未来に何を描く?』
「二つあるぞ」
「良いから答えぬかっ」
婆さんが後ろから杖で小突いてくる。しかも、地味に痛かった。
「そうだな、一つ上げて言うなら。世界の全てを知りてぇな、その全部を自分の強さに変える」
『自身のモノに、だと』
「この世の全てを知る、神魔戦争の本当の歴史から今まであった全てだ、そんで自身の目で全土を見て回ってやる。ついでに最強の強さを持つ者だと証明してやる事もしてぇな」
「後から続々と……色々と出てくるじゃないか。しかし、このご時世に大きく出たのぉ。だがなぁ、そんな事が出来るとでも思っておるのか?」
「さぁあね。でも、世界回って僕の証でも刻んでいけば無理じゃねぇだろ」
思わず弾んだ声で、ハッキリと言ってやる。
そんな僕の姿が阿呆に見えたのか、それとも呆れているだけなのかは分からないけど、聞いてきた本人も笑った婆さんも、僕の顔をジッと見つめているだけで何も言わなかった。
「と言ってもまぁ、出端を挫かれたんだけど」
フィズ(あの)の野郎、絶対に体を取り戻したら真っ先にボコボコにしてやる。
「覚えておけよ、この僕の存在を。いつか絶対に世界中に知らしめてやるからさ」
『フッ、フハハハ―― 良いぞ、お主の態度は気に食わんが、その心意気は気にいった』
『さぁ、行け』
そう言うと兄弟達は入口付近を強く叩き、さらに壁を崩して入口を完全に塞いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます