5話 まきこむヤツ、巻き込まれる奴



「ほぉ~」

「ほへぇ~」


 二人して驚きの声しか出てこない。

 近付いて改めて見たそのあまりの大きさに、自分達の身長がちょうど石像の踝あたりだ。あの時は案外近くと思ったが、大き過ぎたせいで距離感が狂った訳だと今なら良く解る。


 つまり、今の二人はずぶ濡れの状態だった。


「……えいっ」

 コンコンと楓が鎌で石像を突いたり、刃を立てて削ろうとしたりする。


「凄いな、この石の扉……どうやったら開くんだ?」

 フィズは扉の取っ手がないか、押して引いて開かないかと色々と調べ始める。

「やぁっ!!」

 ガキンッ――っと、良い音を立てて楓が思い切り薙いだ大鎌を弾く。


「……――へぇ、固ったい石像。ただ大きいってだけじゃない」

「おい、遊んでないでこっち手伝ってくれよ」

「なぜ貴様の手伝いなんてしなくちゃいけないんだよ」


 扉の前で一人奮闘していたフィズ。溜め息を吐き捨てながら楓も扉を調べ始める。


「と、言いつつも手伝ってくれる姿に、俺は心魅かれて――痛ってぇ」

「ほら、せ~のっで押すからな」


 フィズの頭に大鎌の根先があたったのだが、楓は全く謝る様子もない。

 声を合わせて、力を合わせて思い切り扉を押してみる。


「ぐぉ~りゃ~~」

「ふっ、くぅ~」

 けれど自分達の足が地面を滑るだけで、一向に開く気配すら無い。


「ひにゃ!?」

 楓がぬかるんだ足場に滑り、そのまま倒れこむ。


「おいおい、しっかりしてくれよ」

「う、五月蠅い!?」


 楓は急いで立ち上がろうと、両手を地面に付いた時に妙な凹凸がある事に気付く。


「ちょっとこっち来い!」

「うぉ! な、なんだよ?」

 フィズの襟首をつかんで大岩扉から少し離れる。


「あれ、分かる?」

「ん~? おぉ~! ……ん~」


 強い雨のおかげで余計な砂が掃われたおかげで、全体がよく見渡せた。

 二人の人が左右の扉を其々に押している絵は理解できるが、それ以外の周りにある模様らしきモノが何かは分からない。


 魔法陣、の様にも見えなくはない。

 大岩扉から半円で囲まれている。もちろん、石像もその線内に立っている事が解る。石像の周りには、また違った感じの円形紋印がある。


「さっぱりだな…… 魔法陣だとは思うぞ、彫られた形やら字? の並びからしても術式に似ているし、【地】の属性印……だと思わしきモノまである」

「所々、曖昧過ぎるが……概ね一緒か」


 楓の考えもフィズと同じものだった。

 ただ、一番分からないのは半円魔法陣の中央、つまり大岩扉の真下に描かれた絵である。

 しばらく二人ともがその一点を見つめていた。


「なぁ、あの絵みたいに扉を押してみないか?」

「……何もしないよりは、マシか」


 そんな事で開くとも思えなかったが、何も分からない以上はフィズの言った事を試して見るのも悪くない。いや、むしろ動く分だけ良い事だと言える。

 何もしないでジッと考えていても、どうせ答えなどでないだろう。考えてみれば、さっきは片側の扉だけを一緒に押していた気もする。


「よしっ、じゃあせーので――」

「さっさと力を入れろ、合わせるから」


 フィズの言葉を楓の冷たい口調で一刀両断する。

 ちょっと寂しそうな顔でフィズは何も言わずに、渋々と左扉に両手を付ける。

 大鎌を扉にたてかけ、両手で扉に触れた。

 二人の扉を押す力を強くするにつれて、周りの彫られていた魔法陣が呼応するように強く光り出していく。


 地面から徐々に広がり、扉にまで光の線が伸びていく。


「くぅのぉ~。開け~」

「うぅ~」

 力強く押していた二人の両手に吸いつかれ様な感覚が走る。


「うわぁっ!」

「ひにゃ!」


 手から体の中の力を吸い取られる、そんな感触だった。

 その感覚は不思議と気持ち悪いものではなかったのだが、驚いて思わず手を放そうとしても動かず、扉にくっついたままだった。


「なんだ、なんだっ!?」

 フィズは両手よりも周りの状況に気を取られ、


「くぅにょ、放れない!?」

 楓は扉にピッタリとくっついて、放れなくなった手をはがそうと必死になっていた。

 何時の間にか扉まで伸びた光の線が繋がり、円形の魔法陣が完成し、ようやく両手が大岩扉から放れる。


「ほょ―― うくっ!」

 全身を必死に使っていた楓は急に放れた為に、お尻を強く打ってしまう。


「なにしてんだ?」

「五月蠅い! み、見るなっ」

「(潤んだ瞳に、ちょっと乱れた服が色っぽ――)ふがぁ!」

「変な眼で僕を見るなと言っただろう」


 槍のように鋭い蹴りを楓がフィズの顎へと直撃させた。


「ったく、なんだって……っ」

「いてぇ。手加減が無い――」


 ズッ ドン――――!?

 突如、二人が居た場所を何かが襲った。


『久方ぶりに起きたが、拍子抜けだな』

『この程度の不意打ちも避けれない輩が導き手とは。情けない時代になったな兄じゃ』


 さっきまで大岩扉の両端に立っていただけの石像が動き出したのである。

 左に居た石像が剣を、右に居た石像は斧を楓達が居た場所に容赦なく振り下ろしたのだ。


「こんな雑な不意打ちしてるようじゃ、大した強さはないなぁ」

『なっ!』


 フィズは左側の石像の肩に乗り、おちょくる様に石像の頬を叩く。


「雑? いや、それ以上に酷いと思う――」

『にぃ!?』

「この程度? 避ける必要もないんだけど。寝過ぎて使い物にならなくなったか?」


 楓は大鎌を軽く担ぐ感じで右側石像の斧を、軽々と受け止めていた。

 少し驚いた顔をしつつも、二体の石像はニヤッと嬉しそうな笑みを浮かべた。


『ほぉ、少しはやりおる』

『いちゃいちゃと、バカみたいなカップルかと思えばそうでも――』


 カップルと言う言葉に楓が少し反応し、大鎌を握る手に力が入る。


「……無駄話? そんな余裕があんのか?」

『むっ!』


 楓が力を入れて斧を弾き、振り下ろされていた剣もそれと同時に弾き飛ばす。


「その子を傷つけるのも、手を出して良いのも俺様だけだ、何してやがる!?」

『早いっ! ぐふゎ!?』


 斧を弾き飛ばされて態勢が崩れていたせいもあり、フィズの攻撃を避ける事が出来ず、思い切り振りぬかれた拳が顔に直撃する。


 フィズよりはるかに大きいはずなのだが、普通の人間と変わらないかのように吹き飛ばされて地を転がる。なぎ倒されていた木々が多少はクッションになったようだが、それでもかなりの距離は飛ばされていた。


『兄じゃ!? 貴様よくもっ!』

『よそ見をするなぁ』


 そう言われ剣を持っていた石像が慌てて扉の周囲に視線を向けるが、

「……貴様、誰の事をカップルだと言った?」

 そこには楓は居ない。


『上か!! いない?』

「ド阿呆、後ろだよ」


 石像が気付いた時にはすでに遅かった。


「訂正しろ」

 楓の大鎌が力いっぱいに振り上げられた。

『グァ~~!?』


 背中への一撃は剣で防ぐ事も避ける事も間にあわない。空中で猫の様に体を丸めて回転し続け、楓の第二撃目が顔面を叩きつけるように入り、地面に思い切り叩きつける。


「これで不意打ち分はチャラってとこか?」

「あ、悪魔が居るよ」

「それは貴様だろう」

「俺、そういう所は楓よりもマシな気がするんだ。心から――」

「なにを言っている?」

「あ~、気付いていらっしゃらない」

『ぐぅ、油断し――』

『右(う)石(せき)!』


 起き上がろうとした右石の顎目掛け、楓が飛びあがってのフルスイングした大鎌の根先が直撃して、兄の石像の場所へと吹き飛ばされる。


「なんだ? 相手の実力も分からないのに手を抜くとか? 死にたいの? 始めから油断しっぱなしでしょう、実力も無いのに門番気どりも大概にしてくれない」


 時間の無駄だと、楓が冷たい口調で吐き捨てる。


「この瞬間までにアイツ、五回くらいは命が無いな」


 フィズは、哀れだという目で右石を見つめる。

 知らなかったとは言ってもだ、楓を無駄に煽ってしまった右石を少しばかり同情する。


「初めて楓と会った時の、俺の様だな……」


 少し懐かしそうに呟く。

 楓はフィズが何を言っているのか分からず、首を傾げるだけだった。


『すまない兄じゃ』

『無事ならそれでよし……奴等、思った以上の者だ。気を抜くと今度は本当に命が無いぞ』

『はっ、はい』

『しかし、やられたな。まさか試す側の我々が試されるとはな』


 一見、フィズも楓も隙だらけの様に立っている、石像兄弟に二人とも背を向けて話しているのだが、石像兄弟は手だし出来る様なタイミングが無い。


「な~んだ、気付いてたか?」


 フィズが頭の後ろで手を組み、ちょっと以外そうに言う。


『兄じゃ、どういうことだ』

『本気なら一撃が入っている時点で、我等を消滅させる事が出来ているはずだった』

「……ふん、残すのは片方で十分だと思う」

「あのね、それじゃあ激怒して話しどころじゃあ無くなっちゃうだろう。少しは先の事を考えようね、あとね、容赦って事も覚えてくれると、俺ってばすっごく嬉しいんだけど」


 フィズがそこはかとなく希望の眼差しを楓に向けるも、

「却下。貴様相手に容赦などする訳が無いだろう」

 と、一刀両断される。


 肩を落として、少しショックを受け涙ぐむフィズを見て、楓は鼻で笑う。

 そんな二人を遠目で見ていた石像兄弟が、少し唖然としながらも慌てて態勢を立て直す。


『あ、兄じゃ? あの二人は仲間なのでは……』

『関係は分からないが、少なくとも…… 私の命はあの少年に助けられた事は間違いないだろう、彼が殴っていなければ確実に遣られていた』


 石像兄弟の話を聞いていた楓が、溜め息を付きながら二人の方を向く。


「俺達の関係か? よ~し、教えてやろう。楓は俺が心からあ――」

「敵だ……いや、今は仇との方が正しい? それにぶち壊さなきゃならない壁でもある」

「えぇ! 何故に仇!? つか壁ってなんだ」

「僕の夢や目標をあっさり奪った奴が何を……」


 そう言いながら、楓は自分の体――胸を悲しそうに眺め、そこに手を添えて現実を確かめるかのように自身の胸をゆっくりと、何度も何度も揉む。


「あ~、安心しろ。その夢は俺がやるから、お前は俺のモノに――」

 楓が有無も言わさず、急に振り下ろしてきた大鎌をフィズはひらりと避ける。


「危ないなぁ~」

「ちっ…… ふん」


 軽く避けられた事に少しムカついたが、楓はそれ以上の事はしなかった。


『ぬしら、一体全体なにをしにここへきたのだ?』

『魔神器を求めし者じゃあないのか?』


 呆れた様子で尋ねた石像兄弟に向かって二人はたった一言、

「「雨宿り」」

 声を揃えて言う。


『『なんと……』』

「ん? あれ? 【神(しん)具(ぐ)】って確か何所かで見たような。ん~? ど~こでだっけなぁ」

『では、扉の仕掛けを発動させたのは偶然だと?』

『偶然、魔族と人間が一緒にいるというのか?』


 戸惑いを隠せない二体の石像を見ていた楓は、妖艶な微笑みを浮かべ、


「……あの奥、結構に良いモノがあるのか?」


 石像兄弟にワザと聞こえる大きさで呟く。


『『はっ! いや――』』

「ああぁあぁぁ~~~~!!」


 何かを言おうとしてた兄弟達の言葉を遮るように、フィズの大声が響いた。

 少し放れた位置に居た楓が耳を塞ぐ程だった。


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