4話 まきこむヤツ、巻き込まれる奴等




 天然の洞窟を上手く活用して作られた山奥の村。元々は豊かで穏やかな場所だが、今は誰もが殺気だって忙しなく動き回っている。見張り台から見渡せる前方の森では、あっちこっちで火の手や黒煙が上がっている。


「女子供は遺跡の奥深くに、急げ!」

「くそぉ! 奴らまっすぐこっちに向かってくるぞ!」

「避難が終わるまでは、絶対に持ち堪えさせてっ!」

「リエナ様! 何とか仕掛けは終わりました」

「そうっ、でも油断はダメ。地の利を生かして最善を常に考えて動いて! 私に一々確認している時間があるなら、他に出来る手を打って時間稼ぎに使いって」


 ハッ声を揃え、赤と白のローブを来た少女に膝をついていた何人もの男達が一斉に動き出す。


「死に急ぐ行為は絶対に禁止! 無理だと思ったら引くこと! それだけはお願いだから心に固く誓って戦ってください」

「巫女様に言われずとも、ババ様からキツク指導されていますよ」


 ドタドタと慌しく大男達が行きかい、大声で其々が指示をしあっている。


「この場所がバレてしもうたのぉ」

「おばあちゃん!? そんなのんびりしてちゃ皆に示しが――」


 リエナの後ろからトコトコとゆったり杖をつきながら歩く老婆は、この慌しい雰囲気の中で何事も無いように周りを見回していた。


「まぁ、御主がしっかりしとるからな。アタシゃ楽で良い」

 老婆がリエナの肩にポンポンと手を置き、にっこりと微笑む。

 リエナは少し顔を赤らめながら、

「い、いま私を褒めてる時じゃありません」

「……落ち着け」


 老婆は別に強く言う訳でも声を張った訳でもなく。

 ただゆっくりと、リエナにそう告げただけ。

 それだけなにリエナの緊張はフワッと消えてなくなってしまう。


「よぅやっとるよ。御前さんも他の者達もなぁ。でもなぁ、気を張ったままでは見落としてしまうぞ? 焦ったままでは気付かぬまま通り過ぎてしまう、若いんだからゆっくり考えなさいな。リエナ、お主はよう出来た子じゃ。だからこそ考え過ぎな所がじゃなぁ」

「あの、いま非常時だから! おばあちゃんがゆっくりしすぎなだけよっ」

「はぁ、そのお堅い真面目さは一体全体。誰に似たのやらなぁ」


 老婆はため息をつきながら、椅子を近くの家から持ち出してきて座る。


「だからっ! なにゆっくりしてるんですか!」

「ふぉふぉふぉ、年じゃから?」

 お茶目にウインク付きでリエナに言い返す。

「もぉっ、私は前線の様子でも見てきますっ!」

「いってら~」

 呆れかねたエリナは自分の身長程ある杖を手にとって急ぎ足で、森の中へと消えていく。



「ふむ……まだまだじゃ。男でも出来ればもうちょっとマシになったりせんかなぁ。といってもこの村にゃ、あの子に釣り合うだけの者もおらんのがなぁ」


 ――あぁ、なさけない男共じゃなぁ、もう。


「どこぞに居らんもんかねぇ、物語や伝承の中に出てくるような大バカ者は……」


 夢見る少女のように老婆はリエナの後ろ姿を眺めていた。

 利口で型物なあの子には、きっと理屈が通じぬほどの大バカ者がちょうど良いだろう。


「いや、リエナだけでなく…… この地の者達にとってもかのぉ――あたた、はぁ。歳は取りたくないもんじゃあ、たった二回の魔術式を発動させただけでコレとは、情けない」


 老婆はゆっくりと後ろを振り返り、神々しく壁に描かれたモノを眺める。


「魔神戦争から続く杜人の役目……古くから語り継がれた約束の血族である役目。はたして、この変わり果てた今の時代にどれだけの意味が、可能性があるのか。せめて我が生きているうちに見たいものだ」


 慌てたような足音に気付き、そちらへ視線を戻す。


「ババ様!? あ、ここに居られまいしたかっ」


 かなり走りまわったのか筋肉質の大男二人は汗だくだった。


「なんじゃ、騒々しいのう?」

「はぁはぁ、それが、遺跡正門の方から二人――」

「一人は大鎌を持った少女。多分、丸腰だと思われるロングコートの青年が一人向かって来ているんですが、どういたしましょう」

「奴等の仲間でしょうか?」

「ふむ……」


 顎に手を当てて、老婆はしばらく考える。


「周りには誰も居らんのか?」


 挟み撃ちにしては、あまりにも雑だ。奴らに知られたとするなら、他にも知っていた者が居たとしても、不思議はないのかも知れないと考えられた。


「えぇ、どう見ても二人だけでした」

「ババ様の魔術のせいで周りの木々がへし折れたりして、視界も開けていたので……確かだと思います。リエナ様がいらっしゃればもう少し確実な情報が得られるのですが……」

「いや、我が行こう。リエナに伝えといとくれ……彼等を目覚めさせると」

「はっ! し、しかし良いのですか?」

「構わんじゃろう、その二人が何も者にせよ。奴等も本格的に攻めてきよったしなぁ、頃合いじゃて、正門の方は心配せずに、わし一人に任せい」

「それは危険です!?」

「たわけっ! 今はこの村の方が大事じゃろうが! 戦力を分散させて勝てるほど我等兵力なんてないんじゃ。こっちが終わったら左強と右強をすぐに向かわせる」

「しょ、承知しました」

「おい、俺はリエナ様に告げに行く」

「分かった、じゃあ他の奴等への連絡は俺に任せろ!」


 男達はすぐさま分かれて走り出して行く。


「さて、急ぐかの……」

 そう呟くと、老婆は持っていた杖で床に円を描き始めた。


 

 ==誰もが魔法を使おうとしていた時代があった。

 『無』から『有』を生み出す力と言われた【魔法の力】とされ、神々が使い、世界を作ったとされる程の力であったが、そのあまりにも強すぎる力は、大規模な戦争を引き起こす切っ掛けには十分であった。

 それが今も語り継がれている【魔神戦争】である。その戦いの証拠として殆どの大地が荒野と化した爪痕が残った事は言うまでも無いだろう。

 神々と魔神・魔族による戦いは激化し、人間達をも巻き込む程大きな戦いになった。


 しかし、人間には“自然エネルギー”であるマナとの直接干渉が出来ない為に、魔法を使う事が出来なかった。そこで、神々に愛された者達、力を認められ、限られた者達に“魔法と同等の力”を扱える道具を与えられたという伝承がある。

 その道具の名は【魔神器具(しんまきぐ)】と呼ばれていたという。

 しかし、人間は神々が思っていた以上に想像力があり、欲深いモノ達が多かったのだろう、彼等は【魔神器具】を糧にし、独自に魔法に近しい力を扱える術を考えた、それを“魔術”と称したそうだ。そこから更に進化させていった果てに【魔術陣】という手段を構築していった。

特殊な鉱石を用いて、“自然エネルギー”と“魔術陣”を組み合わせる事で魔法に似た力を引き出す道具を作り出した。

【魔神器具】には全く及ばないものの、ただの武器よりも、威力があるその武器の名は【術器(じゅき)】と今では名付けられている。

 私は今まで、神が作ったとされるモノに出会った事は一度もなかったが、ここにきてようやく、ようやく魔神器具というモノを――



「ちょっと! 肝心な所で切れてるじゃないの! この先は無いの?」

「仕方が無いだろう、何千年前のもんだと思っている」

「アンタんとこの帝国ってちゃんと保管も出来ない連中なわけ?」

「口を慎め女! トレジャーハンター風情が偉そうに」

「はんっ! なら自分達で見付けなさいよ。これ以上の情報は出さないわよ」


 そう言われて兵士が、悔しそうに口を噤む。


「ったく、誰でも知っているような童話や神話にあるような内容しか書かれていない様な本が報酬って、ふざけてるの? それとも馬鹿?」

「なにぃ! それ以上侮辱すると許さんぞ!」


 コートを来た女の子は、兵士の視線も気にせず古ぼけてボロボロの本を投げ捨てる。


「き、貴様ぁ! 何をしとるか!」


 あわててメンチを切っていた兵士がその本をダイレクトキャッチする。


「犬としては、優秀ね」

「あまり、ウチの者にちょっかいを出さないで頂きたな、お嬢さん」


 さっきの兵士とは違い、少し風格のある人の良さそうな女性が林から現れた。


「どうよ? やっぱり厳しいの?」

 そんな事はどうでもいいと言うように、無視して女の子は話を切り出す。


「さすが、と褒めるべきだね。上手く力を分散されて時間を稼がれているようだ」

「……数で押し切っちゃえば楽でしょうに」

「私が言われた指令は遺跡の調査と【魔神器(ましんき)】の確保だ、人殺しじゃあない。幸い、向こうも殺す気で攻めて来ている訳でもない」


 本当に上手く時間を稼ぐと、少し嬉しそうに女の騎士団長が笑いながら女の子に語る。


「……アンタ、よくそれで出世なんて出来たわね」

「良く言われる、が、やはり私はな、殺しというのは好きじゃないんだよ。人を生かして共に協力したり、競いあったりする方が楽しいと思うんだがな」

「隊長は人が良すぎます! 利点ですが、今のご時世じゃあ欠点ですよ」


 本を箱にしまいながら、さっきまで女の子とにらみ合っていた兵士が寄って来る。


「上の連中、アンタの事を相当に嫌ってたわよ。そんなんじゃ、孤立するよ」

「でも、助けてくれる者も少なからずいるし。私は別に気にしないが?」

「隊長がそんなんでは、私達が困ります……ただでさえ、最近の国軍には良い話がないんですよ。民達の不満も色々と耳にしますし。唯一の救いは隊長や王子様だけないんです」

「そう言われてもね~、平民上がりの私に何かを期待されてもなぁ。グーレ王子に頼った方が良いのではないか?」

 何を言ってもう無駄そうだと、兵士と女の子はため息をつく。

「さぁ、もうひと踏ん張りいこうか」

 前で休んでいる兵士達に声を掛けながら颯爽と前線に向かっていく。

「アンタんとこの隊長さん、死なせないように頑張りなよ」

 ボソっと呟くように言う女の子に、兵士は振り向くことなく、

「ふん、当たり前だ! 少なくとも我は王でも、まして今回の計画リーダーでもない。あの御方に使えている兵士なんだ。甘く見るな」

「あの国に……アイツみたいなバカや、グーレみたいなお人好しが増えると良いのにね」

 空を見上げながら女の子はそう呟いた。


「……所々の言葉を修正してほしいが、概ね同意見だ。だが、欲しいという願望ではなく、増やすのだ。それにはどうしても、上の者達と同等の権力を持たねばならないんだよ…… どうしても必要なのだ、力と権力が――」

「その為に、なんの罪もない村を襲うの?」

「――っ! 言うな」

「やっぱ、どいつもこいつもバカなのよ」



 何かを言い返したそうな顔で女の子を見るも、それを真正面から真剣な眼を向ける女の子に、兵士は歯を食いしばり言葉を飲み込む。



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