3話 まきこむヤツ、巻き込まれる奴等




「おい、なんか頭がすっごく痛いんだけど」

「黙れ、変態」

「さっきから言葉が冷たくて、痛いよ。主に俺の心が」

「近寄ってくんな」

「はぁ、楓の心がまた離れた感じだよ」

「元々、近付いてねぇよ」

「楓ちゃんの、いけず~」

「このっ」


 手に持った鎌で殴ろうとしたが、フィズに軽々と止められてしまう。

 男の時は簡単に振りほどけた筈なのに、今はどうやらそうもいかないらしく、力を入れても大鎌はフィズの手から放れる事はなかった。


「女の子が、すぐに暴力を上げるのはどうかと思うんだ」

「僕は男だ」

「ん~、そっか。ごめんごめん、前はそうだよね。でも、今は女の子だよな」

「くっ!」


 このままだと、自分が男に戻る前どころか、次の町や都市に付く前にストレスで死ぬんじゃないのだろうか。


「……はぁ」

 まともに相手をしていたらフィズの思う壺だな。

 楓が大鎌から力が抜けるのが解ると、フィズもそれに合わせて手を放した。


「なぁ、これから何処に向かうんだ?」


 疑問を投げかけるフィズに対して、楓は何も答えずにまた歩き出した。

 道なき道を、手に持った大鎌で草木を切り分けて作りながら。

 フィズにおちょくられた分のストレスを、草木にぶつけながらとにかく進む。


「フィンネ国に行くにも、道外れちゃってるし。いま何処に居るか全く分からないんだが、こっちに町か村でもあるのか?」


 ザッザッ―― 生い茂った草木を払い倒しながら黙々と楓は無言で進んでいく。


「段々と日も傾いてきたし、どうするんだ?」


 スパッ――ブォン――、バキ、メキメキ――


 適度に邪魔だった草木だけでなく、段々と周りにあるモノ全てを裂いたりへし折ったり、大鎌の扱いも荒くなっていく。

 フィズが声を掛ける度に、徐々にその傾向が強くなっている。

 それでも楓が何も答えたりはしない。

 二人が出会った場所はまだ人々が通った様な道があったのに対して、現状は足元に草が生い茂っており、人が通った痕跡なんて勿論無い。むしろ、何か獣が通った跡が見つかるのが多いくらいだったりする。

 つまり、人が通らない場所だと誰でも判る。加えて空も夕暮れ時を告げる様な雲の色である。誰でも心配になるのは当然だと思う。


 そして、ここにきて楓の態度を見たら、不安になる。

 もしかして、迷ったんじゃないかと。

 けれど、フィズは必至でそれを言わずに遠まわしに――慎重に、ちょっと丁寧で遠まわしに聞いているのだ。


 ――かれこれ、数時間くらい前から。

 さすがにフィズも限界を感じ、


「おい……」

 少し呆れたような、でも優しい口調で続ける。

 今までと違う感じのフィズの声に、動きがピタリと止まる。


「お前、迷ったな?」


 大鎌を振り上げていた手が震えだす。


「別に迷ってない」


 震えた感じの声で言い返すも、やはりどこか弱弱しい口調である。

 フィズは頭を掻きながらも、思わず頬が緩みニヤニヤしてしまう。楓の反応や態度やらが想像以上に可愛らしく。今すぐ目の前に立って楓の顔を拝みたい程の衝動を堪える。

 今までの事を振り返ると、すぐに大鎌で襲ってくるのではないかと思っていただけに、楓の素が見え隠れするこの状況は、フィズにとってまさに祝福の時と言える。

 ここで止めておけば良いのだが、どうしてもフィズは弄りたくなる方の気持ちが勝る。


「じゃ、どこに向かってるんだ?」

「か、隠れ里……とか」

「とか?」

「魔神戦争に残された、遺跡が……あるかもしれないかなって」

「ほ~。そんな情報、何処で手に入れたんだ?」

「なんかの、古い本に載っていた」

「へ~、んな本があったのか? 俺も読みたかったな」

「……多分、だけど」


 段々と楓の声が小さくなっていく。


「その本、何処で読んだ?」

「き、貴様の城!?」

「ほぅ、おかしいな。あの城のあらゆる本は読んでいるんだが、そんな重要な内容が書かれていたモノがあったとはね」

「な、なんだよ。しょ――」

「書庫にある本じゃないよな? あそこの本は全て読んでいるし」


 振り返る事は無いが、徐々に楓は耳の裏まで真っ赤になっていく。流石に居ても立っても居られなくなった楓は、また前へと無雑作に進み始める。

 フィズはニヤつく頬を抑えようと頑張るも、どうしても緩んでしまう。


「ほ、宝物庫にあったの」

「ふふ……諦めろ。宝物庫なら尚更だ、そんな本は無かった」

「うぅ~」

「しかも、お前が暴れた後に片付けたからな」

「し、仕方ないだろ、逃げるので精一杯だったんだ。道なんて一々見てられるかよ」


 ぽつ――ぽた――


「ん?」

「……え?」


 二人の顔に水が降って落ちてきた。


「雨か?」

 フィズがそう呟き、二人揃って空を見上げる。


「なぁ、なんで――」

「晴れてるのに、雨?」


 しかし、すぐに黒雲が空を覆い始めた。

 それと同時くらいだろう。

 空が光るのと同時に、ドゴンッ――っと、巨大な爆発音が二人の耳を襲う。

 初めは雷が落ちたと思ったが、続けて同じ様な音が四、五回鳴り響く。


「――っ!? 伏せろ!!」

「ひゃっ!?」


 離れて歩いていたフィズが、たった一歩の踏み切り一瞬で楓を地面に押し倒した。

 数秒もしないで吹き飛ばされそうな突風というよりも、衝撃に近い風が吹き抜ける。細い木々は簡単にへし折れる、太い幹でさえメキメキと音を立てて根っ子から倒れるものが数本も確認できるほどだった。


「なんだってんだいったい」

 頭を伏せていたフィズが顔を上げて辺りを見回す。


「助けてくれた事には礼を言う、が――」


「へ? あ……」

 パンッ――と、楓がフィズの頬を叩く。


「どさくさに紛れて、人の胸を揉むな」

「いや~、すまんすまん」

「ひぃやっ!」


 パシンッ――

 胸を揉まれた反射でまた頬を叩いてしまう、今度は手加減無く思いっきりに力を込めて。


「あっ……痛ってぇ~」

「は、早く除け!?」

「男なら気にしなくてもいいじゃんか……」

「それとこれは別問題だ」


 しぶしぶといった感じでフィズは楓を抑え込んでいる力を抜く。

 すぐさま楓は押しのけるようにして立ち上がる。


「柔らかぁかった」


 フィズはニヘラっと緩みきった表情で、手に残る感触と、抱きしめた時の腕やら体の感覚を確かめるように両手を見つめる。


「このアホがっ」


 妙な気恥ずかしさから、楓はフィズの背中に軽く蹴りを入れた。

 なぜ心拍数や体温が上がるのか自分自身で理解だけに半場、八つ当たりに近いがこの根本的な問題を作った張本人だ、それぐらいは甘んじて受けるフィズだった。


 蹴られた所で、ニヤケ顔が治る事はなかった。


 今度は爆発音だけが響き、微かだが人の声も混じって聞こえる。


 また空が眩しく光る。


 さっきの衝撃で開けた視界のおかげで、仇の風が襲ってくるのが確認できた。


 楓は咄嗟に身を屈めて樹の陰に隠れ、フィズはさっきの蹴りを入れてニヤケた面で地べたに寝転がっている。


 一瞬で凄まじい風が吹き抜けていく。


「なんなんだ、さっきから――んっ!?」

「この先で何かが起こっているんだろうな」


 寝転がっていたフィズがスクッと立ち上がる。

 さっきまでのニヤけた表情とは打って変わって真面目な感じだった。


「薙風の名残に血の匂いが混じってたし、それくらいは分かるさ」


 楓は埃塗れになった服を叩きながら、風が襲ってきた先を眺めながら言う。

 一瞬の静けさの後に、一斉に鳥や動物達が二人の後ろへと逃げ出していく。それに比例して雨も強くなっていった感じがした。


「何が起きてるか……そんな事はどうでもいいが、雨宿り出来る場所を探さないとな」


 フィズは空を見上げて言う。


「ん? 探す手間は無いな」

 楓が開けた視界の行く先を指差した。


「なんだ? アレ…………本当に遺跡とか言うんじゃないだろうな」

「……ほ、ほらな、とにかく、何かは、あっただろう」


 絶壁の所に立たずむ巨大な人型石像が二体と、石像と同じくらいの大きさの石の扉だ。


   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る