2話 まきこむヤツ、巻き込まれる奴等
魔王が持っていた道具と近場にあった薬草を煎じ、飲ませる事をして数分くらいだろう。
――なんで僕がこんな事をしないといけないんだ。
いや、でも、死なれても困る。
コイツから聞き出さなきゃならない事が沢山あうのだから。
「おい魔王、もう起きてんだろうが、とっとと起きろっ! そんで僕の膝からさっさと退けっ!!」
薬を飲ませるためとはいえ、膝枕をしたのは失敗だったな。無意識かしらんが、勝手に人の脚を撫でまわしやがって、気持ちが悪い……鳥肌が立ったぞ。
サッと脚をどけて頭を地面に落とすと、名残惜しそうに魔王が僕を見上げてくる。
「あ~、俺はもう魔王じゃないからな。フィズ……フィズ君♪ って――」
調合した薬が効きすぎたのか、無駄にハイテンションなご様子だった。
――コイツいま、とんでもない事を言わなかったか!?
「言わない」
「ちぇ~」
フィズは本当に悔しそうな顔で楓を見る。
「それより、説明しろ! 僕を戻せない理由と魔王じゃないってどういうことだ!」
楓は手に持った大鎌の切っ先を付きつける。
「え~、いやだっ!! ……はいはい」
すこし面倒くさそうにフィズは喋り始める。
「まず、そうだな……俺が『もう魔王じゃない』って理由から話そう、そっちの方が無理だという説明も楽だしね」
「好きにしろ」
楓にとっては、喋ってくれるならなんでも良いといった感じなのだろう。
「簡単に説明しちゃうとだな。楓を嫁にしたいって言ったらね、城の皆が怒っちゃってさ、面倒だから力尽くで説得したところまではよかったんだけど、その後に色々あって。本当にお前を女に――ゴホン、嫁にせんと魔王の力が戻らないと言うか…… お前の体を女にするのに力を使い過ぎたみたいでなぁ~。俺自身の事を決められない王座にも興味もないし、元から色々と面倒だったから。
良い機会だと思って、勝手にやめて城出してきた」
唖然とした表情で固まっている楓をよそに、笑いながらフィズは話を続け始めていく。
「そんで、無理な理由は幾つかあってだな、
一つ、転換草って貴重種の草があるんだけどよ…… これがもうこの世にはもう無いんじゃないかって程の貴重物だったらしく、宝物庫にあった最後の一つを使ったこと。
二つ、色々な術式の魔法陣と俺自身のオリジナル魔法を使ったこと。
三つ目、俺がお前を戻す訳が無い!
四つ、命を掛けるくらいの協力な呪い、と言っても良い術式を使っているかなら。
あ、ついでに言うと、俺が死ぬと魂から女の子になるので注意な。
五つ目、男に戻る可能性は全て俺が阻止する!
六つ、俺という全てを掛けてお前を女の子にして、俺に惚れて貰う予定だからですっ!
以上の理由から、楓が男に戻れる可能性を無くすから無理だと思うぞ」
フィズに言われた事を楓が一つ一つ頭の中で整理していく。
「おい……まてコラ! 後半がおかしい! しかも途中でさらっと重要な事を必要ないみたいな言い方で混ぜてんじゃねぇ! 一番初めに持ってこいよ、聞き逃すだろうがっ!」
「可笑しくは無い! 俺にとってはどうでも良い事だろうが」
「貴様ぁ!? 僕を戻す気なんて微塵も無いな」
「もち♪ 死んでも嫌だね♪ と言うか、俺は初めからそう言っているじゃないか」
胸をはってフィズがそう答える。
その姿を見て楓は頭が痛そうに御凸に手を当てる。
「てことは何か? 僕が貴様の事を本気で好きにでもならないと、魔法が使えないのか?」
「………………多分? いや、そうだ! そうなるな。まぁ、そうなったらもう戻ること考えないで良いんじゃないか。やったね、一石二鳥だ!」
――今の間はなんだよっ!?
「それは、貴様にとってだろう!?」
嬉しそうな顔で言うフィズに対して、楓は頭を抱えて落ち込み始める。
フィズが楓のそばに行こうと一歩を踏み出すと、それに気付いた彼女(彼)はフィズから離れるように飛退いた。毛や尻尾を立てて相手を警戒する小動物ように。
「別に何もしないって」
そんな事を言いつも、フィズの手はワキワキと動いている。
「貴様は信用ならん!」
「まいったな~」
フィズが困った様子で頭を掻いて考え始める。
「この場で貴様を――」
「あっ、俺を殺すと完全に戻れなくなるぞ」
薙いだ大鎌の切っ先がフィズの首の寸前で止まる。
物凄く戸惑った表情の楓の事をフィズが嫌らしくニヤついた笑みで見守る。
「……うぅ~~」
「ふっふ~ん」
フィズはニッコリと微笑んでいるのに、襲いかかった楓の方は地団駄を踏んでいる。
楓が悔しそうに顔を歪め大鎌を持つてがプルプルと震えている様子を、上からニヤニヤと楽しそうにフィズは眺めていた。
声に出すまでもなく楓の目が「どういうことだ?」と語っているのが良く解る。
「四つ目を、もうちょっと詳しく説明しよう」
楓の悔しそうに震える視線を、嬉しそうな感じで見つめ返すフィズ。
「まぁ、生きた者の性を生きたままで転換させる。しかもだ、それをそのまま無害で定着させるのは結構無理があってな。それなら徐々に浸透させていけば良いんじゃないかと考えて、呪いのアレンジ版、俺のオリジナル魔法なんだがな、それを使ってみた。てなわけで、俺が死ぬと、俺のマナがお前に移って、呪いが完璧なものとなるようになるわけだ」
――どこまでも抜け目のない奴だと、楓はムカムカする心の中で思う。
「……おい」
「ん~、なんだい?」
そう思った瞬間に楓は、ふと妙な引っかかりを感じた。
もうフィズの居た城からは、かなりの距離を逃げて来たはず。山を二、三は超えて来たのにも関わらず、なぜ楓の居場所を知るかのような待ち伏せが出来たのだろうと。少なくとも城へ連れ戻そうとしていた奴らは全て薙ぎ倒して逃げてきた、楓の居場所を知る者は少なくともいないはずなだというのに。
「他に、僕の体に何かしたか!」
「――いや、別に何も」
またも妙な間を置いて、そうフィズが答えた。
明後日の方向を見ながら、という分かりやすい態度と顔をして。
――コイツ、答える気ねぇ~な!
少なからず相手の居場所を探れる類の術だと思うが、そうとう正確な位置や行動まで把握できるという厄介なものだ。これではいくら自分が身を隠そうとバレてしまう。
ここで目の前に現れてくれたのは逆に好都合だと、楓は思い至る。
呪いを解く様な代物に当てが無いわけじゃない。今後、行動を読まれて先回りされるよりは目の届く範囲に居て貰った方が好都合だと。
――それに、理由は解らんがコイツ……。
勘でしかないが、もっと別の何かを隠している気がする。
「おい? さっきから何を黙ってるんだ?」
ぽんぽんと楓の頭に軽く手を乗せる。
「勝手に触れるな」
パシッとフィズの手を叩き、一歩後ろへ下がって距離をとる。
「サラサラのフワフワで気持ちよさそうなんでつい、綺麗な髪だし」
ごめんと謝りながらフィズは笑う。
楓は髪を褒められて、ちょっと嬉しい気持ちと気恥ずかしい感じがしたが、慌ててその感情を振り払う。
楓は頬を少し赤くしていた。
本人は頬を赤くしている事には、全く気付いていない様子だった。フィズはその事に気付き、緩みそうになってしまう頬を必死で隠し、我慢している。
「僕が逃げ出したここ二、三日、貴様は何をしてたかを話せば、近くに居ることは許してやっても、良い……半径二十メートルくらい近付かなければ」
わざとフィズに聞こえるくらいの大きさで、呟く。
「いや~、ずっと木の上や宿の屋根裏から覗いてました! 水浴びの時なんかもう目に焼き付けるくら……い、に。はっ!」
「この変態ド阿呆が! つか、こんな雑な手に引っ掛かってんじゃねぇっ!」
楓の握りしめた拳がフィズの顔面に打ち込まれる。
「すいまへん」
「くそっ」
――今までの妙な視線はコイツか。
監視や追手にしては妙な感じだったからほっといたが、フィズの一言で理解した。
今度からはフィズ見たいな視線にも気を付けよう。
「ったく、男の体見て……――っ!」
妙に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていくのが解るのだろう。
モヤモヤした気持ちを、目の前に倒れたフィズに力一杯に殴って憂さを晴らす。
楓は自身の感情や感覚が全く理解できず、ぶつけどころのない気持ちを振り払うかのように、自分の髪を思いっきりグシャグシャに掻き毟る。
ついでに気絶しているフィズに、数発の蹴りを入れてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます