第101話 いってらっしゃい


親父に話したあの日から、あれから怒涛のように日々が過ぎていきあっという間に、1年以上がたった。

受験勉強に加えて、面接練習、ディベートの練習、後英語。


しかし母さんとは結局話せなかった。

合わす顔がない、と。

そうこねくり回された。


そんなこんなであっという間に時は過ぎ、出立の日へ。

の出立を見送りにかかわりのあったみんながきてくれた。


友人たちとかわるがわるこれまでの話をした。

時間が過ぎるのなんてあっという間で……


「二人とも飛行機の時間は大丈夫なの?」


時刻を見れば、搭乗時間までかなりギリギリだ。

ある程度の余裕は持っておきたいから、そろそろいかなきゃいけない。


「あ、ほんとだ。やっばい……」


「あ、そっかぁ」


寂しそうに女友達の方に駆け寄り、抱き着かれている。

かすみの場合は俺と違って、今後長く外国にいるって決まった訳じゃないし帰ってくる頻度も俺と違ってすこしはあるはずだけど寂しいものはさみしいか。


かすみの友達からも、「絶対連絡するから!」とか「さみしいよぉぉでも頑張って!!」とか「彼氏とと一緒に留学……じゅるり。私もそんな彼氏ほしい!」とか「編集はどこでもできるから、出来るから頼むよぉォぉォ!」とか激励とか応援とかいろんな友達に恵まれてるなって思った。


「巧君、また勉強分からなくなったら連絡するから!特に英語とか」


「相沢さんはそのままでも大丈夫だと思うけど、でもうんいつでも聞いて~」


「うん!」


相沢さんに続いて、田中君佐藤君、それに茉莉さんが激励をくれる。とか

まぁでもその大半が「巧の彼女めっちゃお姉さんで綺麗!」とかなのは男の性だったりするのか?

田中君もハグしてくれそうだったが、マッチョにやられたら死にそうだったので、丁重に遠慮しておいた。


「見送りみんな来てくれてありがとね」


友達に恵まれているのは俺もだったな。





かすみとかすみの家族と、スーツケースを押しながらへ保安検査場へ向かう。



かすみと一緒にやる英会話はやる気はあっても普通に難しかった。


やっぱりじぶんの思っていることを日本語じゃなくて、英語に変換するのが難しい。

日本語みたいに遠回しなものもないし。

色々と困惑した。

やっぱ知識じゃなくて、それを生きた会話にするのは難しい。


「……でも本当に頑張ったよねぇ、巧は」


かすみもこの1年を思い出していたのか感慨深そうにほほ笑む。

その会話を聞いていた真希は少し不満そうにして――


「――なんで英語の勉強に多くの時間を費やしてるのに、校内のテストは変わらず1位なのよ、でも頑張ってたのは見てたからあっちでも頑張ったら?」


見送りに来てくれた真希がいつものようにツンツンしながら励ましてくれる。


「本当あなたは素直に言えないんだから……ごめんなさいねうちの真希が」


そんな真希に真奈美さんが困ったように笑う。


「あはは大丈夫です、いつものこと何でね、彼女が素直に物事を言えないのは分かってるんで。俺が返ってくるまでには少しは直しとけよ!」


「ふん!分かってるわよ、……だからちゃんと帰ってきなさいよ?二人で」


変わらぬその物言いに、俺も思わず笑ってしまう。


「はは、うん帰ってくるよ」


「何笑ってるのこっちは心配して!」


「分かってるって!またな!」


ぽん、と昔したように頭に、は流石にどうかと思ったので肩に手を置く。


「……うん」


改めて真奈美さんとお義父さんに向きなおる。


「本当に気を付けてね、海外は日本と違って危ないからさ私たちは君らが安全で幸せに過ごしてくれたらそれでいいんだから。もし辛くなったら2人していつでも帰ってきていいんだからね?」


2人の温かい言葉に胸がぐっとくる。

かすみなんて既にメイクが崩れてきてるもんね。



「そうですね、気を付けます。かすみさんもいますからね」


「あの子のこともお願いね、どこか抜けているところもあるから」


「ちょっともうお母さん止めてよ!!恥ずかしい」


かすみは友達と談笑していたのを切り上げて、真奈美さんの肩を照れたようにたたいている。


「そうは言ってもねぇあんた本当に時々抜けてるから。ねぇ巧君?」


「そんなことないよねぇたくみ?」


美人母子に迫られる俺。

普通に困ります?


「でも本当にお願いね?」


ここまで来たのは俺とかすみの家族だけ。

親父はまだ来てない。

今日は来るって言ってたけど、母さんの説得うまくいってないんだろうなぁ。


時間も時間だから、もうそろそろ行くかな?

まぁ今生の別れってわけでもないし、今じゃビデオ通話何て普通だからな。


世界の裏側との距離も数秒のラグで話せる時代だしな。

そこまで寂しくもない。


なんて思って、保安所に行こうと前を向いたら……


「巧!」


どたどたと走ってくる音が聞こえる。

たっくあんたはさぁ――


「もうちょいスマートに来ないもんかね?」


「……とか言って巧口角少し上がってるよ?」


「素直じゃないのはあなたもじゃない」


と真希にまで言われる始末。


「すまん、ギリギリだったか」


心配そうに時刻を見る親父。

でもその姿は親父1人だけ。


「まぁ少しは大丈夫だよ」


「そうか、すまん母さんはやっぱり……」


申し訳なさそうに謝る親父。


「そっか」


「ああ、やることがあるからって、今あいつは今病院でリハビリしてる」


「……え?」


リハビリ?


「お前のことはずっと言ってたんだけどな?お前も進路絶対譲らなかっただろ?だからあいつも待っているそうだ、お前が開発するその日まで、そのために今は別れを惜しむよりも1日でも持たせる様にするんだと、さ。だから口頭で預かった伝言は一つだけだ」







【もう1度私のことを叱りに来るのを待ってる】








ただそれだけのことば。

なんというか懺悔でも、激励でもなく、ただの強気な約束・

なんともまぁ。


「…………はは、母さんらしいなぁ」


俺の言葉に親父は苦笑する。


「ほんと不器用な奴だよ」


本当は会っておきたい。

もう会えないかもしれないから。

声を聴きたい。

顔を見たい。

不器用に笑ってほしい。

喝を入れてほしい。



【行ってらっしゃい】って1年前みたいに笑顔で見送ってほしかった。



だけど。

おれはそんな母さんを見るためにこそ。



「……んじゃ、約束を果たすために行ってくるわ」


「ああ、行ってこい。母さんのことは俺に任せとけ!」



親父と交わした言葉はそれだけ。

あとはグッと昔から見た、笑顔のサムズアップ。

相変わらずだっさいなぁ。


でももういい時間だ。

名残惜しいけどいかなきゃいけない。


「「いってきます」」


「「「行ってらっしゃい」」」


最後は笑顔で。


「巧、眼うるんでるよ?」


「かすみこそ」


お互いに前を向いてしていたのは、泣き笑いだった。


その日、おれとかすみは夢のために旅立った。

母親に面と向かって叱る、そんな日のために、そして。





【おかえり】ってもう一度聞くために。

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