第100話 親父の決断
「ただいまぁ」
親父が帰宅した。
声からは隠し切れない疲労感が窺える。
まぁそりゃそうだよね、息子は途中で出て行ったりしてるし、母さんは全く話を聞こうとしないし。
まぁ全てを知った今ならわかるよ、そりゃきかないよね
「……おう、おかえり」
親父は、リビングに入り俺の顔を見て、驚いたかのように顔を呆けさせる。
「……お前、なんか……いやなんでもない」
「あ、ああ」
なんだ?
親父にしては歯切れが悪い。
「……ほんと少し見ない間に……」
そんな風にぽつりとつぶやく。
なんだ?
そして親父はおもむろに、話を切り出す。
「……巧、お前叔父さんから母さんの話聞いたんだってな?」
「うん、聞いたよ全て」
母さんの隠したかった真実も。
「……そうか、俺もきいた。……それで、だ、巧。俺は、さ。俺は……₋」
沈黙があった。
長い長い沈黙。
親父は眼を固く閉じている。
親父の中では多分色んな事が駆け巡っているんだろう。
俺では想像できないような大人の苦悩とか、母さんの想いとか、俺への想いとか、いろいろあると思う。
だから俺はただ親父が決断を口にするのを待つ。
俺は親父の決断を聞く、それがたとえどんな決断だったとしても。
そしてとうとう重い口を開く。
「……巧。俺はな……色々あったけど、…………どうしても母さんを……もう一回、迎えに行きたいと……思う。だって俺は、母さんがいる3人で家族だと……そう思ってるから。色々あった、ほんっとうに許しがたいこともあった、なんで俺に話さないんだよ!とか、一人で全部勝手に決めんなとか、な。でも特に思ったのはかすみちゃんといる時だ」
「かすみ?」
親父はそこでようやく顔を少し和ませる。
「ああそうだ、お前らがうちで仲良くやって、たまに俺も入れて、ご飯とか一緒に食べただろ?ああいう時にな、親ってのは多分幸せなんだよ、息子の幸せな姿を見れるっていうのは」
そんなこと、初めて聞いた。
俺としてもそこまで深く考えてたわけじゃない。
「ああ、良かった、母さんのことで自分の気持ちを吐露できる相手がいて、少しずつ前を向かせてくれたから、ああよかった、すごくよかったんだ」
でも、と親父は続ける。
「人ってのは欲深い生き物だろ?そこにいてほしい存在がいなかったんだよ、ふと幻視してしまう、4人で笑ってる姿を今回の件であいつの事情を知れた。だからこそより思う。誰よりも1番に俺と同じくらい幸せを願ってたやつがその光景を見れてないんだよ、だからこれはbetterではあってもbestじゃないってさ」
「だから!……色々考えても、あいつに言われたことも、あいつがやったことも、俺たちがあいつに言ったことも、やったことも、俺ら3人が…………もう1度やり直さない理由だとは思わなかった俺はもう1度あいつとおまえと、三人でこの家で暮らしていきたい!」
親父の顔は、親父の目は、もう決意していた。
俺がめちゃくちゃ恨んでいたのは知っていたうえでの言葉。
覚悟、ってやつなのかな。
「……でも俺は母さんと同時にお前も同じように大切だから、お前の意見も聞きたい。お前が母さんを許せないなら、……それなら俺はそれはそれで、……ちょっと今は解決策は思いつかないけど、なんとかして、尊重して、でも長い時間がかかっても、最終的には仲直りしてあいつに残された時間を幸せにしたいと思ってる!……だから!だから、さ、お前はどうしたい?」
どうしたい。
親父もかすみと同じことを聞くんだな。
もうその答えは決まっている。
2人そろってもう……どこまでも尊重してくれるんだから。
すっと息を吐き、俺の考えを告げる。
まずは
「…………母さんとやり直す……うんいんじゃね?」
その言葉を聞いた瞬間、親父が喜色に満ちた顔をする。
「そっかそっかなら――」
「――でも、母さんを許せない気持ちもある」
「………………ああ、あいつがしたことは理解は出来なくもないが、確かに間違いなんだ――」
ううんそれだけじゃないんだ親父。
俺は――――
「――母さんだけじゃない。俺は俺自身も、母さんにひどい言葉を放った俺自身が最も許せない」
親父はやるせないものを見るように俺の肩に手を置く。
「……巧、でもそれはあいつが――」
「――分かってるよ、でもこれは俺が俺を許せるかどうか、だから俺自身が納得できるかどうかの話だから」
親父は複雑そうな表情をする。
言いたいこともあるだろうに、それをずっと我慢している
「俺は母さんが戻ってくるのは賛成だ、でもちゃんと家族に戻るなら、もやもやしたものを、全てお互いにぶつけてから、っていうステップを踏むべきだと思う。母さんは俺らの気持ちを勝手に想像してでていった、だからその勘違いを正さないと、じゃないと俺らは張りぼての関係になっちゃう」
「そうだな、遺恨を残すべきじゃないのは賛成だ。言いたいことを全部言い合って、今回の件で、家族の絆が強くなった、って思えるようにするぞ……絶対に悲劇でなんて終わらせない――ッ!あいつが死ぬときは笑って逝かせてやるんだ、何の憂いもなく俺たちの前で、畳の上で」
それが親父のBESTなのか。
大人の考え方だし、賢いと思う。
だけど俺は――
「――親父俺はちょっと違う」
「……え?」
「さっき人間は欲深い生き物だって親父は言ったよな?」
「あ、ああ。言ったが。やっぱ親子なのかもな?俺もどこまでもそれこそ底が見えないほど欲深い」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔をする親父。
そりゃそうだ。
「親父が話してるのはここ10年ちょいで母さんが死ぬ……そういう前提の話だよな?」
死ぬ。
あえて一番強い言葉を使う。
親父は一瞬面くらい、でもすぐに
「ああ、長くてもそんなものだと今の技術では……って聞いたぞ。だからそれ以上は本人の意思、って」
「俺もそう聞いた。でもさ、今は無理でも未来は違うかもしれないだろ?」
「それはそうだ、だから俺らはそう言う薬が、治療方法が出るのを待つしか」
「そんなの待てない。誰ができるかも何も知らない、そんな希少分野の研究を悠長に待ってられない!」
親父は困ったような顔をする。
まるで子供の駄々を聞くかのように。
「そんなこと言ってもどうしようも……――ッ!……え?……お前まさかそんなことないよな?……いや、でも進路希望通りならそれも……」
どうやら親父は俺がようやく何を言いたいか伝わったらしい。
「お前……医者を……目指すのか」
愕然として、でも納得したように親父は頷く。
「……うん、まずは医者にはなる。でも医者は過程に過ぎない、俺の目標はあくまで根治治療薬を創る事。その付随として医師として学ぶだけのつもりだよ、だから研究がメインかな」
「……俺にはよくわからないけど、お前が決めたならそれでいい、後悔しないならそれで」
にっと笑顔でサムズアップ。
やっていることは古いけど、温かさは感じる。
「だから高校卒業したら、英国行ってくるね」
俺がそう言った瞬間親父の笑顔が固まった。
「……え?なんて?」
「聞こえなかったのか?親父ももうアラフィフだしなぁ、耳遠くなってきたんじゃないのか?もう一回いうけど――」
い、いやいやいわなくていいと慌て遮ってくる。
「俺見た目はふけてるけど、実際はまだ40前半だからぎりアラフォーだからそこ勘違いしないように……じゃなくて!はぁ?!英国?!なんでまたてか留学?!日本じゃ日本じゃダメなのか?!」
そうだよな、そうなるよな。
「だめだ、日本じゃあまりにも時間がかかりすぎる。医学部に言って6年、そこから研修医、そこから専門医なんて見てたら軽く10年はかかるそれじゃ母さんには間に合わない。イギリスなら、医師の試験ももう少し早く、さらに在学中に臨床にも携われる。更にもし医薬品の開発をしたいとなっても英国には世界で10に入る大規模製薬メーカーもある。ほかには……」
ほかにも昨日かすみと二人で用意した理由を順々に告げていく。
親父は一つひとつにうーんとか、考え、頷いていく。
「お金も心配しなくていい、留学金を全額出してくれる制度も見つけたから……まぁ日本で数人しか入れない奴だけどあと1年あれば
絶対に行けると思う」
「……大学進学なら金は出してやるつもりだったのに、そのために社会の労働戦士してたんだが??」
「ありがと、でもそれは母さんの病気のために使ってやって、診療にお金は国のお金でなんとかなると思うけど、それ以外にもいろいろとお金はかかると思うから、さ」
無償の奨学金を選んだ理由はそれもある。
お金なんて病気のためにいくらあっても困らないからね。
最終的にどれくらい使うかなんてわかんないし
「……分かった、お前がそこまで考えてるならいい。てか止める権利も俺には無い分かった、行ってこい!そして母さんの病気を治してくれ!」
本当は反対されると思ってた。
そんなの無理だって。
「期待してるぞ?」
だからそんな笑顔で信じてくれるなんて言われると思わなかった。
止められると思ってた。
「なんだ泣きそうな顔をして、どうした?」
「いやそんなにあっさりとOKしてもらえると思わなくて……」
「ばーか、誰が息子が覚悟しめ決めた道を阻むんだ、俺らが出来ることは、応援して家で待ってることだけだよ、だから行ってこい」
「ああ」
まるで今から行くような会話。
でも、さ。
「行くのまだ先だからね?」
だって俺まだ高2だし。
「……あと行く前に母さんと一回話しとけよ?」
1度は話すべきではあるよなぁやっぱ。
でもなんか俺の予想だと母さんはなんだかんだ……
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