第97話 また来るから (SIDE 母)


あれから少し時が経って年の暮れ……いつものように病院から帰ると、会うのは最後と決めたはずの、巧と修がいた。


お父さんとお母さんは修たちには事情は何も話さず、ただ世間話をしていた、らしい。

2人の顔を見たらわかる、久々に孫を見れて、内心すごい嬉しいんだろう。


ごめんね、親不孝者で。

そのうちいなくなるから、さ。


そのまま修と朝まで話して……まぁそれは平行線で何も進まなかったけど。

そりゃそうよね、なにも私が話す気がないんだから。

でもよかった、症状に気付かれなくて。

そのうち震えとかが隠せなくなるかもだから。


……話し合いでも、修は全然諦めなかった。

それこそ夜通しにかかっても平行線のまま。


「……少し寝るか、もう頭がまわらない」


そう言って、修は上の階に上がっていった。

私は薬を飲んでから寝ようとそのまま下にいたら、そのあとに、巧が来た。

その眼はもうなにかを決めた目だった。

自分なりに整理がついた眼だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



巧が帰っていった。


けじめ。

彼が言った言葉。

ちゃんと巧なりに前に進む覚悟が出来たみたい。


【今の私は私じゃない】、か。

確かにそうかもね。


病気が分かって、あれからすべてが変わったから。

……でもこれで私が死んでも、巧は大丈夫よね。

彼の隣にはもう支えてくれる人もいて、心も強くなった。

優しさの区別が、自分なりの心の処理の仕方を知った。

だからもう大丈夫。



【勝手に野垂れ死んでくれ】



そうね、それが私にはお似合いの結末。

あとは勝手に気づかれることもなくひっそりと死ねばいい。

それだけ。

彼に気付かれたら、それこそ一生の傷を負わせるようになってしまうから。

だから安心して逝けばいい。



……そのはずだったのに。

そうするはずだったのに。


「……は? なんていった?」


「……巧君には車の中で真実を伝えた」


パシン。


兄の頬から乾いた音がした。

それは私が叩いたから。


「真澄っ」


「おまえっ」


「弁解するつもりはないよ。でも自分がこうするのが正しいと思ったから、そうしただけだ」



三者三様の反応。

両親は焦ったように止め、兄は叩かれたにも拘わらず、前を向いてまま。

そして、兄をたたいた右手は若干まだふるえている。


「そんなのあなたの自己満足じゃない。私がどんな気持ちで……」


「君の気持ちなんてそれこそ全部は分かってあげられない、つらい決断をしたのは分かる、そんなことをしたくなかったのだって。……でも少なくとも君の方法で全員が幸せになんてなれないから。それは断言できる!」


「そんなわけない」


「そんなわけあるよ。……真澄の方法はああたしかにそうだ、介護の手間とか時間とかお金とか色々な面で巧君と修君の邪魔にはならないだろうね。おまえのいうこともわかる」


「なら!」


「でもそこにお前の幸せは入ってないだろ?お前を想う人たちの気持ちが入ってないだろ?」


そう言う兄の眼は確信に満ちていた。


「お前はそれでいいかもしれない、でも俺は許容できなかった、我慢しようとした。それにここまで来た修君を、巧君を見て違うなって思ったんだ」


「……」


「ここまで来た彼らはきっと、いずれ真実に気づく。その時に絶望するのは彼らだ。今ならまだ間に合うから、だから」


なによそれ。

あれだけ言ったじゃない、事前に。

こういうことがないように、そうならないように準備をしたんじゃない!


「……そう睨んでやるなよ真澄。ここまで付き合ってもらっただろ?」


「最後まで、それこそ死ぬまで付き合ってもらわなきゃ意味無いのよこればっかりは!」


そう言っても兄はただ私を見つめてくるだけ。


分かってる、もう遅いのは。

全て巧にばれてしまった今となっては。


もうここからどうなるか私にもわからない。


「……どうしろっていうのよ」


今頃巧が自分の言った言葉に傷ついているのが分かる。

だって私がそう仕向けたんだから。


今までのことが全て裏目に出ている。

彼らを思って、言わした言葉がそのまま刺さってしまった。


「…………何をどうするって?」


「修…………」


さすがにあれだけ騒いでたら起きちゃうか。


「……ほんと神なんていないわね」


自嘲するように笑う。


「……何がだ?…………やっぱりどこか体調が悪いのか?それも命に関わるような。そうなんだろ?」


「…………なっ」


なんでそんなことを。


そんな私の心を読んだかのように修は困ったように笑う。


「…………夫婦だぞ?……お前の嘘くらい分かる、時間はかかったけどな」


その優しい笑顔を見た瞬間、泣きたくなった。

でもその笑顔を見たからこそ。


「なにいってるか分からないわ、それこそあんたはいつまでここにいるのよ? 巧は帰ったわさっさとあなたの息子の元に戻りなさい、きっとあなたが必要かもしれないから」


「巧はお前の息子でもあるだろうに……お前はいつまでもそうやって……その表情で分かるよ、何かあったんだな?……分かった帰るよ」


諦めたかのように、修は玄関へと向かう。

靴を履き、あぁ、言い忘れてた、と。


最後に一つだけ言葉を残していった。


「何回でもまた来るから」


兄が送ると、修を追っていく。

その姿を止めることはしない。

そこでもう話されてもいい。

最悪、次に会うまでに私が……


「……いいのか?」


「もう意味ないからね」


さて、と。

なら私は……


「バカなこと考えるんじゃないわよ?あなたはいつもそうやって!あんたは一人じゃないんだからね」


「お母さん」


「そうだぞ、真澄。いつまでだって俺たちがついててやる」


「お父さん」


何をばかな、とは言わない。

実際そう考えてたから。


「でも……」


「……みんなで一緒に考えていこう、みんなが納得する、本当の幸せってやつを」


そんなのあるわけが無い。

そんなのがあったら私だってとっくに……

だから私はどんなにその言葉に乗りたくなったって、甘言にのっちゃいけないの。

だって、共に生き地獄まで来てほしいわけじゃないから。


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一旦SIDE母編は終了です!

まぁまぁ長かったかな?

次回からは巧編。

もうクライマックスです!

最後までお付き合いください!

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