第96話 テンペスト(SIDE 母)
「本当にあの人はもう……」
私はもう来ない、と誓いながらもまた半年ぶりに自分の家に戻ってきた、ううんきてしまった。まぁ何のことは無い、戻らざるを得なかっただけなのだけどね。
この玄関を通るのもいつぶりかなぁ。
かなり昔のようにも感じるけど、実際はまだ半年にもなってないのかな?
家のカギは前のままみたいですんなり入れる。
……私としては楽だからいいけど、防犯的にはどうなのかしら。
ちょっと不用心過ぎない?
それとも私がそんなことしない、って思ってるのかしら。
あの人なら思ってそうね、実際なんにもしないけどさ。
この様子だと家の中見るの怖いわねぇ……二人とも本当に掃除とか必要に迫られない限りやらないからごみ屋敷一歩手前になっててもおかしくない、前1週間とかいなかっただけでかなり家がぐちゃぐちゃになってごみも溜まってたし。
あの時は本当に大惨事だった……。
ごみの中からGとかも出て、家の中てんやわんやだったっけ。
なんだかんだ楽しかったわねぇあの頃は。
ううん、ずっと楽しかったか。
「……今更よね~、そんなこと。望むならあの人たちがまたああいうなんでもない日常を送れるように、泥船はさっさと沈まないとね」
でもそんな予想に反して家の中は……
「……あら? 思ったよりきれいにしてるわね?」
そのまま軽く中を見ていてもどこも整理整頓され、ゴミはまとめられている。
どこの部屋も、ううん私たちの部屋だけは別だけど、そこ以外は不自然なほどに綺麗にされている。
「あら?あの二人……性格変わった?」
一瞬そんなことを思い立ち言葉にするが……
「……いやないわねぇ」
即座に否定した。
巧と修がやったとは考えられない、彼らはこんなまめな性格してないし。
ってなると別の人かな、修が新しい女の人をとつくったとは、考えられないし……。
作ってたら離婚届に意気揚々と判を押すはずだもの。
でもその答えはすぐ分かった。
テーブルの上に書置きが残されていたから。
「……あぁ、なるほどかすみちゃんか」
なんだ、巧、あんたちゃんと仲直りできたんじゃないの。
「……良かったわね」
あの子がかすみちゃんと気まずくなったのを見て、何度モヤモヤしたことか。
巧のためにと思って口こそ出さなかったけれど……思い合っている二人がすれ違うのがなんともとても歯がゆかった。
年末年始とか、朝とかあった時にはお話もしてたしねぇ。
よかった、ちゃんとあなたの心を癒してくれる人が共にいてくれて。
かすみちゃんならきっと大丈夫だから。
……うんこれで心残りが一つ減った。
「でも……あれね。半年以内だけでも、ものの位置とか人間関係とかも変わっていく。私がいなくても二人とも、なんとか前を向いて……進んでいるようね」
子の成長は早いと言うけれど、ほんとね。
…………後は修かな?
「全く早く離婚届を書いて提出してくれたらいいのに……こんな私みたいに勝手にいなくなるような屑な女に、執着しないで、さ」
それこそ私よりも若くて、いい女性なんていっぱいいるんだから。
「全く本当に……」
どうしようかしら。
修にはそれこそ、新しい人と出会えた方がいいに決まっているのに。
出会いがないことが、残念と思えない私が一番矛盾している。
でもそんな気持ちも隠さなきゃ。
なんだかんだ家の中をみてたら、時間は午後の16時。
なんか姑みたいでいやね、私。
「……そろそろかしら」
窓の外をちらりと眺めたら、ちょうど巧が帰って来るのが見える。
遠目に見る姿はすこし大人っぽくなったかな?
あぁ息子の成長がもうすぐ目の前で見れる。
こんな嬉しいことは無いわね。
男児三日会わざればなんとやらとは言うけど……本当ね。
……まぁ巧からしたら、私なんて会いたくないでしょうけど……。
災害にでもあったと思って我慢してね?
本当にこれが私からは最後だから。会うのは最後にするから。
巧が玄関の扉を開ける。
私の顔を見て、驚き、そして呼んだ。
「何しに来たんだよ……母さん」
と。
ああ、と。
だめじゃない。
まだ全然わたしに未練がある。
……でもそれもそっか。
優しい子だからね、巧は。
そんなところ、本当に修にそっくりだね。
そのまま育ってほしい。
でもその優しさは、私にだけは向けちゃダメ。あなたにとって私は憎い相手なんだから。そこの線引きをしなきゃ。私が教える最後のこと。
だから私を見捨てる
今回はちゃんと私が終わらせるから。
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「タクシーやっと来たのね。……じゃ私帰るから、巧とはもう話すことはもうないでしょうけど、まぁ元気でやりなさいよ…………どうでもいいけど」
玄関のドアを閉めると同時に、巧の叫ぶような声と、何かを叩きつけるような音、そして慌てて中に走っていく声が聞こえる。
ドアを開けて、嘘だよって、あなたを愛してるって、いつまでも一緒にいたいとそう言いたかった。
今までの全てが夢だったら、そんなことを思う。
「お客さん?乗らないんですか?」
タクシーの運転手が、気まずげに声をかけてくる。
「……今……乗ります」
ちょうど良かった。
何かきっかけがないと動けなかったから。
タクシーに乗っても心はなんとも言えなかった。
自分の望むとおりにはなった。
「帰る……か」
私の家は、本当はあそこなのにね。
どこに帰るんだか。
もう帰るとこは自分から捨てたって言うのに。
でも目的は達した。
巧から私を嫌いにさせること。
だからあんな言葉も聞けた、ううん言わせてしまった…………かな?
私の物憂げな顔でも見えたんだろうか。
運転手がぽつりと呟く。
「お客さん…………人生色々ありますね?」
なんとも不思議な言葉だった。
前を向く運転手の顔が見えず、表情からは何も伺えない。
何を思っているのかも。
……でも正直どうでもいい、家族以外のことは。
「……そうね、ほんとに」
だから本当に素っ気ない返事になった。
本当に人生は分からないものだ。
まさか自分が愛する家族にあんなことを言うなんて思いもしなかった。
そして息子に……
「生まれてきたくなかった……か」
ふと漏れたことばだった。
運転手に聞こえてはないだろうか。
……いやどうでもいい。
どうせ見知らぬ人だ。
巧にあんな言葉を吐かせてしまった。
その事が申し訳ない。
自分はそう言われても仕方の無いことをしたけど。
言われるのはしょうがないけれど、望んだことではあるけれど。
「でも実際言われると、覚悟してたとはいえ、なかなかにくるわね」
身勝手な痛みだ。
運転手は何も言わずに、音楽をかけてくれる。
タクシーから外を見れば雨が降り出しているのが見える。
ラジオが、クラシックが流し始める。
どこか、悲しくて、でも不思議と心に響き染み渡る。
なんて名前の曲だったかしら。
「……ベートーヴェンのテンペストですかね」
「テンペスト……」
雨は音を立てて強まっていく。
「まるで今の天気と一緒ね……」
そして私の心とも……
「そうですね、ただテンペストに込められている意味は――」
不思議と私は運転手のうんちくを聞いていた。
現実逃避にはちょうどよかったのか、なぜか聞いていた。
テンペストの真の意味……。
「……そう、それなら全然私とは似ても似つかないわね?」
だって私たちにそんな結末はあり得ないから。
私たちの物語はどこを切りとろうと、悲劇もしくは復讐劇でしかないんだから。
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おひさ~
みんな元気に生きてる?
ちなみにこちらは死んでいた。
もうちょいこのお話書かしてねん。
ではでは。
沢山のフォローと応援ありがとうございます。
また★と感想などいただけてありがたい限りです!!。
これも皆さんの応援のおかげです。
ありがとうございます。
今後もよろしくお願いします!!
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