第95話 バイバイ大好きな人(SIDE 母)
決めたら、直ぐに行動した。
だってそうじゃないと決意が鈍ってしまいそうだったから。
まず離婚届を取りに行った。
何枚も余分に貰っておいて本当に良かった。
……だめだね。
いざ自分のところに名前を書こうとすると、涙で字が滲んでダメにしちゃう。
自分の名前を書く度に思い出す。
……初めて成瀬真澄になった日のことを。
その時の喜びを。
2人で、お互いの名前を何度も確かめあって笑いあったあの日を。
婚約届の前に、指輪を置いて、カメラで撮ったなぁ。
今みたいにスマホなんてないから、ガラケーのカメラで。
今でもその写真は大切に保管している。
修は多分知らないだろうけど、実は私結構写真撮ったりもしてたんだよ?
あぁ、この名前、捨てたくないなぁ。
でも捨てなきゃな。
捨てなきゃ修も巧も先に進めないから。
気分転換に家の不要なものとかごみとか処分していく。
あの二人、ていうか修は多分私の物とか捨てられなさそうだから。
……大丈夫かしら、あの人たち。
掃除とかできるかしら。
あの二人、やればできるんだけど……やるかしら、不安ねぇ
ま、まぁ今できることをしよう。
ひとまずは家の掃除をして、家の書類とか、通帳とか、保険証とかも分かりやすいようにして、飛ぶ鳥跡を濁さずと言うけどこの家にもお世話になったから綺麗にしていく。
ひと段落すると、二人のために手紙も書く。
本心はほとんど書けないけどね?
【巧 いきなりでごめんなさい】
(本当にごめんなさい、こんな手紙を残して)
【お母さんはこれ以上あなたたちと暮らしていくことは出来ません】
(こんな病気になりさえしなければずっとあなたたちといれたのにね、でもあなたたちの邪魔をするわけにはいかないから、もう住めないの)
【お父さんは仕事をしていれば十分な人だし、】
(そんなことないのは知ってるわ、あなたは家族のことをいつも考えてたから、でもこうでも言わないとあなたも納得しないでしょ?)
【巧は年齢の割にしっかりしているから大丈夫だと思います】
(あなたが必死に強がって、努力して足掻いているのは知ってるわよ、だから程々に頑張って、ちゃんと自分を大事にして)
【お母さんはお母さんで新たな人生を別の人と一緒に歩んでいこうと思います】
(あなたたち以上に大事な人なんているわけ無い。こんなこと書いたらきっとあなたたちを傷つけるよね、でもこう書いておけばそのうち私を恨んでくれるでしょ? その後に私が死んだとしても、浮気した酷い女が死んだくらいに思って、ショックも受けずらいでしょ? 私はちゃんとひとりで死ぬから。……こんなやり方しかできなくてごめんね?)
【ただ忘れないでください、私はいつでもあなたの味方のつもりです】
(これは本心。もうあなた達を助けることは出来ないけど、せめて地獄であなたたちの幸せを見守らせて?)
【巧、今後あなたに会える機会というのは減ってしまうでしょう】
(もう会うことは無いかな?本当は毎日でも顔を見ていたいけど、あぁでも私はちゃんと嫌われないとね、嫌われるために会いに行くかも。でもそうね、早く私のことなんて忘れて?)
手紙を1行書く事に心が張り裂けそうになる。
でもきっとこれを読む二人は、巧と修は私に裏切られた、と思ってもっとずっと心を痛めるだろうから、泣き言なんて言ってられない。こんなの未来の彼らに比べたら嘆いてられないわね。
【修、私はもうあなたに会うつもりは無いです。仕事しかしないあなたにはほとほと呆れました。次があるとしたらせいぜい、家族のことを思うように】
(私は好きだったらいいけど、後妻とは仲良くして欲しいから。修はとてもいい人だからほんと巧には見習ってほしい。でも修には、次は私みたいな酷い女じゃなくて、素敵な人と幸せになって欲しい私の裏切りで傷ついた心を癒してくれるそんな女性と。その人と上手くいくように仕事は程々にしてね?)
【私は私で自分の道を行きます。離婚届は早めに書いて提出しておいてください】
(早めに提出してね? いつ私が死ぬか分からないから。私が生きていられるうちにだしてくれなきゃ後々めんどくさくなるから、さ)
最後に名前を書く。
成瀬じゃない、旧姓の冬月の名前。
【冬月真澄】
またこの名前を書くことになるなんてなぁ。
あの頃は思いもしなかった。
今でも信じられない、信じたくないけど。
ほんと愛してる、2人とも。
自分の後悔を捨てるように手紙を折りたたんで、封筒へ。
あの病院で診断を受けた日から、修の顔も巧の顔も、どれも余さず記憶に残した。
笑った顔、困った顔、だらしない顔、寝てる顔、しょうもない会話、高校での出来事、家族での会話、修とのたまの2人きりの会話。
どんな時間も大切にすごした。
最後に三人で撮った巧の入学式の時の写真。
巧はシワのない高校の制服を来ていて、私も修も笑っている。
あぁ幸せだったなぁ。
現像した写真を見返していると、手から力がぬけ、写真を落とす。
あぁ、幸せがこぼれてく。
ううん、違うか。
自分から手放すんだね。
被害者ぶるな私。
自分で全て決めたことだ。
私はこれから恨まれて生きて、恨まれて死ぬことに決めたんだから。
「……バイバイ私の大好きな人達」
そうして私は家を出た。
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次回 母回ラスト(予定)
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