第94話 回想ー誰よりもあなた達が……(SIDE 母)
病気が分かったのはたまたま受けた健康診断がきっかけだった。
最近手に力がはいらなくなることがたまにあり、スマホを落とすようになった。
医師の先生に相談したらじゃあ軽く、検査してみようかといって検査してくれた。
「え、診断できない……ですか?」
「断言はちょっと……なので大学病院に行ってみましょう」
検査でも詳しいことは分からず、紹介状を書いてくれて、大学病院にかかった。
でも今思えば、何かしら異常が見えたから大学病院を紹介してくれたんでしょうね。
どうせ大したことない、と思ってた。
認めたくないけど歳もとってきてシワも出てきたし、歳をとったその影響かなー、なんて考えていた。
そんなふうに自分を誤魔化していたのかも……。
でも現実は残酷なもので。
病院の先生から言われたのは、ALS……筋萎縮性側索硬化症という病気だった。
最初は「?」だった。
だってそんなもの知らないもの。
先生は、「今の時代、薬とかリハビリとか色々ありますから、」っておっしゃって、逆にそれで何となく察した。
「……あぁ、悪い病気なのね」
「……難しい病気ではあります……ですが治療は昔より格段に進化していますから、一緒に治療していきましょう」
先生の安心させるような笑顔が、逆にその病気の難しさを感じさせた。
これから継続して通うことになる、今後のためにも家族のフォローが必要ですよ、とも先生は言っていた。
「まだ初期なので頑張っていきましょう!」
病院からの帰り道どうやって帰ったのかはあんまり覚えていない。
でも必死でその病気のことを調べたのは覚えている。
それで分かった。
難病であること。
根治的な治療法がないこと。
遺伝リスクもあること。
そして…………必ず死ぬことも。
私の人生は一体なんだったんだろ。
思いがけず、人生が真っ暗になった。
怖かった、泣きたかった、つらかった、苦しかった。
そんなふうに今後のことを考えながらテーブルで俯き、思いにふけていると、何も知らない巧がちょうど帰宅した。
「……ただいま」
いつものようにしなきゃ。
「おかえり〜」
いつも通りあくまで普通に。
「うんただいま…… あれ? 母さんどした? なんか……元気ない?」
制服を脱ぎながらなんとなしに聞いてくる巧。
ドキッとした。
本当に勘のいい子で困る。
……だからこそ笑った。
「まあね、病院の健康診断で太っちゃったのが分かって。……歳かしらねぇ」
「あぁ、それは歳だね、これからもっと増えるかもよ?」
「うるさい!慰めなさい!」
「……気をつけな~…………あ、それとこれテストの成績ね」
ポイと投げるように置いていく。
中身を見れば全国模試で1桁の順位。
「すごいじゃない!」
「勉強しかしてないからねぇ、こんなんじゃだめだよ、もっと頑張んないと。じゃあやってくるわ」
「う、うん、ほどほどにね?」
「あーい」
上手く誤魔化せたかしら?
本当に感が鋭いんだから。
巧を見て、決めた。
私が二人のためにすべきことが。
巧は親の私から見てもとても、頑張っている。
頑張る理由は、多分かすみちゃん関連かなぁ。
あの子ずっと引き摺ってるから、ね。
ほんと愛が重いんだから。
誰に似たのかな?でも軽薄なよりぜんぜんいいわよね?
巧が頑張る理由なんててなんでもいい、その行為が、過程が、その姿勢が大事なんだから。
彼女のために勉強も頑張って頑張って頑張って、頑張っていた。
あの子はやればなんでも出来る子だ。
きっといつかはかすみちゃんとも上手くいく。
だって二人を見てればわかる、ただお互いにすれ違ってるだけだって。
そこに口出しはしないけど。
どんなにもどかしくても、親が出て言ったら巧の成長を邪魔しちゃうからね。
口出したくても、巧のためにならないなら自分の感情なんていくらでも抑える。
だって巧には、あの子には誰よりも幸せになって欲しい、成功して欲しい。
だからこそ厳しくしてきた。
親バカかもしれないけど、それでもいい。
あの子には無限の可能性が秘めているから。
将来は絶対に明るいから、絶対に。
だから私がその芽を摘んじゃいけない。
惜しむらくは…………その芽が花開くのを見れないことだけど?
でもそれは高望みよね?
自然と涙がこぼれた。
巧の成長を見届けられないことが。
巧の奥さんと話せないことが。
巧の子供を抱っこできないことが。
私にしてあげられることが……もう少ないことが。
修に対してもそうだ。
あの人は仕事ばっかりしていた。
今もそう。
今日も出張するって言ってた。
修ならもっといいところで、会社で、仕事することもきっとできる。
でも今の職場の同僚のために、部下のために、彼は身を粉にして働いている。
馬鹿だなぁ、と。
不器用だなぁ、と、思うけれど。
でもだからこそ私はそんな修のことが好きなの。
優しい彼が。
疲れきった背中で私たちを守ろうとしてくれるその姿勢が。
だから仕事をしているあなたを見るのは大好きなの。
もうちょっと自分も労わって欲しい、のも本当だけどね。
あなたはいつだって、誰かのために動いて守るけど、その中にあなた自身は入っていないから。
だから直してもらわないと。
だってもう私は隣にいて、あなたを癒してあげられないから……。
本当は一緒に、愛したあなたと老後を過ごして、そして一緒に死にたかったなぁ。
思い出すのは楽しい思い出だけ。
……総じていえば、私の人生はとても幸せだったのかな。
大好きな夫がいて、大好きな息子がいて。
本当はもっと一緒にいたいし、もっと一緒にやりたいこともいっぱいあって、もっと一緒に人生を過ごしていきたかったけれど。
どうやらそれは無理らしい。
「………………っ!?」
唇をかみしめなければ、声が漏れてしまいそうだった。
嗚咽だけがリビングに漏れる。
あの人が仕事でよかった。
あの人は絶対に騙せないから。
「本当はもっと一緒にいたいっ………………あなた達と生きていたいよぅっ…………」
それが偽らざる本心。
でも多分きっとそんなのはただの私の願い、エゴだ。
彼らはきっと優しいから、2人して、自分の時間を犠牲にしても、お金をかけられるだけかけて、自分の未来を犠牲にして、自分に出せるものは全部出して。
できることは全部やって助けようと、寄り添おうとしてくれる。
そんなことは分かっているし、私は弱いから、そんな言葉をかけられたら、きっと甘えてしまう。
2人の優しさに。
たとえそれがきっと2人の今後を左右するとしても。
だからこそやることは決まった。
多分私の決断を知ったら彼らは本気で怒るんだろうなぁ……。
何アホなこと言ってるんだと叱るんだろうな。
先に相談しろ、と。家族で一緒に問題を乗り越えていくんだぞ、って言うに決まってる。
多分それはとても幸福なことなんだろう。
そんなの知っている。
でもね、私はさ。
私は……誰よりもあなた達が大事なの。
他の何よりも、親も兄弟も、その他の全てよりあなたたちが大事なの、それこそわた自信よりも。
だから私が居なくなった後に、私のせいであなた達が苦労するのは嫌なのよ。
だってあなた達は希望に満ち溢れているから。
だから私が隣にいたらダメなの。
「……私は誰よりもあなた達2人を愛してる」
だから私に出来ることをしよう。
あなた達のために出来る数少ないできること――
「――私はあなたたちに恨まれようかな……嫌われるようかな……あなた達のために私は全てを捨て、あなたたち以外の全てを犠牲にする」
あなたたちがまた新たな幸せを掴めるように。
それが私があなた達のために出来ること。
「こんな勝手な妻で、母で、ごめんなさい」
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バレンタインなんてただの平日だよね?
ただの企業戦略だよね?
おーけー??
Ps.そんなに大事なことではないですが、次回も母の回想です。
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