第90話 夫婦の会話

「ただいま……誰か来て……あぁ来ちゃったのね」



 声が聞こえた。

 親父にとっては久々の声。

 俺にとっては2,3週間ぶりか?


 あの人は、玄関ですぐに俺らの存在に気付いたらしい。

 ……靴とか見たのか?

 

「おかえり」


「おかえりなさい」


「…………お父さんお母さんただいま。 来客来てるみたいね? それも私のよーく知っている人が」


「……なんだ真澄。まるで俺らに会いたくないみたいじゃないか」


「全くその通りだけど?会うつもりなんてなかったし。……だからずっと書面で送ってたんじゃない? なに? とうとう役所に提出したって報告かしら?」


「ははは、そんな訳ないだろ?俺がちゃんと話も何もせずに離婚届に判を押すとでも思っているのか?」


「さぁ?半年間も特になにもなかったからいいのかと思ってたわ」


お互いに顔こそ笑っているが、目が全く笑ってない。

 

「……二人とも一旦その辺にしときなさい。まだ玄関だぞ? あとは部屋で二人で話し合いなさい」


 じいちゃんの静止でようやく止まる。

 顔はありありと不満げではあるが。

 

「……はぁ分かったわよ、でも荷物も置きたいし、ちょっと疲れたから、部屋で少し休んでからでいいわよね」

 

そう言って、同意も聞かずにすたすたと2階へ。

右手で頬に垂れた髪を耳にかけ、左手にはビニール袋とバッグか何かを持って上に上がる。

 

「……ああ」


やつは俺の脇をすり抜け、2階へ。

俺にはもう一瞥もくれない。


もうまるで俺と話すことは無いとばかりの態度。

実際そうなのだろうけど、この女からしたらあの時にもうすべて話したのだ。

最後、って言った。

だがそうはいくか。


「俺も後で話させてもらおうか」


「…………ふふっ、いい眼をするようになったわね。……まぁ言いたいことがあるのは分かったわよ。そうじゃなきゃあんたがここに来るはずないものね」


 何ってんだ。

 いい眼ってなんのことだよ。

 殺気立ってるならわかるが。

 

「元母親としてもう一回だけ聞いてあげるわ」


 どこまでも上から目線のことで。


「あぁ本当に最後だ」


「ふふっ、そうね」

 

笑いながら頷く女。

だからどこか悲しそうにみえたのはきっと気のせいだ。

だって俺にそんなこと言われたってこの人には関係ないはずだから。


その様子を親父とじいちゃんばあちゃんはただ無言で見ていた。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そんなことから30分後。あの女はちゃんと1階に戻ってきた。 

前みたいに逃げ出すようなことはせず。

嫌味の一つでもいってやろうと思ったら……

 

「あら真澄、化粧直してきたの?」

 

ばあちゃんに機先を制される。

俺の不穏な感じを読み取ったのかな?

 

俺には良くわからなかったが、ばあちゃん曰く化粧直したらしい。

ちょっと小奇麗になった……か?


かすみのことならわかるんだがなぁ。


「そりゃあね。…………他人と会うのにすっぴんのままで居られないでしょ? それに化粧は女の戦闘衣装でもあるし」


「戦闘…………ってそんなことあなた。修くんもあなたのために……」


「もう決めたから」


 ばあちゃんが宥めるように言うが、聞く耳を持たない。

 まあ聞いてもらっても、もう困る訳だが。


 だがまたそれに待ったをかける人が。


「まだ決めてもらっては困るんだがな?」


「あなたが何を言おうがもう変わらない」


「それは……俺が来るのが遅かったからか?お前を探すのに……お前を迎え入れるのに時間がかかったからか?」


 親父は母さんのことを信じて、この人が仕事のことを言ったから転職までした。

 裏を返せばそこまで愛していた、って言うことなんだ。


「関係ないわ。あなたがどうしようが私は変わらなかった。たとえそれが半年前でもね」


 なんだよそれ。

 それじゃあまるで。


「……なんだよ!親父のこの半年が無駄だったみたいじゃないか!」


 それを否定するようなことは我慢ならなかった。


「だから無駄だったんじゃない?」


 そんな俺の激怒にこいつは嘲るように笑った。


「このっ!」


 思わず手が、こいつを吹き飛ばしそうになった。

 だがおさえた。


 危うくはあったが。


 親父もじいちゃんも動こうとしてたしな。

 

 だけど辞めた。

 やめたくはなかったが辞めた。


「ばかね。殴りたいなら殴ればいいのに。それくらいは許してあげるのに」


 殴りたいほどムカつくのに殴れない。

 自分でも抑えた理由はよくわからない。

 

 なんでだ。

 なんでだよっ!


「ホント無駄よ、私のために転職するなんて」


 でも懲りずにあの女は続けた。

 こいつっ!


「でもそうね、たとえ私のためには無駄だったとしてもあんたのためには良かったんじゃないの。転職は」


「……」


 親父は無言。

 


「……ちがうかしら。あんたとの結婚生活なんてもうほとんど覚えてもいないけど…………あんたがほとんど家に帰ってこなくて、帰ってきても疲れてたような気がするもの、しかも薄給で。もう少しましな所になったんでしょ?」


「……あ、ああ」


「ならあんたのためにはなったんじゃない?……知らないけど」


「いや知らなくないだろこれから真澄にも……」


 あくまでこの女との未来を考える親父と、別れの道を進みたいこの女。


「関係ないわよ。あくまで道は正反対。もう交わることは無いわ。」


「だからそれは!昔のお前は……」


「昔とは違うの!」

 

「そこら辺にしないか……いいからあっちの部屋で話しなさい」


 じいちゃんが2人を止め、部屋へ誘導していく。そのままそそくさと中へ。

 2人の話し合いは結局夜通し行われ、その間俺は一睡も寝れなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーひとまず90話!

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