第88話 矛盾する感情

「御無沙汰しています……真澄……いますよね?」


 親父の問い。

 ただ2人は答えない。


それに対して2人はどう答えるべきか、なんて答えるべきか迷っているように見える。


「真澄…………か。ほんとあいつは…………いやそれだけ娘のことを…………」


「そうですねぇ…………あの子はもう全く」

 

 親父の問いには答えず2人で会話していく。

 なにか2人だけで通じあっているようだが、こちらはチンプンカンプン。


「……どういうことですか?」


 親父は訝しげに2人を見る。親父でも2人の意図は汲み取りきれていないらしい。


「真澄だったな……いないぞ」


 じいちゃんは断言した。

 いない、と。


「は?」

 

 それが俺の怒りを滾らせていく。

 結局はそうか。娘可愛さか!


「……落ち着け巧」


 俺の怒りを感じたのか、親父が手で制す。


「いない、とは?もう既にここにはいない、ということですか?少し前まではいたということですか」


 咄嗟に思ったのは、思いたくないけど思ってしまったのは、二人が既にあの女を逃がしたかもしれないということ。

 だからこそ俺と親父は連絡しなかったというのに。


 先に、逃げられた、か?

 

 思わず舌打ちが出そうになる。


 「ああ、午前中まではいたな」


 今がお昼過ぎだから、本当にニアミス状態か。


 「……今日帰ってくるんですかね? 真澄は」


 親父としても一応の確認として聞いただけだろう。

 たぶんもう当分は戻ってこない。

 

 さてさて、ここからまた振り出しになるのか。

 また見つけるところから、か。

 ため息が出そうになって……

 

 

 「……うん、帰ってくるぞ?」


 驚きでむせた。

 

 「げほっ……えっ?!」


 でも俺が驚きの声を挙げたのはしょうがないだろう。


 「かえってくるの?!」

 

 「なんだ、巧。いるとしってたんだろ? そりゃかえってくるさ」


 「……あ、うん。だよね?」


 何を当然のこと、とばかりに不思議そうに見るおじいちゃん。

 さっきは疑ってごめん、うん。


 「母さん、真澄が帰ってくるの今日何時ごろって言ってたっけ?」

 

 「えーと真澄は……朝確か今日は年末で今年最後だから長引くかも……て言ってたかしら」


 「これだからだと3時には帰ってこれないか?」


 「そうねぇ、都内の方に行っているから……3時はちょっと厳しいと思いますよ?」


 「そうだったか、ぁんじゃまぁ夕方くらいには戻ってくるなぁ」


 今年最後?

 早いな、そこの最終営業日。

 どこかは知らないけど。

 まだ29とかなんだけどな?

 

 「そうですね。それぐらいには戻って来るんじゃないかしら」


 夕方に母さんは戻ってくる、と。

 なんかあっさり二人とも教えてくれたな、なんというか拍子抜けだ。

 

 「まぁいい、お前たち真澄に会いに来たんだろう?」


 「はい、そうです」


 親父も即答。

  

 「なら、上がっていきな? 久々に来たんだ少しは茶でも飲んでけ」


 「そうね、お茶でも飲んでいって。 真澄も迷惑をかけているいるみたいだし、し?」


 そう言って二人はそそくさと、玄関の中へ。

 大して俺と親父は、目を丸くして向き合っている。


 「え?」


 「ま、まじ?」


 正直もう家の敷居を跨ぐな、くらい言われてもおかしくないとも思っていた。

 まぁそこまで直接的に言われないにしろ、心情ではそんな歓迎されていないだろうなと思っていた。

 親父もそう思ってただろう。


 だって、母親はじいちゃんばあちゃんの実の子だから。どうしても、情が入る。

 そんな風に思ってた。

 

 「……どうした? 入らないのか?」


 ……まさか聞いてない、とか?

 今の事情を。

 いや、でもそんなことあるか?

 半年だぞ?半年。

 そんな長期間家を空けたら、

 

 「あ、あぁお邪魔さしてもらいます」


 親父はすぐに切り替えて、靴を脱ぎ中へ。

 大して、俺はまだ動揺したまま。


 「えっ、まじ?」


 「なんだ巧、家に入るとは思っていなかったような顔じゃな。じいちゃん家に来てるんだから入るにきまっておろう?」


 じいちゃんを見れば、いたずら小僧のような、面白いものを見るような、笑顔でをしている。


 「なーに緊張してんだ、よその家に行くわけもあるまいしってあーそうか。真澄の件でわしらが巧とか巧のお父さん君のことに対して怒ってるとでも思ってたのか?わしらが真澄に同情して……」


 にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべてくる。


 「ま、まぁ」


 「がははははっ!だから来た時あんな強張った顔をしていたのか。ないない。そんなこと。二人の問題は二人の問題だ。よくも悪くもわしらは二人の決断を尊重するだけ! そこに介入するほど野暮じゃないよ。 確かに真澄は俺の娘だが、でも同時に修君も同じ家族だからな。そこに優劣はないんだよ」


 朗らかな顔でそう言うじいちゃん。

 すごいな、と思った。

 心が広いというかなんというか。

 まぁ親父のことを想ったよりも嫌いじゃなかったんだな。


 「そうなんだ、てっきり親父のことは嫌いかと思ってたよ」


 がはは、ともう1度じいちゃんは笑い、俺にだけ聞こえる距離で。


 「まぁ実を言うと、そりゃ好きじゃないにきまってるだろ!だって大事な娘を嫁に出したんだから、さ。でも同じくらい、二人で幸せになってほしいし、修君にも幸せになってもらいたい。じいちゃんは心の中では思ってるんだ!」


 「つまり矛盾してね?」


 「だな!ま、人間の感情なんてそんなもんだろ!それよりも中に入れ!よく来たな、巧!」

 

 ほらはいったはいった、とじいちゃんが自分の肩をつかんで中へ。

 そうだった、じいちゃんはこんな感じだった。

 廊下を歩く。床板は少し軋み、柱には小さなころに付けた傷跡が所々に残っている。

 

 あぁ懐かしい。

 じいちゃんについて居間へ。

 

 「そういえば大きくなったな、もう高2か!最近は勉強もめちゃくちゃできるようになったって聞いたぞ!とても頑張ってたってな!」


 「そんなこと言ってたんだ、意外」


 「よく言ってたぞ、電話したときなんかは。まぁあいつ口下手だし、ほんと修君も真澄も似た者同士というか、なんというか、な」


 昔よりは少ししわが増え、髪も薄くなった気もしたが、でもその豪快さは健在だった。

 なんか、とっても懐かしくなった。


 居間には既にばあちゃんと親父は斜向かいに座っていた。

 俺は親父の隣へ。

 じいちゃんはばあちゃんの隣。

 そういえばあの人はいつも誕生席だったか。


 いつもあの人もそこに座っているのか、座布団が置かれている。

 

 「さて、落ち着いたところで、だ」


 じいちゃんは先ほどまでの豪快な感じは鳴りを潜め、最初の時のような顔へ。


 「さて、修君。真澄に会いに来てもらったところで、改めてこんなこと言うのも何なんだが」

 

 一拍置いて、そしてはっきりと言い切った。 


 「ここまで来てもらって申し訳ないが、真澄とは会わないで帰るべきだと私は思う」


 しかしまだ言葉は終わらない。

 

 「あの子はもう変わってしまった。それが君たちの為だ。……帰ってくれないか?」


 その目には確かな意思がこもっていた。

 人間の感情は矛盾するってさっき言ったな。

 でもあまりに難しくないか人間の感情。


 なぁじいちゃん。


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ごめんなさい、遅くなりました!

めっちゃ難産やった!


……かすみさん早く書きたいと思ってしまうこの頃。

SSでも書こうかな。

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