第74話 疑似家族と離婚届


 「……旅行?」


 「そそ、年末に軽く温泉地にでも行こう、来年になったらお前も受験とかで忙しくなるだろうし。行くとしたら今がタイミング的に、ちょうどいいだろ?」


 確かにそうだけど。

 タイミング的にはそうだけど。


 「……え、親父と……二人?」


 「もちろん!!」


 「え、シンプルにめっちゃ嫌だ……かすみ来ない?」


 逃げ道をかすみに探すが……

 かすみは苦笑。


 「さすがに私でも家庭の仲をお邪魔するわけにはいかないからねぇ。今回は遠慮させてもらおうかなぁ……二人で親子水入らず、ゆっくりと楽しんできて」


 「もう半分かすみちゃんは家族みたいなものだから一緒に来ても全然いいけどなぁ?……でもまぁかすみちゃんがそう言うならそうしようかな、かすみちゃんもご家庭の用事あるだろうし」


 「はぁ分かったよ……それで話逸らしたけどやめた理由は?」


 「まぁそんな深い理由はないよ。 ただ母さんの件があって仕事の在り方に色々考えたんだ……このままじゃダメだなって」

 

 親父なりにも母さんのことは反省しているらしい。

 でも圧倒的に浮気して出ていった方が悪いと思うけどな。


 「あと、普通にもっとホワイトなとこ行きたかったんだ、そんな時に転職の誘い受けてな。話聞いてみるとよさげ、いやめっちゃよさげだったから決断してきた!」

 

 決断力すごいな。

 てか相談しろ?


 「相談もせず?」


 「いやお前もオマエで進路とか色々あるだろうしな。でもこれでしあわせになれると思うんだ、信じてくれ!」


 茶化しなしで、真剣な顔。

 騙されている……のかもしれない。


 でも親父を信じてみようと思った。

 だって俺が信じなかったら、親父は家族の誰からも信用されなかったことになっちゃうから。


 「それにこれは親友からの誘いでな、俺が前の会社でのマネジメントと営業どちらもやっていたそのバイタリティを活かしたいって話でな。ここだけの話、年収も待遇もかなり良くなるから、期待していいぞ!」


 会社名も聞いてみると、俺でも名前くらいは聞いたことのある所だった。

 会社評判も残業とかも少な目、給料も好待遇って書いてある。

 全部が全部本当とも思わないけど、前よりはいい所だろう……たぶん。

 てか親父友達いたのか……。

 


 同じサイトで、前の会社の評判を見たときは散々だったから少なくとも、前よりはいいのかもしれない。

 

 

 「まぁ、ほどほどで」


 「ああ、分かってるよもう家庭をおざなりにはしない。全部やり直して見せる!もういつでもあいつが……」


 その目はある種の決意を感じさせた。

 とはいってももう俺しかいないから適当でもいいんだけどね?

 何なら適当の方がいいんだけどね?


 「本当にほどほどでいいから、ね?」


 「分かってる分かってる。お前も高校生だしな?」


 なんか優しい眼をされたけどまぁいっか。


 「かすみちゃん、今日はうちでご飯食べる予定なのかい?」


 「ええ、出来ればそうしようかな、と。迷惑なら……」


 「いやいやいつも本当にありがとう。お義父さんはちょっと仕事で一回外に出るけど、夕飯にはまた戻ってくるから! 一緒にご飯食べよう! ちなみに今日のご飯とか聞いても?」


 もう作ってもらう気じゃん、まぁ親父の料理食べるより全然ましだけど。

 めっちゃにこにこで今日のご飯を聞く親父。

 もう、息子の嫁にデレデレする親父にしか見えない。


 「まだ決めてないですけど、逆に何かあります?」


 かすみが苦笑しながらも、親父の要望を聞いてあげる。

 こんな親父の意見なんて聞か無くてもいいのに、かすみは優しいなぁ。

 

 「……そうだなぁ、出来れば鍋がいいかな!みんなで前みたいに食材を突っつけてなんていうか、あったかい感じがするからな」


 あったかい感じ……か。

 疑似的に家族の団欒を的な感じかな。

 まぁ今は疑似だけど、いずれは本当に……

 

 「じゃあ鍋にしましょうか。巧はどんなのがいい、とかリクエストはある?」


 「じゃあ濃厚味噌で、こってりとしたものにしない?締めにラーメン的な?」

 

 「いいねぇ、寒い冬にあったまれそう!」


 「濃厚……こってり……胃が……いや若いものに負けるわけには……よしそれで行こう! かすみちゃんよろしくね、あ、材料とかは申し訳ないけど、これで二人で買ってきてもらえるかな?」


 親父が財布から3万取り出して渡す。

 ってえ?3万?!

 多くね?!


 「いやいや多すぎますよ!!」


 かすみも慌てて親父にお金を返す。


 「いいからいいから、かすみちゃんにはいっつもうちの息子のお世話してもらってるから。お金余ったら二人でご飯でも食べ行っておいで?」


 「で、でも……」


 「いいからいいから、巧の事これからも頼むね?」


 かすみはそれでもまだあきらめがつかない様子だったが……


 「ですけども――」

 

 

 ――ぴんぽーん。

 

 

 チャイムの音に、いち早く反応したのは親父。

 

 

 「あ、宅配物来たわ! とってくる!」


 親父はこれ幸いとばかりに玄関へ。


 「……逃げたね」


 「そうだね~、本当にどうしよこれ」


 手元に残ったのは3万円。


 「親父も使っていいでいったんだし、素直にもらおうよ。親父のメンツを保つ……と思ってさ」


 「……うーん、ひとまず分かった。 でも溜めておくからね?」


 「好きにつかったらいいのに」


 「いいの、二人の今後のために溜めておくの!」


 旅行とか色々行きたい、ペアの雑貨とか、同棲資金とか……色々溜めたいしと小声でつぶやく。


 かわゆい。


 「かわいい」


 「声出てるよ~」


 何でもない風に言っているが、耳が少し赤くなっている。

 照れているのが分かる。


 「ちょっとトイレ」


 「あ~巧も逃げた!」


 「本当に行きたいんだよ!」


 トイレに向かうと玄関で荷物を開け、立ちすくむ親父の姿。


 「おーい親父、荷物なんだったー?」


 俺の声にビクッと驚き、持っていた書面を後ろに隠す。

 書面を見ているときの親父の顔はやるせなそうで、苦々し気な顔をしていた。

 振り向いた時にはいつもの顔だったけど。

 

 「お、おう……俺の転職関係の書類だった」

 

 「そっかそっか」


 「う、うんじゃあ行ってくるわ」


 そのままそそくさと親父はでていく。

 でもなんで書類を隠して、焦ったように嘘ついたんだろ。


 隠す意味が分からんよなぁ……母親から送られてきたであろうを隠す必要なんて。

 

 その後仕事から帰ってきて、鍋を食べた時は、先ほどの焦りが無かったかのようにいつもの親父だった。

 もう離婚届は書いたのかな?

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