第6話 失楽園 前編

「いや、ただ一人になりたかっただけなんです。 ちょっと知り合いとか誰にも会いたくない気分だったんで」


「……それで学校もサボちゃったと?」


 小悪魔みたいな顔で、下から俺の顔を覗き込んでくるかすみさん。


 あぁもうずるいなぁ。


 その顔は反則だよかすみさん。



「あ、あれだ。 盗んだバイクで走り出す的な? 1990年代にあこがれた感じ?」


た、確かにそうだけど。

なんか例えが絶妙に古い……。


「え、えっといやまぁその頃好きですけど!! それに使ったの公共交通機関の電車とバスですしね!」


 似たような感情があったのは否めない。


「雰囲気だよ雰囲気~?」


「分かってますよ、でもそうですね、案外あってるかもしれないですね。 学校とか家には帰りたくない気分だったので。 それはまぁ今もですけど……」


 母親のいたあの家には帰りたくない。


 幼馴染、というか、かすみさんの妹の真希の話を聞いてしまったから学校にも行きたくない。


 まぁいずれは帰るし、行くつもりではあるけど。


 でもせめて今日ぐらいは帰りたくない。


「…………ふ~ん、詮索はしないよ。 誰にでも話したくないことはあるもんね~」


 それ以上かすみさんは本当に聞いてこなかった。

 それが俺にとってはありがたかった。


 バス停までの道はお互いに近況報告みたいな感じで他愛もない雑談をしていた。



 俺はかすみさんの彼氏と恋愛系の話題には一切触れずに。


 かすみさんもまたなんで俺が一人になりたかったとかその辺の話は聞いてこず。


 まるでお互いがお互いを腫物に扱うように。


 そこに昔のような距離感はなかった。


 それがなんだかほっとするようで、しかし悲しくて。

 でも多分それが大人になるということで。


 もう子供には戻れない。


 あァなんだ、まだ俺は大人の男には程遠かったんだな、と。


 そう実感し、その事にちょっと落ち込みながらバス停への道を歩いた。



 *



「今日はこの後どうするの?」


「そうすね〜」


 家に帰るという選択肢はない。


 こと言って友達?まあ話せるやつはいるけど今日休んでるし、そもそもちょっと誰も信じられる気分じゃない。


「まあ、その辺のネカフェにでも泊まりますよ」


「高校生なのに?」


「あっ」


「考えてなかったでしょ、てかこの辺ネカフェなんてそんな洒落たものないよ?」


 ネカフェは別にしゃれたものではないと思うけど、でも確かにそうだよな。


「……あ~」


「……でも帰りたくもないのよね?」


「ええ、まあ」


「うーん、どうしよっか。私の家に泊める、でもいやあそこは……なんとか片づければ……いける?行けるか、うんそうだね!!まあ服はUNIQLAとかで買えばいいでしょ」


 なんかかすみさんが自己完結してた。


「はい……はい?!」


 しかし生憎と俺がその考えについていけてない。

 家に泊まる?!


 嫌々、無理無理むりぃぃぃ。


「そうと決まればゴーホーム!!」


 気づいたら手を引っ張られている。


 もう、なんというか有無を言わせない感じ。

 確かに昔からこういう強引なところはあったけど。


 俺そんなに放っておけない感じか?

 子犬系男子かな?

 いやまさかな。



 ふと目を開ければ海が目に入る。


 この海とももうおさらばか〜……あんま思い出ないけど。


 そんな風に感慨に耽りながらバス停へとたどり着く。



「さて、と。帰りのバスは〜っと?…………え?」


 一足先に時刻表を見たかすみさんが声をあげる。


「どうかしました…………あ」


 2人して時刻表の前で固まる。


 次いで自身の時計を2度見。


「…………しゅ、終バスもう終わってる」


 しかも30分前……。


 少しの遅れとかならバスの遅延も期待も出来るが30分の遅延はそうそうない。


 そして携帯の電波も何故か通じない。

それにお金もない。

 つまりタクシーも呼べない。


 ここ本当に日本?


 つまり。


「もしかして帰る手段無くなりました?」


 かすみさんはうーんと頷いて。



「……無くなっちゃったみたい?」


 ふむ。


 まずい。


 6月とはいえ夜は冷える。



「……ねぇたくみくん?」


「はい?」


「いやだったら全然断ってくれてもいいんだけどね?」


 そう前置きしてかすみさんは……


「……あそこ行こっか?」


「あそこ?」


 かすみさんが指さす方向を見る。

 ネオンがキラキラと光り、周囲との光景とは一際浮いている建物。

 確かにこういう場所は案外海辺にもあったりするのは見たことある。


 それが今おあつらえ向きにある。


 まあ知ってたけど。見ないふりしてたけど。


 でもこうなったら俺が言うしかないよな。


「あのかすみさん」


「んー?」


「お、俺と」


「うん」


「ちょっと休憩していきませんか!!」




 言ってから思った。

 これ言い方ミスったんじゃね?と。

 そして彼氏いる人に言うことじゃなくね?と。



「……言い方が気になるけど。 まぁ嫌じゃないということで、行こっか!」


 でもそっか。俺入ったことないけどかすみさんはあるよなそりゃ。


 そもそも敷居が違うのか。


 でもその考えは即座に否定される。


「……で、でもその私も入ったことないから2人で頑張ろうね!!」


 何を!?


 え、ナニをですか!?


「入店から何から何まで!」


 あ。

 あ〜。

 そっちね。

 うんそだね。


「俺もないので協力しましょう……」


 俺たちは光るネオンの建物へと足を踏み入れた。

 ホテルの名前は「失楽園」。

 旧約聖書に出てくるアダムとイブが誓いを破り、知恵の実を食べてしまいエデンの園を追放されるまでの1連の流れ。

 本とかにも確かあったな。


 それにしてももうちょっと名前何とかなんなかったものか?


 …………ホテルに着いたらスマホの電波は通じました。


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2人の夜はまだ終わらないっ!!

逃避行は続く!!

後編お楽しみに!!


さて、ではいつものやつを。


沢山のフォローと応援ありがとうございます。

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どうやら週間ランキングトップ100にも載せていただきました。

皆さんの応援のおかげです。


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ではでは。

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