第2話 最低の朝
それはまさに青天の霹靂とも言うべきことだった。
『巧 いきなりでごめんなさい。 お母さんはこれ以上あなたたちと暮らしていくことは出来ません。 お父さんは仕事をしていれば十分な人だし、あなたは年齢の割にしっかりしているから大丈夫だと思います。 お母さんはお母さんで新たな人生を別の人と一緒に歩んでいこうと思います。 ただ忘れないでください、私はいつでもあなたの味方のつもりです。 今後はあなたに会える機会と言うのは減ってしまうでしょうがーーーーーー』
後の手紙については今後の手続き上の事について簡単に書いてあった。
ここには二度と戻ってくるつもりは無い、ということだろう。そうでければ連絡先の1つぐらい残していくだろうに。
どこに行くかもなぜこうなったのかも、何も書かれていなかった。
書かれていないということは、多分母さんは罪悪感とかもほとんど感じていないってことなのか?
「……父さん」
この手紙を最初に見つけたのは俺だった。
父は仕事がたまたま今日に限って早く終わったのだろう、いや終わってしまったのほうが正しいか、俺が読み切ったのと同時に帰ってきた。
部屋が暗いままの異変に気付いて、俺と同じようにこの手紙を発見した。
「……貸してくれ」
父さんは黙々と手紙を読む。
そして顔を上げると、俺の方を見て困ったように笑った。
「……すまんな、巧。 どうやら母さん出て行ってしまったようだ」
子供の俺から見ても無理に笑っているのは明白なわけで。
父さんの中では今きっと激情が走っているのに違いない。
「ったく困ったもんだな母さんには、いい年してな」
普段寡黙で、仕事一筋だった父が見せた不器用な笑顔。
まぁ冗談とかも言えばかなり乗ってくれる人ではあるけど。
その笑顔はあまりにもはかなく、朧気で、見ていてとても痛々しかった。
そんな今にも壊れそうな父の背中。
子供のころに見た大きかった背中が加齢と混乱と疲労で小さく見えた。
だから俺は……感情を隠した。
「大丈夫だよ親父。 俺のことは心配しなくて。 もう高2だぜ俺? 母さん居なくなったからってどうということはない」
「……そうはいってもだな」
「ばっか気にすんなよ? 親父こそ早く仕事いけー? 今の顔正直見てらんないぞ? ほら仕事にでも精を打ち出してだな、忘れるべきだろ?」
って言っていて思ったが、これは母さんを探しに行くべきか。
いや無理だな、どこきったか正直分からんし検討もつかない。
「……ふむ、さてはお前混乱してるな? 俺今帰ってきたばっかぞよ? その上でまた仕事いけと? えぐくね? 我が息子かなりえぐくね?」
「……ふぅ、落ち着け? 社畜でしょ?」
「息子よ!落ち着いてないぞ!社畜でも休みたいんだよ!」
「はいはい」
「優しい目で見るな!!」
「はぁ、とにかく今日はなんか疲れたな。 休もうぜ」
父さんはそう言っていつも通り、一人しかいない2人の寝室へと帰って行った。
「あれは親父かなりきてるな〜」
人間案外自分よりダメージがでかそうな人見るとなんとかなるって誰かが言ってたが本当みたいだな。
父さんの姿見てたら気張っていられた。
それは逆に父さんもそうだろう。
だから寝室からいつものようにいびきが聞こえてこないのもおかしなことでは無い。
いびきの代わりにため息みたいなものが聞こえてきてもおかしくない。
下戸な親父は冷蔵庫から母さんが飲むように買っていたビールをもっていってもとめはしない。
まぁ明日確実につぶれるだろうけど。
「はぁ……」
今回のため息は親父じゃなくて俺。
年齢の割にしっかりしてる、か。
確かに人にはそう言われたりすることもあるけどな、親としてそれはどうなんよ。
別にサイボーグってわけでもなんでもなく感情もあるわけだ。
親が出てったことを俺にどう受け止めろと?
なんとかするでしょってか?
「あぁ? ふざけんなよ」
声を枕で押し殺す。
親子仲、家族仲は上手くいっていると思っていた。
多少自由なところがある人ではあったが、それでもこんな風に家族を捨てていくとは思わなかった。
大切だった人から裏切られた。
「なんだよ、くそが。 どういうことだよ!!」
なんで母さんがいなくなったのか、何が不満だったのか、俺のことはどうでもよかったのか、なぜ気づいてフォローできなかったのか、そんなどうにもならない後悔をしてたら。いつのまにか朝日が顔を出している。
こんな人生最低の気分は今がピークだろう。
とりあえず学校でも今日ぐらい早めに行っておくか。
そして寝よう。
そしたら幾分か気分も晴れているはずだ、一人で部屋にいるよりはましだろう。
そんないつもと違うことを何故か今日この日に限ってしてしまったのか。
だが俺の最低は終わらない。
*
「……ねむ」
朝方の校舎はまだまだ人もまばらで、朝の清々しい空気を感じさせる。梅雨には珍しく空は快晴。
あァ俺の気分とは正反対だなぁ。
「これから気分が良くなるってことの暗示かなぁ」
柄にもなくそんなことを考えてるんだから、俺も相当まいってるのかもしれない。
まあ学校のやつらと話せば少しは気が紛れる。それに真希には事情を説明しておきたいし。
そんな軽い気持ちで教室に入ろうとして、手を止める。
(中に人?)
……いるのは幼なじみの真希とその友達2人。
まあいつもの3人か。
あの二人は別のクラスだけど、真希繋がりで俺も何回かは話したりはしている。
「……でいつやるのー?」
「ほんとにやるの?」
「そういう話だったじゃない!」
ん?何の話だ?
盗み聞きもいやだしこのまま教室に……
「はぁ告白ねぇ」
「そうよ、巧君に告白しなさいよ!」
話題に上がってるのは……俺か?
てか聞いちゃいけないのかこれは。
教室を開ける手が止まる。
「でも」
躊躇するような真希の声。
「どうせ嘘なんだからいいいでしょ!付き合って一週間で振ってやるのー」
「罰ゲームなんだし!」
「まあそうよね、付き合って振った時に嘘告白っていえば笑って巧なら許してくれるわよね」
「そうそう彼なら分かってくれるよ、彼大人びたところあるし!」
「良ければそのまま付き合っちゃえば〜」
「え〜」
きゃはは〜という酷く耳障りな笑い声が聞こえた。
真希も一緒になって笑っている。
それが酷く歪に思えて。
俺の視界がぐらりと揺れる。
そこからどうしたのかは覚えてはいない。
とりあえず学校にこのままいく気にはなれなかったから休む旨は伝えたと思う。
はは、学校にまで来て休むとかまじ意味不すぎる。
これなら昨日の段階で、休めばよかった。
そしたらこんなこと聞かなくてすんだ、仮にもしこれが1週間後ならこんなにダメージ受けなかったはずなのに、笑ってやり過ごせたはずなのに。
俺、あいつと仲良いと思ってたんだけどな、どうやら違ったらしい。
不思議と怒りは湧いてこなかった。
ただただ悲しかった。
もうどうでもよかった。
この日俺は、最低のタイミングで幼なじみに3度目の裏切りを受けた。
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