第29話 ここから先の話


 僕とローズベリーが結婚した時、社交界では随分と話題となった。

 何せ、中立派であるバーナー伯爵家の結婚式に、王家派の重要人物であるアンドレア侯爵とその妻が出席したのだ。政治的にも話題になるには充分過ぎた。

 ――そこに、かつての婚約者だった彼女の話は一切出なかった。




 キャメル伯爵夫妻は早々に隠居をし、ライラとライが正式なキャメル伯爵夫妻となった。

 裕福で名高いキャメル伯爵家の爵位の継承者である若い夫婦を、周囲は殊更に祝福していた。

 ――そこに、かつての妹であった家族の話は一切出なかった。




 キャメル領の別荘に蟄居していたあの先先代のキャメル伯爵夫妻が、孫であるライラの妊娠話を聞きつけ、祝いに駆けつけようとして急かした馬車による事故で亡くなられた。

 葬儀は亡くなった夫妻が蟄居していた身分であるとして、親族のみで執り行われたそうだ。

 ――そこに、かつての夫妻が可愛がっていた孫娘の話は一切出なかった。




 王族や貴族達が取り仕切る社交界ではありとあらゆる話題が上る。どこそこの不作であった領地における今後の予測や、ある仲良し夫婦のお騒がせな痴話喧嘩の話まで、領地経営や国政に関わる話からもっと身近な話題まで多種多様。大げさな噂話もあれば、見過ごせない本当の話も紛れているので、社交界での情報収集は貴族として必須だった。

 ――しかしそこに、かつての社交界で醜聞を浚っていた彼女の話は、もう誰からの口からも零れることはなかった。





 ライラとライの夫婦に子供が生まれた。男の子だった。

 ――おめでとうと一緒に喜んで、祝いの品をたくさん贈った。




 僕と妻であるローズベリーの間に子供が生まれた。女の子だった。

 ――命とはこんなにも美しいのだと涙が溢れ、妻と生まれてくれた我が子に深く感謝した。




 続いて僕達夫婦に、今度は男の子が生まれた。

 ――再び感動した。まだはっきりしゃべれない娘からタオルを押し付けられた。顔を拭けという意味のようだ。




 僕が家督を継ぎ、正式にバーナー伯爵家を継いだ。

 ――両親はもうしばらく僕を支えてくれるようで、領地と王都を行き来してくれるつもりのようだ、ありがたい。…でも本音は、孫の顔見たさのようだった。




 ライラとライの夫婦にまた子供が生まれた。今度は女の子だった。

 ――娘が生まれた赤子を私の妹にすると張り切っていたが…それは一体どういう意味なのだろう、父としてちょっと複雑な心境になった。…そこで笑っているライ、少し話がある。




 ある年のこと。

 生涯において良き治世を敷かれた国王陛下が王位の譲位を決意され、盛大な戴冠式が執り行われ、王太子が新たな王となられた。

 新たな若き国王陛下とその王妃に、国中が祝福し湧きたった。





 ――そんな素晴らしい戴冠式の一ヶ月前に、とある山奥の山小屋で、火事があったそうだ。火はすぐに消され、幸いにも山火事とはならなかった。

 小屋があった後にはその焼け跡以外、何も残らなかったそうだ。

 当然、どこにも何にも、噂話にさえならなかった。






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