第28話 一年後 噂話の効果


 例えば、ライラあねの豪華な結婚式の様子や、幸せそうな新婚旅行に、その後の結婚生活の話の時は、『姉様だけずるいわ!』『ずるいずるい!』とずっと叫んでいたとか。僕に新しい婚約者が出来た話や、その相手が辺境伯の末娘である話の時は、『あり得ないあり得ない!』『私との結婚は?!』『この私が結婚してあげると言ったのに!』等と叫び、更には家の中の数少ない家具等に当たり散らしていたそうだ。もちろん荒れた部屋を片づけるのは彼女自身だし、壊れた物や引き裂いた衣服が新たに補充される事はないので、そのまま自分で修復して使うしかない。正気に戻った彼女は惨状をどうにも出来ず、より惨めな生活になっているそうだ。

 そして先日には、彼女が言っていた『あの人』に当たるだろう人物達の現在の生活についても、一部聞かせたそうだ。もちろん幸せな結婚生活や恋人との愛の日々等の厳選した良い話だけを。彼女は当然のように『嘘よ!』『私だけを愛してるって言っていたわ!』等と色々叫び散らし、家を飛び出して噂話をしていた監視役達に詰め寄ったらしい。監視役は彼女を無視しそのまま立ち去ったが、隠れて監視している者の報告によると、彼女はしばらく茫然とした後、猛然と動き出すと家の中の食料を持ち出してそのまま飛び出して行き、山を下りようとしてか、一時間ほど山の中をのたのた歩き…泣きながらまた山小屋に戻って行ったそうだ。…随分短い家出だな。と言うかそれって結局ただの一人ピクニックになってないか? 監視役の者達にはいい迷惑だったろうなと思う。


 それからは『手紙を出したい』、『出した手紙の返事が欲しい』、と言う要望を訴え出しているそうだ。噂話の相手に、愛の真意を問うつもりか、それとも助けを求めるつもりか。いずれにせよ、それを許可するかはアンドレア侯爵次第だろう。…たぶん、許可はすると思う。僕がアンドレア侯爵なら許可するからな。だってその方が、きっとより。許可はしても当然の事ながら月に一度だけとか制限は設けるし、書いた手紙内容の精査もする。ただし、相手には届く事は一生ないだろう。届けた所で相手が迷惑するだけだ。なら出したふりでもして手紙は火種替わりに使った方がましだろう。もちろん返事なんて届きようがないから、彼女はより不満を溜めこみ、疑心を深め、新たな噂話を聞くたびに更に荒れるだろう。


 かつては愛されている自信があっただろうが、今はどこまで彼らを信じられるだろうか? かつて自分だけに愛を囁いていたと信じていた彼らは、一切彼女に会いに来ない上に連絡もなく、耳にする噂話は別の人物を愛する彼らの幸福な話ばかり。そんな彼らが助けに来てくれるといつまで信じて、思い続けていられるだろうか。

 更にはもし彼女が新たに愛を求めても、物理的に隔離されて人との接触は監視役のみの現状、肝心の監視役は主に女性中心で構成されているし、男性もいるが高齢であったり妻一筋の者ばかりなので互いに『愛』の対象外だろう。それに毎日土に塗れて生活し、風呂などない生活で、今ではもう貴族の娘であったなどと誰も信じられないような風貌を晒しているのを、誰より彼女が一番知っている。山小屋には壁に取り付けられた大きな鏡があるからだ。それに映る惨めな自分の姿を見て、監視役のきちんと身嗜みが整えられた姿と見比べて、自分は誰からも愛されるヒロインだと笑っていられるはずもない。

 誰にも愛されない生活は、愛される事を当然としていた彼女にとって何より苦痛だろう。さて、彼女は独特で異様な思考を持っていたが、いつまでその精神は壊れずにいられるだろうか。病まずにいられるだろうか。


 きっと、彼女の夢の終わりはそう遠くはない。どうせなら、僕と婚約者が結婚し、夫婦となって子が生まれ、とても幸せに暮らしている、そんな噂話を聞かせるまで生きて欲しいな。

 そうすれば、僕の心にある荒れた海も、ようやく凪いでくれる事だろう。



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