第27話 一年後 ~回想2~


「…つまり、アレ以外が幸せになっている状況を、アレにわざと知らせるのか」


「はい、彼女に関わった貴族派の方々もすでに結婚なさった方もおられますし、次の恋人や愛人を得て楽しそうに暮らしている方もおられます。そんな彼らの幸せな結婚生活の様子や愛に満ちた暮らしの話を書いて送れば、より効果があると思われます。彼女は愛される事が好きなのであって、誰かを愛することはない。愛されている自信はあっても、愛していない彼らの事をどこまで信じられるでしょうか? きっと彼女は嘘だと言いつつ、自分を助けもしない彼らからの愛を疑い始めるでしょう」


 あれだけ彼女を大事にしていた前キャメル伯爵夫妻に対しても、連絡が来ないだけで酷いと怒っていたのだ。謹慎期間中に彼らから届いた手紙の内容も彼女を心底納得させるような理由は書かれておらず、すでに不満を持っていた様子だった。いや、彼女にとってはどんな理由があろうと自分に会いに来ないだけで、彼女自身が不満を持つ充分な理由となり、不満はそのまま疑心と不信に繋がってゆくだろう。

 手紙の中では誰もが自分以外と結婚や恋愛をして幸せになり、自分の暮らしは愛されているはずだったのに一人ぼっちで苦しい生活。手紙の真相を調べようと思っても彼女に伝手は無く、内容が偽りだと思っても手紙だけが外の世界との繋がりならば、届けられる手紙を読まないという選択肢は取れないだろう。もしかしたら、迎えに来てくれる連絡かもしれないと有りもしない期待をしそうだ。そうして毎回読むたびに、彼女の世界は嫌でもひび割れ、壊れていく。残るのは、誰も傍におらず、誰にも愛されていない現実だけだ。


「ふふ、面白いね。良し、その案を採用しようか。ただし、手紙をそのまま使うのは君に負担が掛かる上に手間だろう。よって、ここは手紙の代わりに噂話を使うとしよう。なぁに、どうせ監視役は送るのだから、ちゅんちゅん鳴き回る雀のように近くでしゃべらせればいい。他者からの注意や教えを聞かないアレも恋愛関係の噂話は特に好むようだから、を噂という形にしてやればあっさり食いつくだろうさ」


 ふんふんと僕の考えを聞き終えたアンドレア侯爵は、僕の案をさっくり修正して、これで効果が無い時や効きすぎて壊れた時にこそ掃除すればいいなと、笑った。その笑顔は上機嫌に酔った時のライの顔そっくりで、やはり親子なんだなと改めて思い、つい隣のライを見てみると、何故かちょっと遠くを見ているような様子をしていた。会話中に特に何かあった訳じゃないし…僕の気のせいかな?





 ――とまぁ、こうして彼女は今日も生きている訳だ。

 あぁ、噂話の効果としてはまだまだこれから、という所だろうか。アンドレア侯爵は事前の準備を大切にされる方なので、より噂話エサに食いつきやすいようにわざと時間を空けていたらしく、彼女に噂話を聞かせ出したのは比較的最近の事なのだ。

 実際に食いつきはかなりいいらしい。娯楽の無い苦しい生活の中だからか、数日に一度のペースで薄い壁の外や開けられた窓の近くで語られる監視役達の立ち話うわさばなしを、彼女は家の中から張り付くように耳をそばだてて、何が何でも聞こうとするそうだ。そして聞いた後、大体一人で叫び始めるらしい。

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