第8話 侯爵の怒り


「という訳で、お気に入りルーに対しての態度と扱いに怒り心頭となった親父はルーとの婚約破棄が成立した翌日に即行で、バーナー伯爵家との繋がりを潰したルル・キャメルをとキャメル伯爵家に対してアンドレア侯爵家からの正式な抗議、という名の警告を出したんだ」


「あ……」


 そうだった、知っていたのに、理解が及んでいなかった。婿入りすることで親との縁が切れる訳じゃないのだからライとライラが結婚すれば、当然キャメル伯爵家とアンドレア侯爵家が親族として繋がる。そうなるとライラの妹であるルル伯爵令嬢も必然的に侯爵家の親族になる訳で…。由緒ある侯爵家が、婚約破棄で更なる悪評を得てしまったルル伯爵令嬢を簡単に受け入れるはずがない、いやそれよりも!


「ライとライラの結婚は?! 大丈夫なのか…!」


 気付いてしまった事実に立ち上がり、テーブル越しに詰め寄った。勢い余って置いていたグラスから中身が零れたが気にしていられない。きっと今の僕の顔は青いだろう。今更気付くなんて、僕はなんて馬鹿なんだ!!

 ルル伯爵令嬢もんだいじと親族にならずに済む一番の方法は二人の結婚を取り止める事だ。大事な友人二人の結婚自体が壊れる可能性がある、それくらい予測出来たはずなのに僕は自分の事ばかりで…。


「ブッハ!! ルー、真っ先に心配するのが俺らの事かよ!」


 噴き出して笑うライに、笑い事じゃない!と僕は怒る。


「そっちは大丈夫だって、俺とライラの結婚は都合上必要なモノだから、今更取り止めることはまず有り得ない。何より、両親だけじゃなくて兄貴や義姉さんにもライラは気に入られてるしな」


 俺達の結婚は大歓迎されてるから安心しろよ、と酒の入ったグラスを軽く振って答えたライに、力が抜けた。もし二人の結婚が壊れたら二度と友人達に顔向け出来ない…僕は心底安堵した。零してしまった酒を手近にあった布巾で軽く拭いて、ゆっくりソファーに座り直す。


「で、その警告を受けたキャメル伯爵家は家族会議――前伯爵夫妻とルルを除いて――を開き、結論を出した。上手く教育できなかった落ち度はあれど、あらゆる忠告を聞かなかったルルアレの責任でもある。今のところ親父の怒りはルルアレ一人に向いているのもあって、ここは当事者に責任とって貰わないとダメだってな」


 きっとその会議にはライも参加したのだろう。近々ライラの夫となる上に肝心のアンドレア侯爵の息子なのだから、参加させない方が良くない。ライは以前からルル伯爵令嬢を嫌っていたみたいだからな。処罰に対して反対するどころか大賛成していたんじゃないかと思う。


「身内の恥は本来なら隠すところだが、ルルアレの醜聞は広く知れ渡っている事と、親父も処罰を公表するなら怒りを抑えてくれるって話になって。

 今までの悪評と破棄に至った醜聞の責任を取る形で、ルル・キャメルは貴族籍からの除名と、山の中にある屋敷かどっか適切な所に生涯幽閉、という事が決まった訳だ」


「貴族籍も…」


 貴族籍とは貴族としての出身とその身分を証明する国が定めた戸籍だ。そこから除名されるとなれば出身を失うと同時に身分は平民になり、生涯において二度と貴族として認められず戻れなくなる追放処分を意味する。貴族として生まれ育った者からは、死よりも辛い処罰と言われ恐れられているのだが、実際にそこまでの処罰を受けた話は滅多にない。…まさか、彼女がそんな重い罰を受けるなんて考えてもなかった。

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