第6話 気晴らしとその夜
それからしばらくして、僕とルル…いや今後はルル伯爵令嬢と呼ぶべきか。彼女との婚約はあっけなく破棄が成立した。一度だけ手続きの最終確認の為に親と共にキャメル伯爵家へ行ったが、ルル伯爵令嬢はいつものように不在で、当人同士が顔を合わせる事さえなかった。
社交界でもあっという間に破棄の話が伝わり、さもありなん、とばかりに納得されては同情されるか、次があるさと慰められる。ついでのように次の相手を紹介されもする。家には次の婚約相手として釣り書がどんどん溜まってきている。
とは言え、すぐに次の相手を探す気にはなれなかった。ぼんやり父の仕事の手伝いをしながら、煩わしさから逃れる為にしばらく領地にこもろうかと思っていると、ライから遊びの誘いが来た。日程は丁度空いている日だったし、場所はアンドレア侯爵家が保有する別荘――王都内から少し離れた場所にあるので馬車必須――で人目も気にしないで済む。ライと仲良くなり始めた頃から何度か行った事があるし、僕は気晴らしにいいかと応じる事にした。
「元気か? っていうのも変な話だが」
楽しみにしていたライとの約束の日になり、早朝から馬車に乗り込めば昼前には到着出来た。馬車を降りて早々声を掛けられたと思ったら、使用人だけでなくライ自身が僕を出迎えてくれていた。
「元気だよ、ちょっと周りが騒がしくて疲れてるけど」
だろうな、とライは笑って頷いて、別荘内に僕を招いた。
あの夜会以来ライとは会っていなかった。何せ二人は結婚式の準備もあるし、ライはキャメル伯爵家に婿入りする身だ。ルル伯爵令嬢と婚約破棄したばかりの僕と会うのは、体面上で少々問題がある。それはお互い分かっていたからこそ、人目のつかないこの別荘に僕を呼んだのだろうけど。
「一泊してくだろ?」
「あぁ、そのつもり」
「良し! 美味い酒もあるんだ、今夜は飲もうぜ」
「丁度いいね、僕も手土産にツマミになる物を持って来たんだ」
僕が泊まる客間に荷物を運び入れれば、後は気楽な自由タイムだ。別荘の敷地内にある池で釣りをしたり、お腹が空けば手軽な軽食をつまんで、野外に飽きればボードゲームで対戦し勝敗に文句を付けつつ、学園に通っていた頃の思い出話、元学友達の噂話やバカ話で盛り上がる。そんなこんなで遊んでいると、気付けば夜になっていた。
使用人達を下がらせ、ライと僕の二人でテーブルを挟んで向かい合い、美味しい酒を呑み交わす。ぽつぽつと他愛ない話をしていれば、どこかライが言い辛そうに話を切り出した。
「あ~…ルル・キャメルについてなんだが」
「うん…」
何となく、この話の為に呼び出された気がしていた。僕の周りでは周囲が気遣ってか、ルル伯爵令嬢の話は意図的に絶っていたので、僕は彼女の現状を知らなかった。…聞く勇気もなかったけれど。
「今は、キャメル伯爵家の離れで謹慎してる状況だ。当然、監視付きでな」
「…まぁ、そうなるだろうな」
破棄の醜聞はそう簡単には拭い去れないものだ。謹慎期間がどれだけあるかは分からないが、当面彼女の好きなパーティーに出られるはずもないし、お茶会なんて以ての外。きっと文句を言いつつ、彼女に甘い祖父母に連絡しようとしているのではないだろうか。謹慎が解かれる日まで監視が付いているならそう簡単にはいかないと思うけど、すぐに出られると思ってそうだ。
「最低でも、ライとライラの結婚が終わるまでは謹慎のままなんだろうな」
少なくとも謹慎が解けるまでは、僕が彼女の姿を見かける事もないはずだ。その間に忘れるしかない。ズキズキ胸が痛む気がするけれど、きっと気のせいだから。
そんな事を考えつつ、一口飲んだお酒の入ったグラスをテーブルに置き、僕はソファーの背もたれにぐでっと身を預ける。貴族らしからぬだらしない姿勢だが、密かに傷心中の身なので今晩くらいは許してほしい。明日からまた頑張るから、と誰にともなく言い訳しとこう。
「それどころの話じゃないさ」
お酒が回ってきたのかどこかふわふわした事を考えていた僕にライは、告げる。
「ルル・キャメルは今後、生涯幽閉となる事が決まった。二度と日の目を見ることはない」
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