第4話

普通だったら断るだろう。

私だって断りたい。


「じゃあ、少しだけなら…」

ああ、私の馬鹿!なにが少しだけなら、だ。本当にこの性格直したい。相手の事を気にしすぎて自分の意見をはっきり言えないこの性格。


「本当ですか!じゃあとりあえず端っこの方でお話しましょうか。」


…あれ。てっきりカフェに行きましょう!みたいにぐいぐい誘ってくるんだと思った。

いや、誘われたいとかじゃなくて、それは絶対に断ろうって心の中で決意していたからすこし拍子抜けだ。…断れたのかは別だけど。


私たちは改札口から少し離れた掲示板の前に移動した。


「あの、本当にいきなりすみません。申し遅れましたが、私、小野田と申します。」


男は軽く自己紹介をしながら、ポケットから一枚の名刺を取り出し、私に渡してきた。


「…VTuber?」


「はい、VTuberの育成をやっています。」


名刺には小野田さんの名前と、

VTuber育成事務所、とかかれていた。


VTuber…。見たことはないけど聞いたことはある。アバターを使って配信活動するやつだよね。


「実は今、新人VTuberのスカウトを行っておりまして、それで声をかけさせて頂きました。」


なにそれ、怪しい!

いきなり綺麗ですね、とかいって声をかけてきて、最終的にVTuberのスカウト!?


「あのう…失礼ですが、なぜ私に…?」


疑問を持つのは当然だ。

私はすこし震えた声で問いかけた。

…やばそうだったら走って逃げよう。


「実は、先日完成した新アバターが、貴女にぴったりだと思いまして。」


そういって、小野田さんは猫目で、ピンク色の髪をツインテールにした可愛らしいアバターの画像をみせてくれた。


「絶対にあなたを、最高のVTuberにしてみせます」


ーー



なんだか小野田さんが一生懸命だったから、逃げるのが申し訳なくなり、結局最後まで話をきいてしまった。


それに、なんだか怪しい感じじゃなかった。いや、駅で話しかけてくる時点で十分怪しいんだけど、なんていうか意外と信用できる人なのかも…。ってちょっと思ってしまった。


ちなみに、最初から雇用ってかたちじゃなくて、まずはフリーのVTuberとして活動してもらうって感じらしい。

小野田さんはそれのお手伝いをしてくれるみたい。


はじめてだから、まずはフリーで雰囲気をつかんでもらって、もっと頑張りたいって思ったタイミングで、直接雇用を検討してほしいという話だった。


直接雇用になると、企業案件とかそういうのもまわってくるから、活躍の幅も広がるらしい。


すぐに契約させて、まわりをガチガチに固めて逃げられないようにされるんじゃないか、って思っていたから、少し拍子抜け。


ただ、お金に関しては、正直めちゃくちゃ稼げるってわけではないみたいで。


最初のフリー契約は、お給料はでないけど、スーパーチャットというファンの方からの投げ銭はそのまま私にはいってくるみたい。


直接雇用後は、配信時給が1800円で、さらにスーパーチャットが歩合給ってかたちで何割か入ってくるらしい。人気VTuberになると、配信時給で5000円をこえたりもするみたいだけど。


ちなみに、配信に必要な機器は貸し出してくれるらしい。直接雇用が成立したら、そのままプレゼントだって。


私は結局、すぐには返答できないと小野田さんに伝えた。

自宅でじっくり考えて、よかったら連絡ください。とのことだったので、今は自宅で考え中。


そもそも、私は来月からニートになることが決定しているし、かといって今から転職活動するにも…って感じは正直していた。


そんな時のスカウト。

確かに少し怪しさはあるんだけど、

話を聞いた感じ、小野田さんは信用できる人だと思ったし、前向きに考えることにした。


だって、このままニートになるよりは全然良いもんね。

それに副業OKっていってたから、フリーでVTuberをしながら転職活動するのもあり。


向いてないと思ったら直接雇用せず辞めてもいいみたいだし、

楽しいと思ったらそのまま続けるか、副業として少しだけやるってのも手だよね。


「ぜひ、やらせてください。ーっと。」


私は思いきってVTuberをやる、というメールを出した。


すぐに感謝の言葉が書かれたメールが返ってきた。そのメールにはVTuberデビューまでの流れも記載されていて、なんだかもう引き返せないかも、と少しだけドキドキした。


でも不思議と、やるだけやってみよう!という、前向きな気持ちが強くなっていた。




----



後日、小野田さんから配信用の機材が送られてきた。中身を確認し、手順通りに設定。


そして、いよいよ配信前日。

後は配信するだけ、なんだけどやっぱり少し心配はあったし、なにより緊張する。

そんな私に小野田さんは、配信中にわからないことがあった時にすぐ対応できるように、と二人だけのチャットルームを作成してくれた。


「明日はよろしくお願いします」

チャットを送信し、私はベッドの中に入った。


頑張りましょう!とかかれたスタンプが小野田さんから返ってきたのを確認し、そのまま眠りについた。


明日…頑張ろう!

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