49.告白

 控え室に戻りギターをケースにしまうと、一気に緊張が解けた。美奈は思わずしゃがみこんだ。足がガクガクと小刻みに震えて、脈拍が早くなっていた。

「すごく、よかった」

 ジョージが後から入ってきて、ぽつりと言った。美奈が見上げると、ジョージが優しい笑顔で見下ろしていた。

「久しぶりに、痺れたよ」

 ジョージがギターをケースしまい、美奈の横に並んでしゃがみこむ。

「終わっちゃった……」

 瞬きをすると涙がこぼれ落ちた。ジョージが首を横に振った。

「終わったんじゃないよ。始まったんだよ」

 ジョージが真剣な表情で頷いた。

「今日の演奏で、確信したよ。清水さんは、人を惹きつけるなにかを持ってる。人の心を一箇所に集められる才能がある」

「そうかな?」

「そうだよ。実は、僕は初めてサクサフォンに行ったときに、直感的にそう思ったんだ。どういうわけか、僕の心が清水さんに惹きつけられて、気づいたら月に何度もお店に通ってた。服装なんて、毎回同じようなものしか着ない僕が、あれだけ頻繁に古着屋に行くことなんてないんだよ。実はね、お店に行っても、できるだけ清水さんに接客してもらえるように、ほかの店員とは目を合わせないようにしてたんだ」

「知ってる」

「知ってたの?」

 ビックリしているジョージを見て、美奈は吹き出した。

「サクサフォンの店員はみんな知ってるよ。ゴーストは美奈が好きなんだって噂に……」

 そこまで言いかけて、慌てて口を閉じた。ジョージは恥ずかしそうに頭をかいていた。

「まぁ、とにかく、僕の目に狂いはなかった。今日の清水さんは神がかってたよ。輝いてた。そこでね、正式にお願いしたいことがあるんだよ」

「うん?」

 美奈が首をかしげると、ジョージが立ち上がり、咳払いをした。美奈も立ち上がって、ジョージに向かい合った。

「清水さん、これからずっと、僕と一緒にステージに立って、歌を歌ってくれませんか?」

 ジョージがまっすぐ美奈の目を見据えて言った。

 じんわりと体が熱くなって、溶けてしまいそうだった。目の前が一気に開けた。

 長くうねった一本道が目の前に延びていた。道の先は見えないが、全く恐くなかった。

「よろしくお願いします」

 むしろ、楽しみだった。

 美奈には、この道を一緒に歩いていく心強いパートナーがいるのだ。


 九時前に、パーティはお開きになった。二次会は近くのバーを貸し切って行われるとのことで、久美子たちは皆参加するとのことだった。

 美奈も参加しようと思った。

 ロビーでは優子と隆一がゲストたちに謝辞を述べている。その脇で所在なさげにきょろきょろしているジョージを呼び、二次会に参加するか訊ねた。ジョージは口を閉じたまま、ただ小さく頷いた。

 と、そこへ「美奈ぁ!」と大きな声で叫びながら、久美子がトイレのほうから歩いてきた。

「美奈は、もう疲れたろうから、帰っていいからね!」

「え? 別に疲れてないよ。行くよ」

「いやぁ、あんたは疲れてるよ。顔がやつれてるもん。あたしはあんたが疲れてるかどうか顔を見ただけでわかるんだから」

「ええ? そんなことないよ、そりゃ疲れたけど、顔に出るほどじゃ……」

「いいから! あんたは帰るの!」

 久美子が一層大きな声で言った。それからジョージを見て、

「あ、ゴーストさん! じゃなかった、ジョージさん! と言うわけなんで、美奈のこと、家まで送ってやってくれませんか?」

「ちょっと、久美子」

 美奈が制止しても久美子はお構いなしだ。美奈の手を振り払ってジョージに迫る。

「美奈を送ってってください!」

 ジョージは久美子の大声に圧倒されたのか、反射的に大きく頷いていた。

 久美子は美奈を振り返ると、耳元に口を近づけ、

「というわけだから、楽しんでね!」と大声で言った。

「ありがたいんだけど、ゆうたんに悪いよ」

 美奈が声をひそめて言うと、久美子は首を横に振って、また耳元に口を近づけ、「これはゆうたんからのお達しだから大丈夫!」と大きな声を出した。

 美奈は苦笑いでジョージを見た。ジョージは口元に笑みを浮かべていた。

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