48.本番

 司会の人間がマイクで美奈たちのことを呼ぶ。続けて、優子と隆一がどこでプロポーズしたのかを、改めて紹介する。

 新郎新婦が座っている席の脇にマイクスタンドとアンプ、そして椅子が用意されていていた。そこがステージである。

 美奈はステージに立ち、優子を見た。優子は目をまん丸にして、美奈を見ていた。優子には今日、美奈が歌うことは秘密にしていた。

 美奈は優子に向かって、口を動かすだけで「おめでとう」と言った。優子は「ありがとう」と口を動かすだけで返した。

 椅子に座り、マイクの位置を直す。挨拶すると、会場から拍手が起こる。美奈はジョージを見た。ジョージは美奈を見て、頷いた。美奈も頷くと、ジョージが親指を立てて合図を出した。

 会場が静かになった。ドラムのカウントが、カンカンカンとスピーカーから響いた……。

 声は川が流れるみたいに軽やかに口から辷り出た。ギターは優しく吹き抜ける春風のように周囲の空気を柔らかく震わせた。

 頭の中や目の前が真っ白になった。どこか別の宇宙をたゆたっているような、不思議な感覚だった。

 真っ白い世界を浮遊しながら、美奈は会場内にいるゲストたちの顔を、遠い場所から眺めるような気持ちで見回した。皆、笑顔で、ゆらゆらと体を揺らしていた。優子も表情をほころばせている。

 徐々に、感覚が元に戻った。どれくらいの時間が経ったのかわからなかった。一瞬のようでもあったし、二十年の眠りからようやく覚めたようでもあった。

 気がつくと、美奈は「オー・シャンゼリゼ」の最後のサビを歌っていた。

 もうすぐ曲が終わる。いつまでも曲が終わらなければいいと思った。

 楽しいデートが終わり、ひとり駅のホームに立っているときのような切なさを感じた。

 スピーカーから流れていたドラムとベースが、演奏の終わりを告げる音を奏で、美奈とジョージも呼吸を合わせてギター演奏をやめた。

 途端に会場内が歓声と拍手の音に包まれた。優子がドレスの裾を両手で持ち上げながら、美奈のところへ駆けてきて、「美奈ぁ!」と言いながらギター越しにハグをした。

「わたし、感動しちゃった!」

「おめでと、ゆうたん」

 拍手の音が一層強くなった。

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