47.結婚報告パーティ
優子と隆一の結婚報告パーティは、吉祥寺にあるホテルのパーティ会場を貸し切って行われる。
二人は、いわゆる結婚式はしないことに決めていたが、ちょっとしたパーティくらいはしたほうがいいのではないかということになり、当初はレストランを借りて互いの家族や親しい友人だけを集めたごく少人数の宴会をするはずだった。が、誰を呼んで何をしようと考えている内に話が盛り上がり、結婚披露宴のようなパーティをすることになったのだった。
久美子と美穂は受付係に任命され、パーティが始まるまで、ゲストからご祝儀を受け取ったり、芳名帳への記帳をゲストに促したりしていた。
美奈はエミ、大森、葵、貴之、良介、そして橋田の六人と一緒にロビーにいた。グレーのワンピースドレスに白いショールを羽織り、悪目立ちしないようナチュラルなメイクを施し、ジョージが来るのを待っていた。
大森とエミはこのような会に出席するのが初めてらしく、そわそわと浮かれている様子だった。
葵は薄赤色のワンピース姿で、良介のスーツ姿をいじっていた。良介がニット帽をかぶっていない姿を見られるのは珍しいのだ。
「ニット帽かぶってない良介さんって、全裸みたい」
葵が良介の頭を触ろうとしながら言う。良介が舌打ちをしながらその手を払う。
「触んじゃねぇよ。セットすんの大変だったんだ」
「こんなの! つばつけてぐじゃってやればいいだけじゃん!」
葵が言うと、皆が声を出して笑った。
パーティが始まる直前に、ジョージがギターを持って現れた。美奈はジョージの側に行き、受付とクロークの場所を教えてあげた。
夕方六時にパーティが始まった。
パーティ会場は正面の壁がガラス張りになっており、中庭が見渡せるようになっている。そこからオレンジ色の夕日が差し込み、まるで屋外のような開放感があった。
会場内はかなり広く、丸テーブルが十五卓ほど置かれており、それぞれに椅子が八脚ずつ用意されている。単純計算で一二〇人のゲストが集まっているということになる。それはもうほとんど結婚披露宴と呼んで差し支えないほどの規模だった。
実際、美奈たちが座る席には「新婦友人席(仲間)」と銘打たれていた。その席には美奈のほかに、久美子、エミ、大森、葵、貴之、美穂、良介の八人が座った。
ジョージは「新郎友人(バンド仲間)」と銘打たれたテーブル席に着いていた。
六時に結婚報告パーティが始まった。白いドレスを着た優子と、タキシード姿の隆一が入場し、会場は温かな拍手で包まれた。
「これ、もう完全に普通の結婚披露宴ですよね」
葵が笑いをこらえながら美奈に耳打ちする。
「ゆうたん、最初はあれだけ『ただのパーティだから』とか言ってたのに」
「シー」
美奈は笑いながら人差し指を口の前に立てた。が、その目には涙が浮かんでいた。
新郎新婦の紹介、開演の挨拶などが行われ、美奈たちはシャンパンで乾杯をした。それからウェディングケーキへの入刀。美奈たちは側まで行って、優子と隆一の最初の共同作業をスマホのカメラで何枚も写真に収めた。
しばらくすると、新郎側の友人が作ったという、二人を祝福するためのビデオが上映された。
隆一が作ったノリの良い曲にのせて、【おめでとう!】と書かれたプラカードを持った、隆一や優子の友人が大画面に映し出される。
隆一の友人はほとんどが音楽関係の人間で、中にはテレビで見かけることのある歌手や、バンドのボーカリストなどもいた。仕事の都合でどうしても帰国できず、今回出席できなかった真之とマリイの姿もあった。映像は途中で隆一や優子が写っている写真に切り替わり、曲もスローテンポのものに変わった。それも隆一が作曲したものである。
それから新郎新婦のお色直しが行われ、優子がワイン色のドレス、隆一が白いタキシードに着替え再入場し、キャンドルサービスが行われた。
その頃になると美奈は緊張し始めており、食事もろくに喉を通らなかった。アルコールも乾杯のシャンパン以降、ビールを一杯飲んだだけだ。
五分ほどすると、スーツ姿の男が美奈に声をかけてきた。このパーティの幹事らしく、美奈が清水美奈であることを確認すると、そろそろ準備をしてくれと告げた。ジョージはすでに会場のドア付近に立っていて、美奈のことを見ていた。
美奈は久美子たちに応援されながら、席を立った。
ドアのところで合流すると、美奈たちはクロークへ行き、ギターを受け取って、控え室になっている小部屋へ向かった。
美奈はいよいよ緊張がピークに達し、チューニングをする指が震えた。緊張を和らげようと大きく深呼吸をしようとするが、緊張のせいか息を吸い込みきることができなかった。
「大丈夫」
ジョージの声が聞こえた。見ると、ジョージがカジノを体の脇に立てて、ヘッド部分に手を添える形で、仁王立ちしていた。ジョージの顔はりりしく引き締まり、表情は穏やかだが、どこか威厳に満ちていた。
「大丈夫」
ジョージはそれ以上の言葉を言わなかった。論理的に順を追って説明される励ましの言葉よりもはるかに、そのひと言には説得力があるように感じられた。ジョージがそう言うだけで、体から余計な力が抜け、美奈はしっかり深呼吸をすることができた。
幹事が二人を呼びに来た。二人はその人の後に続き、会場に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます