30.飛行場にて

 美奈は優子と一緒にパリへ行くことにした。

 約束の日時に成田空港の出発ゲートへ行くと、優子と隆一が待っていた。

「首が涼しげじゃない!」

 優子が笑いながら言う。その笑顔に美奈の緊張が解けた。

「もう首は治ったの」

 美奈が言うと、その声を聞いて優子がびっくりした。

「どうしたのよ、その声。変声期?」

「これはね、ちょっと、今度は喉を痛めちゃって」

「次から次へと災難続きね。でも、かっこいいじゃない。渋いわよ。ねぇ? 隆一」

「うん。いい女に拍車がかかったって感じだね」

「あら、嫉妬しちゃう」

 気を遣っているのか、もしくはただの風邪でしかないと思っているのか、二人は美奈の声についてそれほど気にしていないようだった。

「ほんとはね、久美子も誘おうかなと思ったんだけど、そうすると、エミと大森くんだけで店番でしょ? まだ二人とも大学生だし、店は任せられないから。久美子も理解してくれたけど、今度は久美子を連れて行ってあげなくちゃね」

「久美子たちは元気なの?」

「元気よ。あなたが辞めちゃって、落ち込んでるけどね。戻ってきなさいよ。久美子もエミも大森くんも、そうそう、葵や貴之さんや美穂ちゃんも戻ってきてほしいって言ってるわよ。葵なんてしばらく泣きっぱなしで店に立てないくらいで。そうそう、良介くんなんてあなたが辞めてから、三日間、ショックで店閉めちゃってたんだから。なんか、無駄に責任感じてるみたいよ。『オレがもう少し早く小便に行ってりゃあ』ってぶつぶつ言ってる」

 優子の話を聞き、美奈は心の底から安心した反面、申し訳なくなった。自分の問題で皆に迷惑をかけてしまった。早くに会って謝罪したかった。

「ねぇ、ゆうたん、勝手なお願いなんだけどさ」

 美奈が俯きがちに言う。

「帰国したらさ、私、サクサフォンに戻っていいかな?」

 優子は目をまん丸にして、隆一とジョージの顔を交互に見た。口を開けて笑う。

「当然じゃない。なんなら、もうこの出張に同行する時点で戻ってるって言ってもいいのよ。これは仕事の一部なんだから」

「ほんとに?」

「ほんとよ。だって、あなたの旅費だって経費ってことになってるんだから」

 優子は親指を立てた。

「それにしても、ジョージさん遅いわね」

 優子が腕時計を気にしながら言った。

「え、ジョージさんって?」

「ほら、コールド・ウォーターズでギター弾いている背の高い人いたでしょ? 今回、一緒に行くの」

 ジョージと隆一は公私ともに仲が良く、よく一緒に海外旅行をする間柄だった。パリに共通の知人がおり、今回、一緒に行くことになったのだ。

「そうなんだ……」

「イヤだった?」

「そんなことないよ。ただ、意外だったから」

 ゴーストが来ると聞いて美奈は一瞬驚いたが、腕の良いギタリストであるジョージと一緒に旅をすることはやぶさかでなかった。

 むしろ、嬉しかった。歌手デビューの足がかりが作れるかもしれないと思ったし、ジョージに対する単純な興味もあった。

 しばらくして、ジョージが姿を現した。大きめのスーツケースと、ギターのハードケースを持っていた。

「こいつはギターを手放せない病気なんだよ」

 なにも喋らないジョージの代わりに隆一が説明する。美奈が笑うと、ジョージは頭をかきながら顔を赤くした。

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