27.新年の決意
クリスマスと年末年始は地元で過ごした。
美奈の心は少し軽くなっていた。悩みの種は消えていないが、家族と共有することで苦しみは軽減した。
元日に、リビングのこたつで奈央と今年の目標について話し合った。
「なおりんは、英語の勉強を頑張る!」
奈央はすぐそう言った。
「英語?」
「そ、いま、ブライアンに教えて貰ってるの。ブライアンと英語で話せるようになりたい」
「いいじゃん」
「みなちんはどうするの?」
「私は、首を元に戻したいよ」
奈央が「ぶー」と口を尖らせる。
「それは当たり前じゃん。わざわざお正月に決意することじゃないよ。これをやってやる! ってことじゃないと」
美奈はなるほどと思い、自分が目指すべきものについて考えた。
即座に浮かんだのは「歌を歌いたい」ということだった。確かに美奈は歌うのが大好きだったし、自分の歌で人に感動を与えたいとも思っている。しかし、いまさら歌手になる夢を語るなどおこがましい気がして、口にするのをためらった。
「歌は? 歌をもっと歌うようにしなよ」
奈央が無邪気に言った。自分の心を透かし見られているような気がして、美奈は顔が赤くなった。
「歌うって言ったって、カラオケに行けばいいだけじゃん」
「違うよ! 歌手! みなちん、歌が上手いんだから、ステージの上で歌えばいいって言ってるの!」
「そんな、私なんかが上がれるステージなんてないよ」
「ゆうたんは? ゆうたんと一緒にバンドやればいいじゃん!」
「ゆうたんと……?」
美奈はステージの上に立って歌を歌っている自分の姿を想像した。オールウェイズのステージで、隣にはギターを弾くジョージの姿があった。
ステージに立つ自分は、とても幸せそうだった。スポットライトに負けない強い輝きを放ち、自分の人生を余すところなく使い込んでいる。美奈は想像の中にいる自分を羨ましく思った。それと同時に、それまで眠っていた歌を歌いたいという強い欲求が春に気付いた新芽のように茎を伸ばし始めた。
「うん。歌う」
美奈が言った。爆ぜるような抑揚があった。
「やったぁ!」
奈央が諸手を挙げて高い声を出す。
「ママ! みなちんがまた歌を歌うって!」
奈央は跳び上がるようにして立ち上がり、キッチンにいる母親に伝えた。
「へぇ! 美奈ちゃん、やっぱり歌手を目指すの?」
「歌を歌いたいの」
美奈は答えた。
決して、人気アーティストになって脚光を浴びたいというような、ミーハーな気持ちでそう言っているわけではなかった。優子のように、街はずれにあるミュージックバーで歌うだけでいい。どこでもいいから人前に立って、自分の歌を届けるのだ。
美奈は、奈央から「梶原さん」を借りてギターの練習を始めた。
爪を切り、目の端で指板を見ながら毎日弾いた。基礎は専門学校時代に習得しており、七草粥の頃にはとりあえずコードを鳴らしながらたどたどしくも弾き語れるようになった。
美奈の心は顔と同じように前を向いていた。
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