17.ミスター・ロンリネス
コールド・ウォーターズのメンバーがオールウェイズに入ってきた。
メンバーは優子を合わせて七人。皆、白シャツに黒いスーツを着て、黒いネクタイ、黒いハット、そしてレイバンのウェイファーラーをかけている。映画『ブルース・ブラザース』のコスプレをしているようだった。
七時になり、店内のライトが落とされ、ステージにだけ照明が当てられた。ボーカルの谷口がマイクスタンドの前に立ち、口元に笑みを浮かべて会場を見回す。ギターやベースのチューニングをする音が響く。
やがてドラムスティックが打ち鳴らされ、三連符のリズムで演奏が始まった。
曲目は古いブルースが中心だった。B・Bキング、フレディ・キング、マディ・ウォーターズなど、サクサフォンで頻繁に流れていて、美奈も聴き慣れているものばかりだった。途中、ロカビリー、バラード、ジャズといったブルース以外の楽曲も演奏された。
演奏者全員にそれぞれ見せ場があり、美奈にはステージにいる人間すべてが輝いて見えた。ステージの上にいる人間と、下にいる人間とでは、住んでいる世界が違うように感じられる。
前回、ライブに来たときにも感じたが、当時はそれでも、彼らと対等に向き合える自信が美奈にはあった。しかし今回は、彼らが遠く果てしない場所にいて、決して手の届かない存在であるように感じられた。いつも一緒にいる優子に対してさえも、まるで空を飛んでいる鳥を見ているような距離を感じた。
特に強い輝きを放っていたのは、背の高いギタリストだった。身長が高くて脚が長く、柔らかそうな長髪を揺らしながら自由自在にギターを弾くその姿は、あたかも伝説のギタリストであるかのように美奈の目に映った。ギターを体の一部のようにして、自信満々に音楽を奏でている。
ひとりで演奏しているかのように振る舞いながら、それでいてほかのメンバーの演奏にピッタリ絡み合うのは、いったいどういうことだろうと美奈は不思議に思った。わがままで自由奔放なのに、どういうわけか人の心を掴んで離さない。カリスマとはこういうことを言うのかもしれない。
サングラスで目が隠れており、長い髪の毛が揺れて顔半分が見えなかったが、美奈はそのギタリストに魅了されて、ライブの後半は、その人ばかりを目で追うようになっていた。
親近感のようなものを覚えた。以前から知り合いであったかのような気さえする。
バンドメンバーの中では、むしろ最も遠い存在であるはずだった。それでも美奈は、その人からカリスマ性以外の、なにか人間的な弱さのようなものを感じ、心惹かれた。
「そんじゃ、こっから、我らが風谷優子にマイクロフォンを譲りたいと思います」
谷口が言って、ステージの端でサックスを抱えていた優子に手招きをした。優子はサックスをスタッフに預け、跳ねるようにして、マイクの前まで小走りで駆けた。
「孤独を恐れる、すべての人に捧げたいと思います」
優子が柔らかい声で言うと、会場から歓声が上がった。優子はコールド・ウォーターズの正式なメンバーではなかったが、その魅力的な容姿や、サクサフォンの店長としての功績から、ファンが多かった。
「映画、『ミスター・ロンリネス』を題材にして、私と隆一、そして今回、参加してくれたジョージさんの三人で作りました。『ミスター・ロンリネス』という曲です」
ジョージと呼ばれたのは、例の背の高いギタリストのことだった。
外国人だったのか。美奈は驚いた。
美奈がジョージに目をやっていると、優子たちが作った「ミスター・ロンリネス」という曲の演奏が始まった。
暗い宇宙を星が流れているような、どこか神秘的な雰囲気のあるバラード曲だった。
「ミスター・ロンリネス」
あなたと過ごした あの部屋に火をつけ
あなたのすべてを 燃やしてしまいたい
あなたが愛する あの人を殺して
あなたが悲しみに 狂ってしまえばいい
いつからあなたの涙を 見たくなったの
人の幸せ嫉むほど 不幸になってはいけないのに
だからミスター・ロンリネス 今夜
私を抱きしめて
誰かが私を見つけて 愛するときまで
私のそばにいて 歪んだ心を包んで
いつからあなたの笑顔が 怖くなったの
人の幸せ願えれば 私も幸せになれるのに
だからミスター・ロンリネス 今夜
私を抱きしめて
誰かが私を見つけて 愛するときまで
私のそばにいて 冷たい心を包んで
紫色の空 タクシー海を越え
私を連れてって 胸躍る世界へ
思い通りにうまくはいかないけれど
案外 思いもよらぬところでうまくいくことがあるの
だからミスター・ロンリネス 今夜
私を連れてって
私の知らない誰かが待ってる場所まで
いつの日か悲しみが 心の一部になるまで
だからミスター・ロンリネス 今夜
私を抱きしめて
私が誰かを見つけて 愛するときまで
私のそばにいて 冷たい心を包んで
優子の綿のように柔らかい歌声がオールウェイズを包んだ。
寒い冬の夜に一枚の毛布にくるまっているような、心許ない温もりを美奈は感じた。
拍手をするのを忘れ、店内に鳴り響く喝采に恥ずかしそうに会釈する優子の笑顔をぼんやり眺めていた。
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