8.合コン開催決定
翌日の火曜日は久美子の定休だった。
美奈とエミ、夕方からは大森の加わった三人で店を回した。
オシャレが大好きな女子大生であるエミは、美奈の首のコルセットを見ると、ひどく同情した様子で気遣いの言葉をたくさんかけた。美奈は必死にどうってことないというように取り繕った。誤魔化すのが面倒だったが、昨日より客の入りがよく、それほどエミと雑談をする時間がなかったのが救いだった。
その翌日、美奈が出勤すると、久美子が顔の前で手を合わせながら控室から出てきた。
「ごめんねぇ。月曜は」
一応謝罪の言葉を口にするが、表情は緩んでいて、口元はなにか言いたいことがありげにピクピクほころんでいた。
「どうせ、ハモニカの男の子とお泊まりだったんでしょ?」
美奈が先手を打つと、久美子は悪びれる様子もなく舌をペロリと出して、
「そうなんだよねぇ、ってか、あんた首どうしたの? 寝違えたのって、そんなにひどかったの?」
「まあね。筋がかなりいっちゃったらしい。それよりも、あれからどうなったの?」
久美子はチラチラ美奈の首元に目をやりながら、事の顛末を話し始めた。
酔った勢いでウインドブレイカーの男のアパートへ行き、一夜を明かして、思いのほか性格や体の相性がよかったから、付き合うことになったとのこと。一昨日昨日とその人の部屋に入り浸っていたらしい。見れば着ている服が月曜日と同じだった。
「レイくんちが吉祥寺でさ。井ノ頭通りをちょっと行ったところ。通勤にも便利だし」
「ほんと、久美子って大学生とか、大学生風の男が好きだよね」
「だって、大学生って、若さとエネルギーに満ちあふれてるじゃん!」
「私は絶対に大学生はイヤだ。大学生ってだけで、偉そうにしてる感じとか、見ててムカつく」
「またそういうことを言う。エミちゃんや大森くんはどうなんの」
「あのふたりは好きだよ。全然偉そうじゃないから。大学生を男として見られないって話」
「それって結局、両親へのコンプレックスでしょ」
「偉そうな大学生見てると、パパやママのこと思い出してイヤなの」
「もういい加減、仲直りしなよ。間に挟まれた妹ちゃんが可哀想だよ」
「あの子は平気。あの子は特別だから」
「意固地だなぁ。いい加減にしないと。だって大企業で働いてる美奈好みの男は、軒並み大卒なんだよ?」
「大卒はいいの。どこ大を卒業したとか自慢げに言い出さなければ。もう、この話はおしまい!」
美奈が大きな声を出すと、久美子は気持ちを入れ替えたように表情を明るくして、ウィンドブレーカーの男、レイの話を始めた。美奈は黙って話を聞いた。
「……レイくんおもしろいよぉ。いい意味で学生気分が抜けてないというか。ノリがすごく好き。あ、そうそう、レイくんたち旅行代理店だったじゃん。飛行機のチケットとか安くとってくれるって」
「ふぅん。でも久美子、韓国くらいしか行かないじゃん」
「嫉妬するなよ、美奈にもいいニュースあるんだから」
久美子はほくそ笑み、美奈の耳元に口を近づけた。ヒソヒソ話の格好だが、久美子は声をひそめることができない。耳元で大声で喋ることになる。
「レイくんがさ、合コン開いてくれるって。今週の金曜日!」
「今週の金曜? 急だね、メンバー集まるの?」
「それは大丈夫。レイくんに美奈がフリーだってこと言ったらさ、なんだか躍起になってくれて。大学時代の友達集めてくれるって。三人。だからこっちも美奈のほかに二人呼ばなくちゃいけないけど、エミちゃんと葵ちゃんでいいでしょ。あの二人なら可愛いから、男性陣も文句言わないよ」
「でも、エミちゃん彼氏いなかったっけ?」
「いいのいいの。これは美奈のための合コンなんだから。黙ってりゃフリーだよ」
「ってか葵ちゃんは、フリーなの?」
葵は、アヒルで働いている二十一歳の女性。いつか自分のカフェを持つことを目標に、高校卒業後すぐにアヒルで働き始めた。かなり男好きで、常に男を取っ替え引っ替えしている。この間、彼氏ができたと言っていたのを美奈は覚えていた。
「ああ、あれ、もう別れたらしいよ」
「え? もう? まだ二週間経ってなくない?」
「つまんなかったんだってさ。さすがだよね」
「さすがだね」
「この間葵ちゃんに合コン開いてくださいってお願いされたくらいだから。なんとしてでも来るよ、あの子は。肉食系だから。もしダメなら美穂さん連れて行く」
「美穂さんは人妻」
久美子はやると決めたら必ずやる女だった。いくら拒否したところで合コンは決行されるだろう。美奈は大きな不安を抱きつつもとりあえず了承しておいた。
「そのコルセット、当日までに外せる?」
久美子がレジの釣り銭を準備しながら言った。美奈は商品をチェックする手を止めて、苦笑いした。
「無茶言わないで。当分外せないよ」
「そっか。まぁ、美奈の顔と体があれば問題ないでしょ」
「ちょっと、人を外見だけしかないみたいに言わないでよ」
そう言いつつも、外見を褒められることに悪い気はしなかった。
エミと葵も参加できるとのことだった。男性陣もメンバーが揃ったらしく、合コンは決行されることになった。
葵はナイフとフォークを持ってビュッフェに臨む肥満児のようにやる気満々で、エミは「美奈さんのために、ひと肌脱ぎますよ!」と、なぜか使命感に燃えていた。
美奈もだんだん、楽しみになった。コルセットのハンデがあったって全く問題ないだろうという自信が湧いてきた。
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