第11話
タクシーはコンビニの駐車場に停まる。クレジットカードで支払いをして、緩慢に降車する。
「なんか買う?」
フラフラしているロペに尋ねる。さっきのコンビニで買ったお酒はまだ残っている。
「んー。納豆巻き食べたい」
「買ってくるから待ってて」
「コンビニのはしごなんて、私たち"通"だね」
ロペはなおも訳の分からない事を言っている。深夜ということもあって、弁当コーナーの陳列は穴が目立つ。納豆巻きを確認するが、パックに入ったものしかなかった。
「こっちのが美味しいけどね」と思いながら、パックの納豆巻きをレジへと持って行く。会計を終えて、コンビニを出ると、ロペは早速まとわりついてきた。
「おー。やっぱりこっちの納豆巻きの方が美味しいよねー」
レジ袋の外見からパック型だと判断したのかロペが喜ぶ。
「小さく切ってるからシェアできるしね」
ロペが同じ好みだったことが少し嬉しくて、笑みが溢れるが、バレないようにそれっぽい理由を付け加えてみる。
「えー、これ全部、私のだよ」
「太るよ」
「あはは」
ロペの気の抜けた冗談も、私の臆面ない返答も私たちの関係が深まった事の現れに感じる。私とロペは、友人と言える関係になれたのだと、心から思える。
歪にも思えるが、友人関係なんてものは、歪であることが当然だ。綺麗過ぎるものはどこか偽物くさい。
「公園いこ、公園」
「ロペ、公園好きだよね」
二人で遊んだあと、ロペは公園に寄りたがる。都会の公園には遊具なんてほとんどなくて、寂しそうなブランコか、小さな小さな滑り台があるくらいだが、ロペはそいつらを好ましく思ってるらしかった。
誰もいない深夜の公園でロペは子供のようにはしゃぎ回る。
滑り台を逆から登ろうとして、酔いに負けてそのまま滑り落ちたり、ブランコを勢いよく立ち漕ぎして、靴を思い切り遠くへ飛ばしてそのまま失くしてしまったり。
毎回、大人とは呼べない姿で暴れまくる。
ひとしきりはしゃいだ後、ロペと私はブランコに座って缶チューハイを飲む。ゆらゆらと酔いに任せてブランコを揺らす。
都会の夜空は暗いままで、星なんて見ようとしても見えない。鈍重な闇のカーテンが何層にも引かれているようだ。
「私、なんで生きてんだろーね」
思わず飛び出てしまった言葉だった。
私自身、常に感じている事だったが、言葉にしたことはなかった。
受験も頑張って、行きたい大学に通って、馬鹿らしい就職活動をなんとかクリアして、興味のないくだらない仕事して、大金が訳の分からないルールの中で税金として飛んでいき、それでも必死こいて生きてきたのに、自分の理解の及ばないところで病気になって、完全にドロップアウトだ。
そんな自分を情けないとも思うし、いつからか情けないとすら思わなくなった。このまま無為に生きることが辛くなったし、そんなことですら、どうでもよくなった。
「死んじゃ駄目だよ、藍ちゃん」
ロペはブランコを漕ぎながら、呟いた。
私の方を見ずに、ただ暗闇の中の虚空を見つめながら。
「ええ?あ、ごめん、なんかブルー入っちゃった。冗談冗談」
ロペに心配をかけまいと戯けた口調で繰り返す。ロペは変わらず夜の向こうを見つめて、ブランコを漕いだ。鎖の擦れる音だけが私たちの間に流れ続けた。
「藍ちゃんに死なれちゃうと私、困っちゃうんだよね」
「どんな風に?」
暗闇の中聞こえてくるロペの言葉に思わず食い気味で尋ねてしまう。ロペはどんな風に困るのか。私はロペにとって、どんな存在なのか。私はなんで死んじゃダメなのか。
ブランコの動きが止まった。
「遊べないでしょ。話聞いてもらえないでしょ。お酒奢ってもらえないでしょ。ライブ来てもらえないでしょ。他にも色々あるよ」
ロペはそんな理由を指折り数え始めた。
「すげえ自分本位じゃん」
「えー、仕方ないじゃん。友達に求めることって結局、自分本位になっちゃわない?」
「それはそうだけど、嘘でも世界が不幸になるとか社会の痛手とかなんかそういうことは言えない訳?」
私の言葉にロペは大声で笑った。アルコールの力で声高になった彼女の笑い声は私の中にすっと浸透した。
「あははは。わかんないもん。私、世界とか社会とかどうでもいいんだもん」
「わかんないってロペさあ」
「私にとって大事なのは藍ちゃんだけだもん。世界とかそんなの知らないよ」
ロペは靴を脱いで暗闇の中へと蹴り込んだ。大きく弧を描いて飛んでいくロペの靴は、見えなくなって、それから離れたところで地面に落ちる音がした。
「藍ちゃんのいない世界なんてぶっ壊れちゃえー」
ロペの言葉に所在なさげに浮かんでは消えていた私という意味がかっちりと私の中に嵌まり込んだ気がした。
そんな単純なことでいいんだ。
「藍ちゃんには結婚式でスピーチしてもらわないといけないからね。友人代表として」
なおもロペは続ける。もう酔いに任せて適当なことを言っているようにも思える。馬鹿馬鹿しくなってきた。
「なにそれ。いつになるんだよそんなの」
「約束だよ。だから、藍ちゃんはその約束の為に生きていて。私のために生きていてね」
「酷い約束だなー。あんたそんな唯我独尊系だっけ?」
私の言葉にロペはコロコロと笑う。目元に皺が刻まれる。手元の缶チューハイをあおって、ブランコを勢いよく漕ぎ始める。
「生きろー!無理してでも生きろー!」
酔っぱらったロペは大声で叫ぶ。住宅街にある小さな公園にロペの馬鹿馬鹿しい声が響く。
「近所迷惑だよ」
本気で止めるつもりもない小さな声でロペに伝える。案の定、ロペは叫び続ける。
多分、この時なんだと思う。
ロペが私の世界になった瞬間は。
ロペとの約束が、私がここで生きる意味になったんだと、そう確信できる。
無理してでも生きる。
ロペのために生きる。
だから、ロペの馬鹿馬鹿しい自分勝手な叫びをもう少し聴いていたくなった。
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