第2話

私はロペに誹謗中傷を送っていた複数のアカウントを辿った。多くは、ロペが自殺した瞬間にアカウントを閉じていたが、私は既にアカウント全てのリプライや、個人情報が見え隠れするツイートをスクショして保存していた。

溜まっていたスクショ画面を何度も何度も反芻した。ロペを傷つけるためだけに書き込まれた悪意の弾丸は、私にも突き刺さった。

涙を流し、嘔吐を繰り返し、挫けそうになりながらも、ロペのことを思い出し、そうして、アカウントから本人を特定するまでいった。

最初に特定したのは《おにぎり@シャケ》とかいうふざけたハンドルネームの男だった。使ったツールはTwitterだけだったが、それでも姿は割と精巧に浮かび上がった。

リア友とのリプライ。そのbio欄。卒業大学とその年度。あだ名。画像で上がる風景。その他諸々の情報を統合すると、浮かび上がってきた姿。

私はそいつらに復讐しようと心に決めた。

私だけが知っている憎悪の対象。私にしかできないことだと思った。これは、正しい行いなのだと思った。

Amazonで金属バットとバットを入れる肩がけのケースを購入した。なんの感情もなく購入ボタンを押し、クレジットカードから人を殺すための金額が引き落とされた。

Amazonから届いた金属バットの梱包をカッターナイフでザクザクやりながら、私の頭の中にはあの憎い連中の身体をカッターで切り込む想像がありありと浮かんだ。バットではなくナイフを選択した方が良かったかもしれない。それでも、鈍器には衝動を殺意に変換する機能が備わっているように感じられた。

殺すべき相手の情報。その全ては私のiPhone7のフォルダの中に確かに存在していて、殺すための器具は私の手の中にあった。

あとは、私自身が感情を殺意に直結するだけでよかった。理性というストッパーを数度、外そうとしたが、どうしても最後の最後で邪魔をされた。

冷静さが社会規範を携えて、私の目の前に立ち塞がった。私の中では殺意はマグマのように熱く滾っていたのに、ビジネスマン面したそいつが私に渾々と理屈を説いた。

酒を買い込んだ。

頭が馬鹿になる強アルコールのチューハイ缶を3本飲んだ。気分が悪くなり、嘔吐した。トイレの便座に抱きつき、何をしているのかと自問した。

私は何がしたいのだろうか。

吐瀉物の残りが口元にへばりつき、伸びた前髪が汚された。酩酊する世界を数歩歩き、シャワールームに入った。ノズルを顔に向け、勢いよく蛇口を捻った。服も脱がずに、ただ湯を浴びた。服が水を吸い、身体に重さが分散した。

シャワーを浴びながら唸った。私の「あー」とも「うー」ともつかない声は弱い水圧のシャワーにギリギリ押し除けられずに狭い風呂場に反響した。螺旋を描いて排水溝に吸い込まれていく長い髪。詰まり気味な排水溝から溢れ、足を常時浸す風呂場の水。湯気の奥で鏡の中の自分と目があった。

「殺せよ」

鏡の中の私がそう呟いた。

「殺せよ。ロペを殺したアイツらを殺せよ。お前はアイツらが誰かも、どこに住んでるのかも、全部知ってるんだろ。なにやってんだよ」

鏡の中の私は歪んだ表情でそう呟き続けた。シャワーの音が霞む。リンスの匂いが鼻についた。鏡の中の自分が消えた。

「殺せよ」

私ははっきりとそう呟いていた。

人を殺す決意をするのに必要なのはチューハイ缶3本なのだとその時知った。



会社を休んだ。

有休なんて制度、ロペの為にしか使ったことがなかった。よくよく考えてみると、今日休んだのもロペの為だった。

私の世界はロペ中心で回っている。

中心の消えた世界で、私は上手く歩くことができない。緯度も経度も無茶苦茶で360度に動き回る世界で、私は立つことができない。

ベッドの中で考えた。

ロペのことを。

ロペを殺したあいつらをどうやって殺してみせるか。

私の中に、答えははっきりと出ていた。生きてきたことを後悔させるほどに痛めつけ、ロペという存在の尊さを自覚させ、その上で殺す。バットで撃ち抜く。殺す。

緩慢にベッドから立ち上がる。バットをケースに閉じ込め、肩からかける。冷凍庫から氷を取り出して、ガリガリと齧る。

駐車場に向い、マイカーの鍵を開ける。慣れ親しんだシート位置、バックミラーの角度、ステアリングの感触。それだけで私は冷静になれた。

これから、人を殺すにはあまりにも慣れた気持ちでアクセルペダルを踏んだ。近場のセブンイレブンでアイスコーヒーを購入した。ナビにざっくりとしたターゲット宅の住所を入力した。

今日は平日だ。

ターゲットが帰宅するのを待とう。

私のNBOX(青)は緩やかに発進した。

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