あなたはわたしの心の酸素
寺田
第1話
今日、ロペが死んだ。
"どうやって"死んだのか。そんなこと、わたしは知らないし、知りたくもない。可愛いロペの可愛くない瞬間なんて私は見たくもないし、知らないままでいい。けれど、私はロペが"何故"死んだのかはわかる。知っている。嫌なくらいに知っている。
ロペは炎上して、自殺した。
私の可愛いロペ。世界一可愛くて、凛として、強かったロペ。笑うと、綺麗な顔がクシャと歪んで、それがまた違う側面の可愛さを見せてくれた。真っ直ぐ背筋をのばして、夢の先を見ていたロペ。
素直で、馬鹿で、優しくて、構ってあげたくなって、涙脆くて、綺麗で、素敵で、礼儀正しくて、気遣いができて、不器用で、声が少し掠れていて、肌が白くて、味覚が変で、私が大好きなロペを、薄汚い有象無象のクソどもが汚した。踏みにじった。傷つけた。
不特定多数の悪意が、強いロペをぺしゃんこにした。苛烈を極める悪意の渦で、私は結局、ロペを守ることができなかった。
私の大事なロペ。
悔しかったろうな。怖かったろうな。
最後まで私は貴女の味方だったけど、多分、ロペにはそのことは伝わってないんだと思う。
私以外にもロペの味方は当然居たはずだ。それでも、私たちの声はロペには届かずで、有象無象のクソの声に負けてしまった。その事実がなおのこと悔しかった。
ロペは若手俳優との熱愛でゴシップ誌に撮られた。その若手俳優は近々、映画での主役が決定しており、ファン層が大きく、ロペを最初に非難していたのは主にそのファン層だった。それでもロペは、気丈に振る舞っていた。真摯に謝罪し、矢面に立ち、若手俳優と共に声明も出したりもした。
そんなロペを叩き潰したのが、苛烈に燃えていくその騒ぎにどんどんと燃料を投下していくファンでも何でもないただのクソ達だった。気に食わないという理由だけで、ロペの実家の住所や、ロペの家族の情報、ロペの過去を電子の海に投げ込み、ロペを憔悴させた。
ロペがその後、どういう心境で死を選んだのかなんて、想像に難くない。
怒り。悔しさ。やるせなさ。
そんな単語で言い表せない程にぐちゃぐちゃになって、そうして、死んだ。
きっと彼女は絶望して死んだ。
世界はまだ捨てたものじゃないと、私に思わせてくれた存在の彼女は、きっと世界に絶望して死んだ。
私はそれが悔しくて、悔しくて、悔しくて。
私がロペの救いの一端にもなれず、有象無象のロペを好きでもなんでもない連中の言葉に負けたことが悔しくて。
私は、業務中何度も泣いた。仕事が手につかなくなって、トイレに逃げ込んで、化粧が崩れるくらいに泣いて、それでも、ロペが死んだ不条理から目を背けられずにいた。
どうしたらいいのだろうか。
立ち上がることすら困難なほどに私は動揺していた。目眩がする。息ができない。いつからか、ロペは私にとってのこの世界そのものになっていて、彼女がいない世界など、私にとっては生きる意味のない世界と同義だ。
生きる意味を探さなければならない。
ロペのいないこの世界で、私が生き延びる意味を探さなければ、トイレの個室から出られなくなる。そのまま首を括りたい衝動に駆られた。
スマホを乱暴に操作する。淡い紫色のマニキュアで彩られた私の爪がスマホの冷たい画面を引っ掻く。
ロペ。ロペ。ロペ。
たすけて、ロペ。
私は情けなくロペの姿をスマホの中に浮かび上がらせる。画面の中で私と映るロペは笑顔だ。慣れないながらも、私の笑顔も本物だ。
この画面の中が現実で、ロペのいない世界こそが仮初なんだと、認識しようとした。
それでも、ファン友からのメッセンジャーが何件も何件も届いて、それは私を気遣うものだったが、善意が私の錯覚を邪魔した。
最期まで私達に助けを求めてくれていたら、ロペ、私はあなたを助けたのに。
何ができるかはわからない。死んでも、あなたを助けたのに。
ロペ。
私はTwitterでロペの名前を検索した。溢れかえる醜い言葉達。嫌悪に胃がせりあがり、勢いよく嘔吐した。
くだらない連中。生きていても誰一人幸せにできないカス共。私の生きる意味を、私の酸素を、ロペを殺した外道共。
ぶっ殺してやりたい。
私の胸の中に小さく殺意の炎が灯った。ドス黒い炎は勢いよく私を燃やして、私の身体に行き渡った。
息ができるようになった。
生きる意味を見つけた。
こいつらを一人残らず、ぶっ殺してやろう。
それがロペを失った私にできる、この世界を生きていく唯一の方法だった。
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