第5話 吃驚するほど甘くない
ハッピーハロウィン!
今日は楽しいハッピーハロウィン!お化けが来たぞ!いたずらしたぞ!
さぁ、皆でハロウィンを楽しもう!
ハロウィン仕様に変化したモンスターを倒し、ハロウィン限定グッズを手に入れよう!
さぁ、皆でお祭りだ!!
葡萄や栗の美味しい季節、または、夏場は素っ気なかった猫が肌寒くなって来たからかやたらと近くに寄ってくるようになる季節である。
いや、最近では寒さも極まって引っ付いていた暖房器具を猫に横取りされる季節になりつつある。
昨日も暖房器具の電源を入れた途端に何処からともなく猫が現れて、ごっつすり寄ってくるなぁとか思っていたら、気がついたら暖房ー私ー猫の配置から暖房ー猫ー私に入れ替わられていた。
なんなら暖房器具の前に陣取っていた私の足をしっかり踏みつけてから頭突きで暖房前から押し出されてた。
しかも、その後に暖房器具の前で大の字になってくれて更に熱源から遠ざけられてたよ。悲しい。
それはさておき、最近では街道の脇に立ち並ぶ公孫樹が黄金に色づき、地面を山吹色の絨毯で埋め尽くすと共に絨毯の飾りに銀杏を散らしている。
山々は真っ赤に紅葉し、腰痛国の綾錦の広場も今こそ見頃をむかえていることだろう。
そんな現在、ゲームの世界ではハロウィンイベントが絶賛開催中である。
ゲーム世界の暦と現実の暦が異なるが、運営がハロウィンだと言うのならハロウィンなのである。
期間は今日からゲームを時間で一ヶ月、60日間。現実なら10日ほど。
イベントの詳細はまだ確認していないためわからないが、ハロウィンイベントならきっとお菓子をいっぱい食べられるはず。
南瓜プリンとかタルトとかモンブランやカップケーキも捨てがたい。
まだ見ぬお菓子に涎をたらしながらログインして何時ものように近くで丸くなったバロンを撫でようとして違和感に首をかしげる。
なんか、バロン、何時もより大きくない?
いや、バロンは何時でも大きくて普通の猫の2倍くらいあるけれど、今日はなんだかそれに輪をくわえて大きい気がする。
ついでに何だか丸くなってるような……
猫がよくする丸まり体勢と言う意味ではなく、フォルムからして何だか丸い。
縫いぐるみを彷彿とさせる愛らしい丸みが今日のバロンには存在している。
抱きしめて頬擦りしたくなるような丸みだ。いや、頬擦りしたくなるほど可愛いのは何時もか。
あれー?と思いながらアイギスを探せば寝台と壁の隙間にジャストインしたアイギスが視線だけで救助を求めてきていた。
何があったの?何時からその状態なの?バロンの寝返りか何かに吃驚して飛び上がったら、すっぽり嵌まってしまったの?
疑問はつきないけれどとにもかくにもアイギスを救出しなければと伸ばした手が丸い。
慌てて手鏡を取り出し確認したが、何時もは八頭身美人な私が(少し盛りました。ごめんなさい)三頭身なデフォルメデザインに変化している。
なんだ、これ。
私の背はこれから伸びることはあっても縮むことはないはずなのに、急激に身長が小さくなってしまっている。
しかも大人っぽいシュッとした顎の輪郭が(主観的意見)子供子供した丸いラインに変わってしまっている。嘘でしょ。
「きゅーーーーっ!!」
手鏡片手にへんてこな舞を踊り出した私にいっこうに助けてもらえないアイギスが悲鳴混じりのSOSを出す。ごめんアイギス、忘れてた。
引っ張り出して気が付いたけれどアイギスも何時もより大きいし丸いな。私が縮んでいるんだからアイギスが大きくなった訳ではないのか。
改めて見たアイギスは何時もより大きくて、何時もと同じくらい丸くて手足はほんの少し短くなっている。
アイギスは普段から丸いのでデフォルメされてもそんなに変わらないようだ。ただ、大きな瞳が縫いぐるみ感を増すように更に大きくなっている。可愛い。
ちなみに重さは見た目の大きさほど重くない。サイズ感は幼児と小型犬くらいだが、重さは生物的な重さではなく縫いぐるみ的な重さである。
中身綿になっちゃったの?
「ハロウィンだよ、ルイーゼ。ハロウィンの悪夢がやって来たんだ」
垂れたお耳を小刻みに震わせ、身体を小さくしながらアイギスが潤んだおめめで訴えかけてくる。
ごめんアイギス、可愛すぎて何言ってるか内容が入ってこないや。
『……かような屈辱』
ほげーとアイギスを愛でる私の耳を怨念のこもったような低い呟きが震わせる。
見れば立ち上がったバロンが寝台にかかったシーツの皺を睨み付けながらわなわなと微振動を繰り返している。
「バロン?」
『我の美しき肢体をこのような珍妙な姿に変えるなど許さぬぞ!ハロウィン!!』
バロンは吠えるように声を荒げ、尻尾でビシバシと寝台を叩く。
寝台はその衝撃により大きく軋み、アイギスはその度に飛び上がって怖がっている。
「バロンさん、落ち着いて。モンスターを倒せば解除されるみたいだから…」
怒り狂うバロンを鎮めるヒントを探したハロウィンイベントの詳細には、イベント期間中にランダムでお化けのいたずらがなされることと、お化けを倒せばいたずらされた状態が解除されることが示されていた。
バロンの怒りは罪のない寝台ではなくお化けにぶつけてもらおうと思う。
イベントの内容を記した文章にはお化けが何なのか明記されていなかったが、お化けと言ったらモンスターだろうということで当面の生贄としてモンスターを挙げておく。
しばらくバロンに虐殺されるモンスターたちには申し訳ないけれど、寝台と縮こまりながら私の服の裾を嚙みしめているアイギスのために尊い犠牲になってください。南無。
そんな訳で私たちは東の草原に来ています。
草原について早々、バロンは近くいたモンスターを殴りつけて光の粒子とした。
モンスターの種類を確認する前に行われた犯行だったため、犠牲者が
悲鳴を上げる間もなく散っていったモンスターを黄金の瞳で観察したバロンは、適当にモンスターを倒しただけでは元の姿に戻れないのだと悟ったようで、何時ものような通り魔的犯行をする様子もなく、静かに草原のモンスターたちを見つめている。
そのやけに凪いだ瞳から逃れるように視線をモンスターたちへと移すと、視界には丸すぎてもはや玉のようにしか見えないデフォルメされた
ウサギの下ではギザギザとしたタルト生地がこんがりとした焼き色で美味しそうだ。
ハロウィンだもんね。さっそくお菓子要素を発見して嬉しさに頬が緩む。
きっとあの縫いぐるみうさちゃんタルトを倒したら本物のタルトが手に入るのだろう。
南瓜のタルト早く食べたい。
観察の体勢から狩猟の態勢へと移行したバロンがウサギに向かって走り出し、勢いのままに体当たりをくらわせる。
ウサギは悲鳴と共に消えていき、私のポーチにはイベント期間限定のドロップ品が収納される。
アイテム名は「うさちゃんぬい」。丸くて可愛いウサギの縫いぐるみだ。ぴょこんと立ったお耳がそーキュート。
「っお菓子は!?」
てっきりタルトが手に入ると思っていたのに予想外にも縫いぐるみで非常にがっかりだ。
ストラップにもなりそうな大きさのウサギの縫いぐるみは可愛いけれど食べられないものに用はない。
次に期待しようと視線を向けた先には
こちらもデフォルメにより大変可愛らしくなっている。ちょこんと座った台座はカップケーキ。
紫色の包装紙に包まれた黄金色の焼き菓子の上にお座りした
ドロップ品はカップケーキだろうか。お腹が空いたよー。早く食べたいよー。
『……コレではないのか』
ウサギを倒しても己が元の姿に戻らぬことを確認したバロンが今度は私が見つめる
異変に気が付いた
バロンさん、格好いい。凄腕の狩人みたい。見た目は超絶可愛いけど強さはラスボス級だ。
『コレでもないか…次!』
私の思いに同調するようにバロンは次の獲物に視線を移す。
視線の先にはアイフル犬。こちらもデフォルメ済みだ。愛らしい犬の縫いぐるみが如何にもといった感じの飴に上に乗っている。
両脇をくるくると捻って包装してあるタイプの大きな飴だ。包装紙の色は橙色と黒。
中身の飴は何色だろうか。ハロウィンらしい飴の味って何?
私が包装紙の中身に思いを馳せている間にバロンの魔の手にかかったアイフル犬は「わんちゃんぬい」をドロップした。
とっても可愛いわんこの縫いぐるみだよ。でも、今は。
「お菓子をよこせーーーーー!?」
『我の美脚を返せーーーーー!?』
「っきゅ!?」
突然叫びだした私たちに驚いたアイギスが私の頭上から転がり落ちて大きな瞳をさらに大きくして見上げてくる。ごめん。
拾い上げてもう一度頭に乗せなおす間に駆けだしたバロンが黍嵐のように吹き荒れて草原のモンスターたちをなぎ倒していく。
「バローーン!お願いだから他の探索者の邪魔はしないでねーーーーー!」
広大なフィールドの中でわざわざ街のすぐそばを選んで狩場とする探索者は少ないとはいえいないわけではないため、そういった探索者たちの獲物を横取りしてしまったり、間違って探索者とぶつかってしまったりしたら大変なことになる。
事故が起こらないようにバロンに注意喚起をした声が届いたのか、バロンは器用に探索者や探索者と相対するモンスターを避けて走り回っている。
一安心して他の探索者の様子を観察してみれば、皆が私たちと同じようにデフォルメ三頭身にされたわけではないらしい。
あそこの人とか縮むどころか伸びてるし。いや、でも、あれは伸びているのか?
あっちの人は劇画風に大変身しているようだ。元はおそらくさわやかイケメンだったと思われる風貌がとんでもないことになっている。
その隣にはスキンヘッドの強面お兄さんが少女漫画のようなきらきらとしたおめめで薔薇を背負っている。
あのお兄さんには背景の薔薇より背中の入れ墨桜の方が似合うと思うんだけどなー。
ああいった配役ミスが起こることを考えれば、デフォルメで愛らしさアップしたうちの子たちは良い方なのではないだろうか。
一緒に私の背も縮んだのは不満だけれど、大きなお顔に大きなおめめ、短い手足のバロンもアイギスも破壊力抜群な可愛らしさだし、ハロウィンって良い文化だよね。
ついでにお菓子も手に入れば言うことなしなのだが、縫いぐるみを集めたら貰えるのだろうか。私気になります。
「…ところでアイギスの頭皮マッサージはいつ終わるの?」
頭上で震え続けるアイギスへ聞いてみたけれど無言で髪の毛をはむはむされただけだった。食べないでー。
バロンの八つ当たりも当分終わりそうになければ、アイギスの恐怖心も当分去りそうにない。
諦めてハロウィンに食べたいお菓子を挙げる遊びでもしようかな。
キャンディー、マフィンにチョコレート、まだ見ぬお菓子に思いを巡らせたその後、バロンの破壊衝動が収まった
西のモンスターは鳥系の羽が生えた南瓜プリンと少し小さい羽の生えた紫色のゼリーもいたけれど、倒してもお菓子をドロップしてはくれなかったし、バロンの姿も元には戻らなかった。
縫いぐるみもいっぱい集めたけれど手に入ったのはハロウィン限定コスチューム(首輪嫌いの従魔でも着けられる着心地感ゼロの優れもの)だった。
コスチュームによって天使と悪魔な使い魔と魔女っ娘に変装したけれどお菓子は得られなかった。
ついでにバロンの容姿も元に戻らなかった。
私たちはハロウィン期間中、お化けとお菓子を探し歩いたけれど、影も形もなく、ヒントすら入手できずに終わり、私とバロンの機嫌は急降下した。
私の頭上ではアイギスが頭皮マッサージ機と化し、「ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッ」とバイブレーションを発し続けていた。
そうして南瓜プリンもタルトもモンブランもカップケーキもない、甘くないハロウィンイベントは過ぎ去っていったのだった。
誰かお菓子をください。
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