第12話 「甘酒づくり」
ブタノスケは木造の小さなブタ小屋の家に戻ると、鍋にトンベイさんの田んぼのお米と、たっぷりのトントン泉の水を入れて、鍋に火をつけました。しばらくすると鍋の水が沸騰してきたので火を弱めました。40分もするとお米がやわらかくなってきたので火を止めて鍋を濡れ布巾の上にのせてから鍋の中をゆっくりとヘラでかき回しました。それからブタイケ屋で貰った米麹を入れました。
「あっ、しまった温度計で温度を計っていなかった」
ブタノスケは家中、温度計を探しまわりました。すると壁に温度計がかかっているではありませんか。しかし、この室温を計る温度計にはメモリが50度までしかありません。
そこでブタノスケは急いでブタイケ屋に向かいました。
「こんにちは」
「いらっしゃい、ブタノスケくんか」
ブタイケ屋の主人のイケブタさんが出てきました。
「お願いがあるんです。温度計を貸してくれませんか」
「なにに使うんだい」
「甘酒をつくるのに使うんです」
「それならこれを使うといい。ちょうど余っていたやつだから持って行っていいよ」
「イケブタさん、ありがとうございます」
ブタノスケは急いで家に戻り、鍋の中に温度計を差し込みました。
「あっ、34度しかない!」
急いで鍋を火に戻し温めました。
「今度は83度もあるよ!」
今度は急いで火を消して鍋を濡れ布巾の上にのせてヘラで鍋の中をかき回しました。
「よかった、60度になったよ」
それから鍋を湯煎にかけながら、鍋の中をゆっくりとヘラでかき回しつづけました。
少ししてから温度計で温度を確認すると64度まで上がっていたので湯煎の火を止めました。
「しばらく、そのままにした方がいいね」
窓の外を見ると、もう空は真っ暗になっていて少しだけ欠けた月が穏やかな海をうっすらと照らしていました。ブタノスケは少し疲れてきたので椅子に腰掛けることにしました。
鳥たちの明るい鳴き声が聞こえてきました。ブタノスケがハッとして気がつくと窓の外は明るくなり、真っ白い光の太陽が青空の一番高い所までのぼり詰めていたところでした。
「あっ、しまった」
鍋に温度計を入れると18度しかありません。ブタノスケは鍋の中のものをスプーンで一杯だけすくって飲んでみました。
「うへっ、まずい!」
すっぱいような、にがいような変な味がしました。ブタノスケは急いで庭に穴を掘って鍋の中のものを埋めてしまいました。
それからブタノスケは、クロトンさんが甘酒の作り方を教えてくれたときのことを思い出しながら、甘酒作りの手順を紙に書き留めることにしました。
「僕はバカだなぁ、そもそもお米を一晩水に浸していないじゃないか」
甘酒の作り方を細かく紙に書き留めたあと、ブタノスケは鍋にお米と、たっぷりの水を入れました。
「よし明日の朝から甘酒づくりをはじめよう」
ブタノスケは、その日はもうベッドに入って寝ることにしました。
次の日の朝、ブタノスケは早起きをして鍋に火をつけて甘酒づくりを始めました。次第に鍋の水が沸騰してきたので火を弱めました。それから40分もすると米がやらかくなってきたので火を止めて鍋を火からおろして鍋の中をヘラでゆっくりとかき回しました。
「64度だ!」温度を確認してから米麹を入れて再度ゆっくりとかき回しました。次に鍋を湯煎にかけて温度を確認します。それから何度も何度も鍋の中の温度を確認しながら湯煎の火を付けたり消したりを繰り返しました。それから午後の3時過ぎまで同じ作業を繰り返しました。
「なんだかクロトンさんがつくった甘酒みたいな良い感じになってきたぞ」
ブタノスケは鍋の中の甘酒をスプーンですくって飲んでみました。甘酒を口の中に入れると、ほんのりした甘い香りが、ふわっと口のなかで広がりました。
「この味だ!」
ブタノスケは甘酒を魔法瓶に入れてトン次郎兄さんの入院している病院に急ぎました。
病室に入るとトン次郎兄さんはスヤスヤと眠っているようでした。
「ブタノスケくん、こんにちは」
「あっ、ブタサキ先生こんにちは」
「いまやっと落ち着いたところなんだ。さっきまでトン次郎くん、とても苦しんでいたんだ」
「そうなんですか。食欲はありますか」
「それが今日の朝の食事の時間も、お昼の時間も出されたお粥を吐き出してしまったんだ」「それで兄さんの体は大丈夫なんですか」
「正直なところ、本当に難しい状態なんだ。せめて食欲だけでも戻ってきて欲しいところなんだ」
「今日は甘酒を作ってきたんです」
「甘酒かぁ、飲めるかなぁ?」
「先生、甘酒も飲めそうにありませんか」
「今日は難しいかもしれないな」
するとベッドの方から、小さな、うなるような声が聞こえてきました。
「ブタノスケ・・・来てくれたのか」
「トン次郎兄さん、気がついたの?」
「ああ・・・」
「トン次郎兄さん、僕、甘酒を作ってきたんだけど飲んでみる」
するとトン次郎兄さんは無言でうなずきました。
ブタノスケは魔法瓶の甘酒をカップに移しスプーンで一杯すくってトン次郎兄さんの口元に持っていきました。そのままトン次郎兄さんはスプーンを口に入れました。
するとトン次郎兄さんは目をつぶったまま涙を流しました。
「ブタノスケ、これ、うまいよ」
ブタサキ先生が少し驚いた顔をしました。
「まともに口から食べ物を食べたのは二週間ぶりじゃないか!」
ブタノスケの眼からも涙がこぼれ落ちました。
新型コブタ・ウイルスをめぐる冒険 笹胆 竜之介(ささぎも りんのすけ) @sasagimo
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