第10話 トンベイさんの田んぼのお米
次の日、ブタノスケはブタムラ医院のブタムラ先生と、トンベイさんの田んぼに来ていました。緑の山と森に囲まれた水田には若草色をした少しだけ大きくなった苗が風に揺られていました。
水田の透き通った水では小さなオタマジャクシやカブトエビが泳いでいます。水田と水田の間のあぜ道をブタムラ先生とブタノスケは、ゆっくりと風を感じながら歩いていきました。
茶色い木造の建物と、土壁に覆われた建物が並んで建っているのが見えてきました。
「トンベイさ〜ん」とブタムラ先生が手を振ると、麦わら帽子をかぶった小柄なブタが手を振り返してきました。
「どうも、どうもブタムラ先生、ごブタさしております」
「トンベイさん、いつも美味しいお米をありがとう」
「僕はブタノスケといいます」
「きみがブタノスケくんか。ブタムラ先生から話は聞いているよ」
それからトンベイさんは土壁の倉庫に案内してくれました。倉庫の中には沢山の袋が積み上げられていました。
「ブタノスケくん、こんな米があるんだけんど、これをどう思うかね」
見せられた木の箱の米には少し黒っぽい斑点のある米が混ざっていました。
「この米は、若いうちにカメムシに少しだけ吸われちまったおかげで少し黒っぽい斑点があるんだけど、味も栄養も一等米と何も変わらないんだな。だけど、この斑点のせいで売り物にならないんだ」
それからトンベイさんは、おにぎりをブタノスケとブタムラ先生に手渡しました。
「これは中に何も具の入っていない、ただの塩おにぎりだ。食べてごらん」
そう話をしたトンベイさんは塩おにぎりにかぶりつきました。
「トンベイさん、このおにぎり、すごく美味しいですね」
ブタノスケは口をほうばりながら答えました。
次は倉庫の外に出てきて、トンベイさんは倉庫の入り口の前に置いてある七輪に網をのせて今度は、しっかりと握ったおにぎりをその網の上に載せました。
ブタノスケが七輪に近づくと音のない真っ直ぐなオキビの熱が肌に、じわっと伝わってくるのが分かりました。
「そろそろ良いかな」
トンベイさんが焼きあがった焼きおにぎりに、たっぷりの味噌をつけてブタノスケに手渡しました。ブタノスケが焼きおにぎりを口にすると、香ばしいパリッとした食感と内側のフワッとした食感が口の中で合わさったと思ったら、味噌の甘い枯れたような風味が口の中いっぱいに広がりました。
「もう言葉にならないくらい美味しいです。同じお米でつくったおにぎりなのに、作り方で、こんなに味が変わるんですね」
「うまかっただろう。みんな、さっき見せた黒っぽい斑点のある米をつかっているんだ」
「斑点があっても、なにも問題がないんですね」
「斑点ができないようにするために、へんな薬を田んぼに撒いちまうほうが、よっぽど問題だと思うんだがなぁ」
「そんな薬があるんですか?」
「カメムシを殺す薬だよ。斑点ができると米が売れなくなるから、みんなが薬を撒く気持ちは分かるけど、うちの田んぼでは、そんな薬は使わない」
「へぇ〜、そうなんですか」
「それと、この味噌も、うちで寝かして作った味噌だが、この味噌につかっている米麹は味噌屋のブタイケ屋のものをつかっているんだ」
「味噌屋のブタイケ屋の米麹ですか」
「そう、ブタイケ屋の米麹なんだ。その米麹をつくるときに使っているのが、実はこの斑点のついた米なんだ」
「なるほど、そういう使い方ができるんですね」
「いつもブタイケ屋に、安く米を買い叩かれちまうけどね」
「安く買い叩くなんて、ひどいですね」
「でも、その分米麹を特別に安く分けてもらっているんだけどね」
「それとトンベイさん、トントン泉への行き方を知りたいんですが教えてもらえますか」
「トントン泉だったらブタムラ先生も知っているんじゃないかな」
「ブタノスケくん、トントン泉の場所は私も知っているから、このあと案内するよ」
「そうですか」
するとトンベイさんがリヤカーを引っ張ってきました。
「いいからブタノスケくん、この米と桶を持ってけ、リヤカーも自由に使ってくれ!」
トンベイさんは20リットルぐらいの水が入る桶と10キロの米の入った袋を用意してくれました。
「トンベイさん、ありがとうございます」
「こんな米で良かったら、また、いつでも取りに来てくれ」
それからブタノスケとブタムラ先生はリヤカーを曳きながらトントン泉に向かいました。トンベイさんの田んぼからトントン泉は思いのほか近く、すぐに到着しました。
森の木に囲まれたトントン泉は直径約3メートルぐらいの大きさの泉で、泉の真ん中あたりから水が、こんこんと湧き出ているのが分かります。ブタノスケが泉の水を手ですくって飲んでみました。
「ブタムラ先生、冷たくて美味しい水ですね」
「この美味しい水がトンベイさんの田んぼのお米の美味しさの秘密だろうね」
泉の水を桶いっぱいに入れて、ブタノスケとブタムラ先生は商店街の方に通じる道をリヤカーを曳きながら歩いて行きました。
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