第7話 薬草づくりの名人

それから一週間ほどの間、シロトン先生の病院で療養したおかげでブタノスケは、たいぶ傷も癒えてきて、あたりを動き回れるようになっていました。

「ブタノスケくん!そろそろブタクロ島に行ってみるかね」

「はい!ぜひ案内してください」

小さなイカダで30分ほど波に揺られていると、ぽっかりとしたドーム型の山のある緑色の島が見えてきました。

「あれがブタクロ島じゃ。山のふもとに、私の従兄弟のクロトンが住んでいるのじゃ」

「あの島がブタクロ島ですか。とても小さな島なんですね」


島に着くと、木の桟橋の先の方で1匹の灰色のブタが釣りをしている姿が見えました。

「お〜い!クロトン!」とシロトン先生が叫びました。

すると釣りをしていた灰色のブタが軽く手を振りました。

「はじめまして!ぼくはブタノスケといいます。大ブタ島からやってきました」

「そうか、きみがブタノスケくんか。私が薬草づくりをしているクロトンだ。きみの話はシロトンからきいておる。立ち話もなんだから、私の家でお茶でも飲みながら話そうじゃないか」

「はい。ありがとうございます」

山の方へ向かう道を歩いて行くと茅葺屋根の建物が見えてきました。

「あれが私の家だ」

建物の中に入ると、うっすらと薬草の混じりあった香りがしてきました。壁側には沢山の引き出しがある赤茶色をした箪笥のような家具が並んでいました。また窓際には様々な乾いた植物が吊るされています。

クロトンさんは黒い焼物のお椀に明るくさわやかな緑色の抹茶を点ててくれました。

「まあ、一服この抹茶でも飲んでくれ」

「うわ〜、本当に美味しい抹茶ですね」

「春一番の若い茶葉だけでつくった抹茶だからね」

「クロトン先生、お願いがあります」

「その『先生』というのは、やめてくれないか」

「なんでですか」

「私は先生でもなんでもないのだ」

「でもクロトンさんは、有名な薬草作りの名人だと聞いています」

「いや私には、本当に病気を治せる薬なんてものはつくれないのだ」

「じゃあ、この沢山の薬草はなんのためのものですか?」

「これはみんな自転車の補助輪やビート板みたいなものなのだ」

「えっ?どういうことですか?」

「ブタノスケくんは、本当は世界で一番よく効く薬を、すでに持っているということだ」

「ますます分かりません」

「ブタノスケくんは、もうブタノスケくんだけの薬を持っているのだ。『それを大切にしなさい』ということだ」

「よく分かりません。ぼくは兄さんのための薬草が欲しくて、ここまできたんです。まだ、ぼくは薬を手に入れていません。それなのに、ぼくだけの薬なんてことを言われても困ります」

「君の兄さんの話は、もうシロトンから聞いておる」

「クロトンさん、知っているなら変なことを言わないで、僕の兄さんのために薬をつくってください。お願いします」

するとシロトン先生が、抹茶をグイッと飲み干して黒のお椀を床に置いてから話し始めました。

「クロトン、大ブタ島から来たブタノスケくんに、そんな公案みたいな話をしても、なかなか理解してくれないと思うよ」

「ハッハッハ、その通りかもしれないな!」

「えっ、どういうことですか?」

「私は長年この島で医者をやっておるが、つねづね医者というものは山のガイドみたいなものだと思っているんだ。例えば、山のガイドは険しい山に登ろうとしている人に、地図を見せながらアドバイスをしたり実際に山道で道案内をするだろ。本当に良い山のガイドというものは必要以上にアドバイスをしないものなんだ。ブタノスケくん、なんでだと思うかね?」

「分かりません」

「山登りというものは結局は『本人の足で登る』ことが大事なんだ。山のガイドは本人が間違った方向に行かないように本当に必要な時にだけアドバイスをして、後はただ見守るだけで良いのだ。むしろその方が上手くいくものなんだよ」

「シロトン先生、ますます分からなくなってきました」

するとクロトンさんが残った抹茶をグイッと飲み干してから話し始めました。

「ハッハッハ、そんな難しい話をしても大ブタ島から来たブタノスケくんには分からないと思うな」

「えっクロトンさん、どういう事ですか?」

「要するに、本当に病気を治すのは自分自身の体であって、医師や薬は、ちょっとだけ、そのお手伝いをしているだけだと言うことだ」

「え〜!それじゃあ、この島には兄さんを助ける薬はないということですか?」

するとブタノスケは大声で泣き出してしまいました。その泣いているブタノスケの姿をシロトン先生とクロトンさんは、ずっと見守っていました。

それからブタノスケは一時間ほど泣き続けました。そしてブタノスケのお腹が「グゥ」となりました。

「ブタノスケくん、お腹が空いただろう」

クロトンさんが木のお椀をブタノスケに差し出しました。お椀の中には白っぽいツブツブのある液体が入っていました。ブタノスケが木のスプーンですくって一口、口の中に入れると、ほんのり甘い香りが口のなかで広がりました。

「クロトンさん、とても美味しいですね」

「美味しい甘酒だろう。昆虫がいっぱいいる綺麗な水の田んぼでつくった玄米の甘酒なんだよ」

「普通の甘酒と、ぜんぜん違うんですね」

「本当は、こっちの方が本来の甘酒の味なんだ」

「こんな美味しい甘酒だったら、僕の兄さんにも飲ませてあげたいですね」

「それなら飲ませてあげなさい」

「この甘酒、持って帰ることができるのですか?」

「まあ、持って帰るのは無理だろう。大ブタ島に着く頃には、味が変わってしまって飲めなくなってしまっているだろう」

「それじゃあ、兄さんに飲ませてあげられないじゃないですか」

「ブタノスケくん、きみがつくるんだよ」

「えっ、ぼくに、こんな美味しい甘酒、つくれますか?」

「もちろんだとも。すぐに、つくれるようになる。それでは甘酒の作り方をおしえるから、覚えてかえりなさい」

「はい」


それからブタノスケはクロトンさんの家の台所に行くと、テーブルの上に「玄米」と「米麹」がのせてあることに気がつきました。

「材料は、玄米と米麹、そして水の3つだけだ。この3つ以外のものを入れてはいけないよ」

クロトンさんは玄米と、たっぷりの水の入った大きな鍋を火にかけました。

「この玄米は一晩水に浸したものだ」

水が沸騰してきたら、クロトンさんは火を弱めました。

「これを弱火で40分ぐらいかけるんだ」

それから40分ぐらいしてからクロトンさんは火を止めました。そして鍋を濡れた布巾の上にのせてからヘラと温度計を取り出しました。

「ここからは温度が大事なんだ。まずはヘラでかき回しながら60度ぐらいまで温度をさげる」

クロトンさんがヘラでかき回しながら温度を確認しました。

「60度ぐらいになったら米麹を入れて、よくかき回したら湯煎にかけて、火加減を調整しながら温度が60度前後のままの状態を8時間から9時間ぐらい保つんだ。米麹を入れた後は絶対に65度を越えることがあってはいけないよ」


それから8時間もすると、さっきのと同じ味の美味しい甘酒ができあがりました。

「ブタノスケくん、そんなに難しくないだろ?」

「そうですね。ぼくにも作れそうな気がしてきました」

「材料が大事なんだ。大ブタ島に帰ったら、まずはブタサワの森にあるトントン泉に行きなさい。そこの泉からは綺麗な湧き水がつねに湧き出ているから、その水を甘酒づくりに使いなさい。そして泉から西に向かって1キロぐらい離れた場所に、トンベイさんの田んぼがある。そのトンベイさんから玄米を分けてもらいなさい。それから大ブタ島にはブタイケ屋という味噌屋さんがあるから、そこで米麹を分けてもらいなさい。あとはブタノスケくんの腕次第だ」

「クロトンさん、ありがとうございました。大ブタ島に帰ったら甘酒を教わった通りに作って兄さんにも飲ませてあげたいと思います」

「お兄さんによろしくね。もう変な薬に頼ってはいけないよ、と伝えておいてくれ。それとだ」

「はい」

「もしお兄さんの体調が少し良くなってきたら、トンベイさんの玄米とブタイケ屋の味噌で焼きおにぎりを作って食べさせると良いかもしれないね。食べ物を『よく噛む』ということも、とても大切なことなんだ」

「はい、分かりました。焼きおにぎりも作ってみます」

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