第6話無意味な放課後


「これより、ともちゃん復活の儀式を行います」


 私は包帯などで作った即席の大幣(おおぬさ)、つまり神社などで見かける白いヒラヒラのついた棒を、保健室のベッドで横になっているともちゃんの鼻先へと持っていった。


「んむぅ、くすぐったい。起きてるからやめてよ広井さん」

「なら、儀式を簡略化します」


 私は白いヒラヒラを翻し、棒の部分をともちゃんの脇腹にねじ込ませた。


「ぐぇ、どうしてこんな意地悪するの……」

「体調不良を理由に午後の授業まるまるサボったくせに」

「えへへ」


 ともちゃんはバツが悪そうに笑ってみせた。


「体はもう平気?」

「うん。広井さんに暴力を振るわれた脇腹以外は」

「それはよかった。ともちゃんお昼まだでしょ?菓子パン買ってあるよ」

「わあ、ありがとう」


 ともちゃんは体を起こして私からパンを受け取ると、目を細めながらかぷりついた。


「おいし?」

「美味しいよ。脇腹が痛いけど」

「しつこいね」

「そうだ、あれやってよ。なんたらヒールみたいなやつ」


 彼女は茶化したようにそう言った。


「あぁ、あれね。もうやめたの」

「どうして?また、主人公が他の女の子とくっついちゃったの?」

「そういうわけじゃないよ。主人公は聖女さんとラブラブだし」


 聖女さん、というのは私が今ハマっている、ファンタジー小説に出てくるメインヒロインの女の子だ。彼女は見目麗しく、回復魔法に長け、主人公率いる冒険者パーティの一員として同行している。


「ともちゃん、私が貸した小説ちゃんと読んでないでしょ」

「だってぇ、あれ男子向けのお話じゃない?主人公の男の子がモテモテだし」

「私は聖女さんに感情移入してるから。私が聖女さん」

「じゃあ、癒しの力を使ってみてよ」

「聖なる癒しの精霊たちよ。この者を癒したもーれ、アモーレ、雨漏れ」

「てきとうだよぅ……」


 私の回復魔法のおかげでともちゃんがベッドから這い出てきたところで、保健室の扉がノックされた。


「やあ、広井さん。君も来ていたんだね」

「あれ、どうしたの伊勢くん。具合でも悪いの?」

「いや、その……友杉さんの体調はどうかなと思ってね。午前の時間が終わったあとずっと見かけなかったから」


 む、わざわざともちゃんのお見舞いに来たわけか。


「心配してくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ」

「えっと……よかった、ね」


 ともちゃんの人当たりの良いにこやかな笑みを向けられて、伊勢くんはほんのりと赤面していた。

 なんだろうこの空気。話題を変えてやろう。


「そういえば伊勢くん。体力測定の結果はどうだった?」

「あぁ、こんな感じだよ」


 伊勢くんが鞄から取り出した記録用紙を見てみると、


「全部私に負けてるじゃないですか……」

「え、本当かい?君のも見せておくれよ」

「ほら」

「…………これはおかしいよ。君は本当に女の子かい?」


 失礼な。


「あ、でも、僕が勝っている項目もちゃんとあるじゃないか」

「あー、うん……」


 その項目は実際には測ってなくて、かなり控えめに適当な数字を入れたところなんだよね……


「伊勢くんはあんまり運動は得意じゃないんだね」


 そう言いながら、一緒に記録用紙を覗き込むともちゃん。


「……あまり見ないでほしい。恥ずかしいよ」

「ふふ、私もちょっと走っただけでバテちゃったから。お揃いだね」

「……!そう、だね」


 ともちゃんは結構気を使ったことを言うことが多いし、深い意味はない、と思う。

 でもなんだか、またいい感じの雰囲気になっているような気がする。

 ……私もしかしてあれかな。邪魔かな。この場からそっと消えて、一人で帰宅した方がいいだろうか。

 いや、そんな負けヒロインみたいな思考じゃダメだ。私こそがメインヒロイン。邪魔者は彼ら。なんとかして彼らを追い出し、この保健室を独占する方法を……考えついたところで何も解決しないからやめておこう。


「──君はどうだい?」

「え?何が?」


 くだらないことを考えていたせいで、伊勢くんに何を聞かれたのかが分からなかった。


「だからね、今から雨乞い師を探しに行こうと思うんだ」


 聞いてもよく分からなかった。体力測定の話はどこへいったの。


「もしかして、今朝先生が仰っていた不審者の事?」

「そうだよ」

「そんなの探し出してどうするの」

「どうするってわけじゃない。面白そうだし、気になるじゃないか」


 伊勢くんて、意外と好奇心旺盛なのね。


「ともちゃんも行くの?」

「え、いや、私は部活があるから……」


 部活あるのが嘘ってわけじゃないんだろうけど、普通に不審者探索が嫌みたいだ。

 正直、私もあまり行きたくない。そもそも雨乞い師なんて存在しないし。


「私はどうしようかな……」

「無理にとは言わないよ」

「……ま、いっか。暇だし私も付き合うよ」


 昨日、一緒に遊ぶ約束もしたし、何より伊勢くんと二人きりだ。



 青空の、流れる雲に逆らって。

 帰路に着く学徒達の噂話の主題は明らかに私達であり、しかしながらその目次までは聞き取れず、後方に捨て置いた後ろめたさから彼の横顔を見上げた私だった。

 学校では割と有名人の私が、男の子と二人きりで歩いてたら流石に目立つかな。今までそういうのしたことなかったし。

 私は伊勢くんと噂になっても嫌なんかじゃないけど、彼はどう思うんだろう。

 まるで私の疑問に答えてくれるかのようなタイミングで、彼が口を開いた。


「ヨ〜ロレインヒー」


 なにも考えてないなこいつ。


「い、いきなりなんなの」

「ん?これかい。これは僕の世界のおまじないさ。かつて、大干ばつから世界を救ってくれた英雄を呼ぶためのね。まぁ、昔話の伝承でしかないけれど」

「そ、そうなんだ……」


 てっきり、突然頭がおかしくなったのかと思ったよ。


「天候を操るなんて凄いことだよ。是非ともこの世界の雨乞い師に会ってみたい」

「魔法で雨を降らしたりって出来ないの?」

「聞いたことがないね。スキルに関しては天候に影響を与えるものもあったようだけれど、相当に珍しいみたいだ。少なくとも、使えた人間は皆歴史に名を刻んでいる」

「そこまですごいものなんだ」


 確かに天候を操れるのなら、飢餓も水害も無くなるわけだし、人々から崇められるのも納得かも。

 しかし実際のところ、そんなすごい人間がこの世界にいるわけもなく。不審者情報も勘違いの産物でしかない。

 伊勢くんに教えた方がいいかな。でも、そうしたら彼がっかりするかも。なんとなくはぐらかせないかな。


「あ、伊勢くん」

「なんだい?」

「ここのお店で新作のスイーツ出してるみたい。見てこれ、ジュエリーデラックスパフェだって。すっごい綺麗。ねえ、寄ってみようよ」

「いや、そんなことをしていたら日が暮れてしまう。君は真面目に探す気があるのかい?」


 ないよ。伊勢くんと放課後デートしたいだけだよ。


「ちょっとくらいいいじゃない。えーと、本日のおすすめは、パフェとモヒカン…………パフェとモヒカン?!」


 なんでパフェとモヒカンが同列なの。意味が分からないよ。


「そこ、髪を切る所のようだよ」

「え、あ、ほんとだ」


 窓ガラス越しに店内を覗いてみると、ハサミを持った中年男性が、椅子に座ったお客さんらしき男の子の頭を、あれよあれよというまにモヒカン型にしてしまった。

 うわ、今時あんなトサカみたいなモヒカン頭にしたがる人もいるんだなぁ。と思ったら、鏡越しに見えた男の子は、全てを諦めたような表情で涙目になっていた。

 ……お任せで頼んだのかな。かわいそうに。


「そうだ、二手に分かれて探すことにしよう。その方が効率がいいからね。僕は向こうの通りを探してくるよ」

「え、あの……」

「また後で六時頃にここへ集合しよう。それじゃ」


 彼は片手を上げてそのまま走り去っていった。


「置いてかれた……」


 既に小さくなりつつある伊勢くんの背中に、ついた嘆息が届くことはなく、そしてやることもない。

 このままその辺の喫茶店で時間を潰していようかな。そこで、雨乞い師との胸踊るような嘘話を練り上げて、私と共に行動しなかったことを後悔させてやろう。

 伊勢くんてどんな話にワクワクするのかな。

 裏路地を探索中に突然不審な男が現れて、雨を降らせる奇跡を起こしたとか言っておけばいいかな。でもそれだけだとインパクトに欠けるから、ウォーターカッターとか水の壁を創り上げる能力を使える設定にしたら喜ぶかも。

 ……いや、よく考えたら、それ私が喜ぶ設定だわ。そんな人間がいるなら私の方が会ってみたい。伊勢くん、スキルでそういうこと出来たりしないかな。


「絵衣葉さんじゃないですか。一人ですか?」


 顔を上げると、そこにはボサついた髪に手ぐしを通しているの背の高い女の子が立っていた。


「あ、永瀬さん奇遇だね」


 昨日一緒に過ごしてから、彼女は私のことを下の名前で呼ぶようになっていた。


「私も名前で呼んでもらっていいですよ」

「あー、そうだよね」


 こうやって初々しく名前を呼び合って、一人の友人と仲を深めていくのってなんだか久しぶりかもしれない。

 中学に上がってからは、友達といってもグループ単位の付き合いがほとんどだったし、そのグループごとになんとなくお互いの呼び方が決まっていて、例えば愛称だったり下の名前だったりで、みんなが呼ぶからそう呼ぶ。みんなが仲良くしてるから私も仲良くするといった感じで、周囲の顔色をうかがう友達付き合いが少なくなかった。

 思えば、私は黙っていても周りの人間がいつも友達に誘ってくれていたし、そういう意味でも、自分から声をかけたのは久しぶりだった。

 ところで、永瀬さんの下の名前忘れた。

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