第5話スキルは強い?


「まぁ、ほどほどに頑張るよ」


 伊勢くんは軽く肩を回してから、めくれた半袖体操服の袖を引っ張り直した。


「それじゃダメだよ。『やれやれ、ちょっと力を入れただけで、3600mを記録してしまったよ』とか言ってほしいの」


 ラノベ主人公のように。


「白線で書かれているのは120mまでのようだけど、どうやって三百倍もの距離を計測するんだい?」


 三十倍ですよ伊勢くん。


「そこはほら、スキル的なあれで」

「そんなスキル持っていないよ」

「あ、じゃあ魔法ならどう?」

「僕は使えないんだ。そもそも、僕でなくともこの世界で魔法を使うのは難しいだろうけどね」


 よく分からないけど、こっちの世界では空気中に含まれる魔力の量が薄いみたいなそういう話だろうか。


「えー、そうなんだ……。伊勢くんがボールを吹っ飛ばすところ見たかったのに」

「それに関しては、出来ないこともないけれど」

「え、ほんとに!」

「でもそんなことをしたら、ここの人達には不審がられるんじゃないのかい?」


 そういえば、伊勢くんはあまり目立ちたくないみたいなことを言っていたっけ。

 仕方がないか。何事も無理強いはよくない。


「ちょっとくらいなら平気だよ。向こうの120mのライン超えたら合格だから」

「え、あれってそういうものだったのか。でも君、60mだった舞沢くんを褒めていなかったかい」

「あぁ、あれね。ピッタリ半分はスゴイで賞って意味だから。記録としては、半分なんて凡人以下だよ」


 ごめんなさい舞沢くん。後で、暮らしに役立つ、ピッタリ賞の記念品を送らせていただきます。


「うぅんと、それなら…………あ、『弾道投擲(バリスティックシューター)』を使おう」

「どんなスキル?」

「投げる力を飛躍的に上げる能力さ。こんな風にね」


 彼はボールを掌の上にのせ、ほとんど手首の返しだけでボールを投げた。

 その程度の動作でも、スキルを使えば問題ないのだろう。

 ものすごい勢いで飛んでいった。

 伊勢くんが反対方へと。


「…………は?」


 直後、グラウンド端の方から、とっ散らかったような衝撃音が聞こえてきた。

 投げたはずのボールはというと、投擲位置の白線サークル内で転々としている。


「え、えぇ?!」


 何がなにやら。

 私、今の会話聞き間違いしたかな。確かに伊勢くんは、投げる力を上げるって言ったよね。もしくは、「と思ったけど投げるのはやめだ。広井さんが可愛すぎて、僕ぶっ飛んじゃうよベイベー!」というセリフを聞き逃したのかもしれない。そんなわけあるか。

 とにもかくにも、私は急いで伊勢くんの元へと駆け寄っていった。


「伊勢くん大丈夫?!」


 まるで、飛んできた伊勢くんを虫網でとらえたかのように、グラウンド端を囲っていた金網のフェンスが歪んでいた。


「やれやれ、ちょっと力を入れただけで…………なんて言えばいいんだったかな」

「僕ぶっ飛んじゃうよベイベー!だよ伊勢くん」

「やれやれ、ちょっと力を入れただけで、僕ぶっ飛んじゃうよベイベー」


 よかった、なんか大丈夫そうだ。頭は打ってそうだけど……


「私、遠投であんな真後ろにすっ飛んでいく人間を初めて見たよ……」


 というか、なにが起きたのか理解できない。


「だろうね。『反転制限』のことをすっかり忘れていた」

「なにそれ」

「自分の身体能力を超える力を使おうとすると、力の向きが反転して自分に作用してしまう、常時発動型スキルさ。最近獲得してしまって参っているんだ」

「何ですかそれ……。もはや呪いみたいじゃん」

「言い得て妙だね。実際僕の世界では、スキルという区分がなかった時代はそう呼ばれていたそうだよ」


 スキルって聞いて、勝手に便利でチートなものばかりだと思ってたけど、そうでもないのかな。


「お、おい、なんだこりゃ……」


 騒ぎを目の当たりにして、近くの男子達が集まってきた。

 これはまずいかも。

 皆にどうやって説明したものかと思い悩んでいる最中に、


「……ふぅむ、これはダウンバーストかもしれんの」


 突然、白髪頭に白髭をたくわえ、おまけに白衣を着た眼鏡のお爺さんが割って入ってきた。

 誰なの、このお爺さん。


「あ、専門家の洋一よういちさんだぜ」


 誰。

 というか、何の専門家なの。

 あ、白衣着てるし、他学年の物理教師かな。体力測定の人員として駆り出されたわけか。


「空から吹き降りてくる下降気流が、地面にぶつかることによって、水平に突風を巻き起こしたのだろう」


 なんか聞いたことあるかも。でも、あれって積乱雲が必要じゃなかったっけ。違ったかな。晴れてるけど黙っとこ。


「大丈夫かね。手をかそう」


 お爺さんは、金網に挟まっていた伊勢くんを引っ張り上げた。


「ありがとうございます。えっと、洋一さん」


 伊勢くんはお礼を言って立ち上がると、体操服についた汚れを軽く手ではらった。

 どこかを痛めている様子もなく、奇跡的にかすり傷一つなかったみたいだ。


「こんにちはっす洋一さん。また相談したいことがあるんすけどいいっすか?」

「あ、俺も俺も」

「おい、広井さんの前だぜ」

「俺も聞きたいことがあって」

「やめとけよ、女がいるのに」


 洋一さんとやら。私が知らなかっただけで、他の生徒たちからは結構慕われてるみたいだ。

 ただ、女子がいると困る質問ってのが気になる。

 あれかな、「男の子の日が重くてアレに鈍痛が走るんですけど、どうしたらいいですか」みたいな相談かな。確かに女子がいたら聞き辛いよね。男子(だんし)に男の子の日があるのかは知らないけども。


「この前教えてくれた、エッチな夢を見る方法がなかなか上手く行かなくて……」

「気合が足りんのう」


 想像以上にしょうもなかった。というか、この爺さん何教えてるんだ。


「あ、あの、普通に恋の相談とかもありっすか?!」

「おぉ、若いのう。もちろん、この専門家に任せなさい」


 本当に何の専門家なの。

 この還暦を迎えてそうな爺さんに相談して、成就する恋などあるのか。


「僕も相談していいですか。前の席の女の子が気になっています」

「伊勢くんはダメです」


 質問攻めの輪に加わろうとしている伊勢くんを、私は彼の体操服の裾を引っ張って止めた。


「広井さんじゃなくて、白衣の人にに聞いたんだ」

「洋一先生は忙しそうだから、私に相談してごらん」

「それなら、友杉さんの好みとかを教えてくれないかな。彼女の好きな食べ物ってなんだい?」

「人参」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る