第4話先の不審者情報
別に私は、日頃この担任教師を事細かに観察しているわけではない。しかしながら、ほぼ毎日顔を合わせ、授業中も彼が口を開いている間は、なるべく顔を向けておかなければならないのが生徒の常だ。
彼の首から上にいくつか見受けられる黒子の数こそ記憶してはいないが、微妙な表情の変化から、今日は私達へのお説教、もしくは真面目なお話しが待ち構えていることがうかがい知れた。
「昨日夕方頃、学校近辺で不審者が出たと警察に通報があった」
あ、もしかして私が通報したおじさんのことかな。
「こそこそ不審な動きを見せながら、小さな子供に話しかけていたらしい」
あのおじさんは不審な動き自体はしていなかったと思うし、話しかけられた当の私は小さな子供というわけでもない。そしてなんだか、昨日私が取った行動と酷似しているような気がする。いや、まだわからない。まだ、決定的ではない。
「不審者は『雨は好き?降らせてあげるよ』などと、おかしなことを言って近づいてきたとのことだ」
それ私だわ。
正解は、『飴は好き?二つあげるよ』でした。伝言ゲームかな。
「皆も、不審な雨乞い師には気をつけるように」
『不審な雨乞い師』。このエキセントリックなワードを、今後の人生で再び耳にする機会は訪れるのだろうか。
「それから、今日は体力測定があるが──」
あれ、不審者情報終わり?私が通報したおじさんは?
その後、第二の不審者情報が共有されることもなく、ホームルームは終わってしまった。
これは、あれか。私はおじさんとの不審者バトルに勝ってしまったわけか。
確かに雨乞い師とお菓子をくれるおじさんなら、私の方が不審度高い気はするけども、そもそも私だって本当は、お菓子をくれるだけの女の子だったというのに……
体力測定を真面目に取り組む女子というのは、一体どれくらいいるものなのか。
実際のところは、“真面目に”であればそこまで少ないものでもない。ただ、“本気で”となると、運動部に所属している女子の数に左右されるだろう。
かく言う私も、隣で息を切らせている女の子に走るペースを合わせていた。
「はぁ、はぁ、もう、無理……」
「頑張ろうよともちゃん。後もう少しだよ」
「だって、脇腹が痛いの……。もはや痛いと言うか、鉄の棒ねじ込まれてる気分なの」
「しょうがないなぁ。じゃあ私、ともちゃんがゲボ吐いたから休ませてあげてくださいって、先生に伝えてくるね」
「は、はぁ、や、やめてよ。明日から、陰でゲボ美って呼ばれちゃうよぉ……」
「許せないねそれ。そんなひどいことを言う人がいたら、私正面切って戦うから」
「マッチポンプじみてるよぉ……」
そう言うともちゃんはフラフラで本当にキツそうだ。
「大丈夫?ほら、肩貸すよ」
「あ、ありがとう。でも広井さんの記録が……」
「いいっていいって。保健室行こ」
そもそも、こうなる気がしてともちゃんの隣を走っていたわけだし。
しかし、ともちゃんは体力無いなぁ。一キロも走ってないのにこのへばりようじゃ、運動不足過ぎて心配になるよ。今度、ジョギングにでも連れ出してみようかな。
私達は先生に事情を説明して抜け出し、ともちゃんを保健室のベッドに寝かせてあげた。
先生は、私に関しては持久走のタイムを計り直せと仰っていたけど……
「……面倒だから、残りのやつもまとめて数字ちょろまかしちゃお。あと二、三項目しか残ってないし」
記録用紙に適当な数字を入れてしまえば、後は自由時間だ。
真面目に取り組んでもよかったけれど、私にはやりたいこと、というより観たいものがあった。
男子の体力測定。
いつもはふざけ、おちゃらけて、学校行事は適当にこなす男子達。
今だってそうだ。測定待ちの待機列にいる男の子達は、しっぺ遊びや、くすぐり合いやら、何故か体操服を頭まで被って顔だけ出している人もいる。小学生か。
しかし、そんな彼らでも、いざ測定の時となると目の色が変わる。そこには男のプライドをかけた、本気の挑戦があった。
一人の男子がハンドボールを手に取り、遠投測定を目的とした、扇型に引かれている白線の根本に立った。
「うおらぁっ!!」
気合の入った掛け声と共に投げ放たれたボールは、瞬間的に重力を無視したような挙動を見せながら、飛距離を伸ばしていく。
結果は……
「60m」
「あぁ!もうちょいいくと思ったのに。ちょっと風であおられたな」
遠投で60mってかなりのものだよね。女子の記録上位者の私は25mくらいだったし。さすが野球部のエース舞沢くん。
「舞沢くん、凄いねっ」
「え、あ、ひ、広井さっ──」
「私、遠投であんなに遠くまで投げる人初めて見たよ」
「お、俺、あばふぃ……」
それが彼の最後の言葉だった。彼は白目を剥き、動かなくなった。
「お、おい舞沢、大丈夫かよ」
「舞沢も本望だろ。広井さんによって葬られたのなら」
そこの男子、私が殺したみたいな言い方やめてくださいよ。私は無実ですよ。
舞沢くんは、そのまま他の男子達の手によって何処かへと運ばれていった。
「彼、大丈夫かな」
「あ、伊勢くん。次、伊勢くんの番だよね?」
「そうだよ」
「頑張って!私応援してるから!」
そう。私は何も、罪なき舞沢くんを殺めにきたわけではない。伊勢くんの秘められた力の解放を見たかったのだ。
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