第8話 この世に偶然はないと前提を置き

 シロは侍女と一緒に出歩くような経験をしたことがない。

 背丈も発育も自分よりもちょっと上であるし、実用的な侍女服であるのにも関わらず、フリルなどの装飾が上手くついている。

 慣れれば、動きやすいのだろうか。

「どうかしましたか?」

「ああ失礼、そういう服はじっくりと見る機会がないので。いやそもそも、学生服ならまだしも、スカートを好むような性格ではありませんが」

「お似合いだと思いますよ?」

「ありがとう。でもボクより似合う人を見ると、望んでまで着ようとは思わないんです」

「動きやすい服が好みですか」

「おかげで、男と間違われることもあります。まったく見る目がない」

 住宅街はあまりなく、商業施設が乱立している場所を通り抜けると、その先に冒険者ギルドがあった。

「こちらです、シロ様」

「大きいですね。駐在する冒険者は多いのですか?」

「王国軍がありますが、軍事行動になってしまうので、細かいところは頼っています。そのため、ある程度の人数はいるようです」

「そうでしたか」

 要塞とは言わずとも、随分と堅牢な造りだなと思いながら中に入る。並んでいる様子もなかったので、まずは気にせずに受付へ。

「こんにちは」

「はい、ご用件は何でしょう」

「これを渡すよう頼まれました」

 どうぞと見せれば、まずは封筒の裏にあるサインを確認し、すぐに中身に目を通した。

「――少少お待ちください」

「ええ、構いません」

 休憩中の看板を立ててから、席を外すあたりが教育だろう。

 だから、カウンターに背中を預けるようにして、全体を見渡した。

「おや、どうやら注目されているようですが、どちらかといえばあなたですね」

「侍女服は人気ですから」

 そういう理由ではないと思うが、誤魔化し方としては丁度良いくらいか。

 ざっと見ても、錬度の高い冒険者が三人ほど。うち二人はソロのようだ、できれば手合わせしてみたいものである。

「シロ様は、冒険者なのですか?」

「いえ、違います。なる気はありませんね」

「通用すると思います」

「それが理念と一致したのならば」

 侍女はその言葉に、猫のような人だと印象を受けた。

 自由気ままに、縛られることなく、あちらこちらに移動して――けれど、すぐ違うかと否定する。

 たぶん、彼女は縄張りを持たない。毎日決まったような行動もしないだろうし、他人の縄張りにも足を踏み込む。

 ただ。

 死ぬ時は、誰にも知られずに一人でいなくなりそうだ。

「――お待たせしました。二階へどうぞ」

「わかりました。では行きましょう」

「はい」

 ついて行って良いのかどうか、尋ねる必要がなくなったのは、気遣いだろうか。

 二階は、支部長の部屋だ。


「どうぞ入って」


 作業机に座ったまま、こちらを見るのは女性だった。

「あら、侍女つき」

「案内を頼んだんですよ。ボクがシロです」

「ファズカ王国、ギルド支部長のコーリーよ。紹介状を読んだけど、事実?」

「ボクは読んでないのでわかりません」

「試験に合格したのに、蹴ったって書いてある」

「合格、ですか」

「盗賊の盗伐を単騎で済ませたって? ランクC指定まで考えたって書いてあるけど」

「ボクにとっては簡単だった、それだけの話です。契約書にはサインしませんでしたから、合格はしてないでしょう」

「何故?」

「向こうでも言いましたが、国政に関われない点が気に入らないからですよ。束縛は嫌いなんです」

「……どのくらいファズカ王国に?」

「特に決めていません」

「わかった。じゃあ、出ていく時に挨拶をちょうだい。その時に、次の目的地があればいいし、そうでなくても紹介状を書くから」

「それはまた、ありがたい話ですが」

「こっちにとっても爆弾みたいなものだからね。できれば、ここへ来た理由も知りたいんだけど?」

「書かれていたと推測しますが、状況の流れですよ。ただ……そうですね、聞きたいことはあります」

「なに?」

「十五年前、魔物が発生して戦争のようなものになったと聞きました」

「ええそうね、まだ忘れられていない」

「何があったのか、詳しく知りたいんです。あなたは当時、どうしていましたか」

「報告書じゃなく、当時の目を知りたいのね?」

「記録なら、後でいくらでも調べられますから」

「なるほどね。そういう思考も、冒険者にとっては良いことなんだけど……」

 椅子を出そうかと問われ、シロは否定する。立っているのは慣れているからだ。

「十五年前、私はまだ二十三で、駆け出しってほどじゃないにせよ、ベテランでもない冒険者だった。二年目か、三年目……パーティに恵まれていたから、かなり丁寧にイロハを教わっていた頃ね」

「発生地は、近いのですか」

「一番近い国家は、ここだった。そのあたりは後で調べられるけど」

「続けてください」

「初動は冒険者ね。ただ気付いたのが魔物が移動を始めた頃合いで、その報告が入ってから、ギルドの招集に応じるかたちで、私たちは駆け付けた。もちろんその時には斥候スカウトが調査に出ていたんだけど」

「組織であるがゆえに、ですね。真偽が定かになる前に動けはするものの、個人以外は指示を待つことになる。まあ、それは待たないと混乱するから、というのもありますが」

「あなたなら単独で動く?」

「斥候と同じ動きで前線に行きますよ。それが最低ラインです。それで? 軍が動いたのはいつですか?」

「……ギルドは国と関わらない」

「建前はいいんです。たとえば国から、訓練のために冒険者を貸してくれと言われれば、それは断れる。では一人の軍人がプライベイトで、ギルドにやってきて躰を動かしたいと依頼を出せば断れない。そういう曖昧な部分を見逃すために、それなりの協力関係を築いているのは、ちょっと考えればわかることです」

「そうね」

 そうだけれど、ギルドの支部長があからさまな態度を見せるわけにもいかない。

「ま、当時はね、斥候が情報を持ち帰った時点で、すぐに連絡を入れた――らしいね」

「らしい?」

「軍部の動きからして、初期の時点で情報共有はしてたんだろうってのが、支部長になった今の見解。でもそれは正しくて、冒険者ギルドには街を守る規則があるから、そのためには軍の力を借りることもある。もちろん軍もそれを断れない」

「相手が魔物ならば、それが人為的ではない以上、必要な措置ですね。ボクはそこまで頭が固くないですよ」

「そう。まあ敵対しているわけでもなし、当時としては人数の利がある軍の行動を待つために、少しでも時間を稼ぎつつ、数を減らす――そういう目的で、緊急依頼が張り出された。私たちも受けたし、拒否はほとんどなかったと思う」

 ただ。

 思い出してみれば、自然と視線が落ち、悔しさがにじみ出る。


「現場に出て、――絶望した」


 忘れられない光景だ。今でもたまに夢で見て、飛び起きることがある。

「相手よりも高い位置に陣取るのは、軍でも似たようなことをするけど――私たちが現場で見たのは、ひたすらに黒色が広がっている光景だった。二百以上とは聞いていたけど、たぶん、もっといたはず。魔術師が大規模な攻撃術式を放っても、黒色の一部が欠けるくらいにしか見えなくて、ぞっとした」

「……魔物たちの移動は、きちんと経路が作られていましたか? そう、指揮官が存在しているような」

「当時、現場ではそう感じていた。けれど……あとになって、こちらが攻撃術式を使ったから、敵として認定され、こちらに向かって来たという考えが、一番合っているとも感じたわね」

「もし放置していたら?」

「間違いなく言えるのは、被害が広がっていた。それに、戦技帝せんぎていがいなかったら、私たちも死んでたでしょうね」

「――戦技帝?」

「えっと……これは通称で、本人は名乗らなかったんだけど、軍人でも冒険者でもなく、いわゆる戦闘狂愛者ベルセルクみたいな人でね。たまにうちや、軍部にも顔を出してるけど」

「武芸にとても秀でた方のことですよ。畏怖と尊敬を込めて、そう呼んでいます」

「ありがとう。君が知っているくらいには有名なんですね」

 はいと、侍女は頷いた。

「その人物は?」

「単騎で突っ込んで、おおよそ半分を殺してた。――こんなに密集してるんだ、適当にやっても当たる。その台詞は今でも忘れてない」

 それに安心したからではない。

 口の端を歪めながら笑うその男が、魔物よりも怖かったからだ。

「到着した軍も、どう現場に展開すべきか、だいぶ迷ってたみたい。お互いに被害も出たし、ここ十五年でだいぶ立て直したけど、当時はほぼ壊滅状態で、ファズカの物流もかなり停滞してた」

「戦闘時間は?」

「おおよそ十日」

「なるほど……」

 日常生活をしていれば短いだろうが、戦闘時間ならば長すぎる。その間、自分以外の誰かが必ず、前線に立っているのだ、相当な負担だろう。精神的なものも大きい。

 戦争なら、ほかの解決もあるだろうけれど。

 魔物が相手ならば、殲滅するしかない。

「原因は?」

「事後調査も入って、今も一ヶ月に一度は調査依頼を出してる。加えて、国も調査を定期的にやっているけれど、原因はわかってない」

「初動調査で、魔術師が魔力関係の報告を上げませんでしたか」

「魔物の屍体も多かったから、特殊な魔力があっても、混ざっていて感知キャッチは難しかったそうよ」

「……、他国で似たような現象の報告は?」

「一応、ギルド内では各支部に通達はしたけれど、ここまで大規模であからさまなものは、今のところ報告は上がっていない」

「要調査対象となる小規模なものは?」

「真偽が不明のものも含めれば、それなりに」

「では、被害を度外視して、結果だけ見れば、討伐は成されている?」

「そうなるわね」

「……」

 どうなのだろうか。

 魔物の大量発生は、現時点でそう頻繁に起こるものではないし、それは自然発生もしにくい、ということだ。

 何故ならば、魔物にも生活があり、何も人間が食料になっているのは最悪の状況だけだから。この最悪というのは、つまり、森や縄張りにおいて、食料がなくて人里に降りてくる――そんな状況のことである。

 むしろ、人間の方が天敵がいないぶん、数を減らす機会は少ない。

 それに冒険者の存在が、魔物を一定数減らす役割を担っているし、逆に魔物が発生していそうな場所も知っている。


 だが。

 現実に、魔物は大量に発生した。


「どうしたの?」

「ああいえ、可能性を探っていました」

「可能性?」

「あなただって、もしも次に同じことが発生したら――そう考えて、準備はしてあるのでしょう? 同じようなものですよ」

「それは、そうだけれど」

「ただこれはボクの考えですが、同じ場所で二度の発生は、可能性が低い気がしますね」

「――どうして?」

「これは単純に、戦力の話です。現時点で、かつてと同じ規模の発生があったとして、撃退は可能だと考えますか?」

「やるなら、やるしかない。戦技帝がいなくても――」

「この街と引き換えにして?」

「……そうね、最悪そうなる」

「だからですよ。おそらく、魔物の発生に対する理由として、人間に害を与えるなんてことは、存在しないんです」

「あのまま放置していたら無事だったとでも?」

「いえ、それはありえません。ただボクには、魔物を討伐して欲しかったように見えるんですよ」

「討伐、して欲しい?」

「詳しくは聞かないでください、なんとなくです。ただ……そうですね、仮に魔物の群れがすべて、人間だったとしましょう。その場合、数ではこちらが有利だ、真正面から叩き潰せと、行軍を始める指揮官を、優秀だと思いますか?」

「いいえ、まったく。数の利があるなら、もっと違う方法を取るし、そもそも隠れて行動した方が、被害を出す点において有利に働くはずよ」

「そう、どんな魔物がいたとしても、なりふり構わず移動を開始することは、相当な理由が必要です。しかも、早い時点で人間が発見できた上に、街までは距離がある絶妙な配置。冒険者たちが到着するまでの時間さえ、計算されているかのようです」

「それは、結果論でしょう?」

「おかしなことを言いますね。十五年前のことを、結果以外の何をもって可能性を追うんですか?」

「――っ」

 さてと、そう言ってシロは腰に手を当てた。

「ボクのよく知る魔術師は、まずはこの世に偶然が存在しないと前提して考察を始める、などと言っていました。偶然があるかないか、ではないですよ? ないものを前提とするだけです。ここまではよろしいですか?」

「え、ええ」

「この場合、思考を逆にすると、よくわかるんです。戦技帝とやらがいたから助かった? それは違う、戦技帝がいたから魔物が発生した。こう仮定すると、面白いことに、最初から魔物の発生に対して、戦技帝が参加することを前提にしているかのような現実が浮かび上がるんです。まあ、ごくごく簡単な思考実験にも似たものなので、真に受けると痛い目に遭いますが――さて」

 ここからは未来の話ですがと、付け加えて。

「ボクなら、戦力が集中した時は、最大級の警戒をしますね。たとえば、戦技帝がまたここを訪れた時、あるいは、ランクAの冒険者が数人、この街で集まってしまった時――その因果が、被害は度外視して、対処可能な最大限のトラブルを引き起こすような気がしてなりません」

「……それは、あんたも含めて?」

「さあ? 手を貸すかどうか、それは別の話ですね。ではこれで失礼します。土産話は充分ですから」

「――また顔を出して」

「気が向いたのなら」

 十五年。

 シロにはどうにも、それが充分な待機時間に感じられた。


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