第7話 ある施術と自動人形
貴族街は、似たような屋敷が乱立している。
通路で四角形を作り、そこに屋敷を立てたような、ごくごくシンプルな造りであり、外装はそれぞれ違うものの、構造そのものは同じのようだ。
「……」
「どうした、そう遠くはないが」
「ああいえ、おかしな話ですが、それほどまでに国民が怖いのか、と」
「ああ」
なるほどなと、戦闘を歩くアールトンは言う。
「商人が金を動かすのなら、私たち貴族は人を動かす。それなりに恨みを買うこともあるだろう――が、そんなものは説明不足の言い訳だ。王国では、国政と貴族の働きは明確な区切りがあるから、むしろ金持ちに向ける嫉妬の方が強い」
「つまりそれは、持った金の責任を貴族が果たしていない結果だと?」
「そういうことだ。加えて、領主ならともかく、ここの貴族連中はやっていることが見えにくい」
「保守的、ですか」
「よくわかるな」
「そういう勉強もしましたから。これでもミカと一緒に三ヶ月、学生をしてたんですよ」
「その時点でか?」
「実力を隠していることを、隠していませんでしたから」
「どっちが先だ?」
「不信感を覚えていたのは確かですが、実際には仕事を引き受けてからですね。ちなみに殺害したのは、結果論ですよ。相手の攻撃を見て、受けて、それを真似てみたら、それが通じてしまっただけですから」
楽しめてはいたが、シロにとっては不完全燃焼だ。
「それと、ボクはギルドにも顔を見せなくてはいけませんので、よろしければ護衛を一人、つけてくれると助かるのですが」
「護衛?」
「案内人と言い換えても構いません。アカさんは預けておきます」
「いいだろう」
二つほど通りを変え、その先にある屋敷へ。
出迎えは、入り口ではなく玄関から中へ入ってからだった。
「おかえりなさいませ」
「「気持ちが悪い」」「ですね」「な」
出迎えに出た侍女に対して。
二人は同じセリフを口にした。
「失礼、外見の話ではありません」
「ケイセ、彼女に街の案内をして欲しい。誰か選んでおけ」
「すぐに」
「終わったら私の部屋に来い」
そして。
「屋敷で煙草が吸えるのは、私の部屋だけだ」
「では行こう。シロ、問題は起こすな」
「アカさんこそ、迷惑をかけないように」
「そいつは無理な相談だ」
肩から飛び降りたアカは、そのままダールトンの後ろについて行き、到着したのは執務室のようだった。
テーブルに灰皿があり、執務机の方にも一つ。真新しい煙草も置いてあるのだから、用意をする侍女たちをほめるべきか、煙草を好む彼に呆れるべきか、悩むところだろうが、同じ愛煙家としては、前者だ。
テーブルに乗って煙草を吸っていると、しばらくして先ほどの侍女がやってきた。
細い杖を片手に持ち、右目を閉じている侍女である。背丈はやや高めで、戦闘ができる女だとわかる。
――だがそれ以上に。
「座れ、ケイセ。このしゃべる猫とさっきの女は客人だ」
「はい。失礼します」
「俺はアカだ」
「――アカ、ケイセに不具合はあるか?」
「ふん」
煙草を消し、寝ころんだままのアカは目を細める。
「どこまでを不具合とするのか、悩みどころだな。本人の自覚は?」
「短時間の戦闘しかできん」
「日常生活に問題はない? よくもまあ、我慢できるもんだ」
「…………」
「ダールトン様、私は普段から我慢はしていませんよ?」
「ああ、痛みを堪えるなど、症状が表に出るものでもねえよ」
「アカ、信用したい。わかる範囲で説明してくれ。その内容によっては、返しきれない借りを作る」
「なるほどな。お前の場合は、見定めたいと口にすべきだ」
この二人がどういう関係かはまだわからないが、いずれにせよ見せる予定だったはず。つまりこれが、用件というやつだ。
「魔界から取り寄せた義足か。右目とリンクさせて神経系を繋いでいるんだろうが――紙とペンを寄越せ」
「いい、座ってろ」
ダールトンが動いて置いてやると、アカは器用にペンを持った。
「いいか、大きく見て人間とは線対象だ。細かく言えば違うが、バランスが取れている」
手早く人間の輪郭を描き、中央に一本の線を描いた。
「俺やシロが気持ち悪いと言ったのはな、まさにこのバランスの在り方だ。まず、右目に魔術品を埋め込み――どうせ宝石だろう。そこから魔力で繋ぎ、右足と繋げる」
何本を線を書き込み、正面を向いている想定として、つまり左側に太い線を作って、それは目から膝を通り、足首まで。
「バランス、という点ではこの時点でおかしいのはわかるだろうが、実際にそれは早計だ。もしこれでバランスが崩れているのならば、それは当然となる。だが、現実にお前はバランスを崩していない」
「……私は、バランスを崩している状態を、それが正常だと認識しているのですね?」
「魔術ではよくある理屈の通し方だ。施術そのものにも、文句はあるが、それなりに腕がなければ成功はしなかっただろうぜ。だがそんなことよりも、別のところに問題はある」
「なに?」
「この絵を見ろ。この仕組みが成立していることは前提だ、まずは右目の魔術品に魔力がいる。これはどこからだ?」
「ケイセ自身だ」
「そうだ。そしてこの魔術品は、神経系を繋ぐため、こういう経路を作っている。この魔力は誰のものだ?」
それは。
「結論から言えば、魔術品が作り出した経路であり、魔術品が変換した魔力の繋がりを利用して、義足を繋げている。この危険性がわかるか?」
「ああ、他人の魔力が体内で使われている状況だ」
「その状態が当然として、気持ち悪いという俺らの感想は至極まっとうだと思うが?」
「……なるほどな」
「さて、最初に戻ろう。お前の言う不具合とは、何だ? 義足をつけていることか? つけた結果、出ているものか? それとも、これから出るだろうものか?」
笑いながら問えば、大きくため息を落としたダールトンは、ケイセの隣に腰を下ろして、煙草に火を点けた。
「異常と正常、この二択がいずれも決定が難しいことは承知の上で言う。アカ、お前は正常に戻せるか?」
「ごく短時間で済ませたいのなら、義足をもう一つ用意しろ」
「魔術師ってのは、意地の悪いことを口にするヤツのことか?」
「それも一つの手だと言っているだけだ」
掘り出し物どころの騒ぎではなく、表に出ていたところで、それが何かすらわからないような代物の義足だ。もう一つ同じものを手に入れるのは、それこそ数年かけてようやくだ。
施術がいくら短時間で済んでも、それまでにかかる時間が長すぎる。
「経過観察も含めて一ヶ月だな。俺の専門分野だ」
「――専門?」
「ああ、厳密には得意な分野だ。何しろシロを作ったのは俺だからな」
「は?」
「今のところ、気付いたヤツはいねえけどな。あいつは人形だ」
それなりに難しい話だと、アカは新しい煙草に火を点けた。
「人形に魂が宿ることは、ある。怪談の中には、髪が伸びる人形や、夜中に歩き出す人形がいたって話があるだろう? それを実際に体験した人間もいる。まあこいつは余談だ、作業をしながらだ」
動くなよと言いながら、三つの陣を展開する。
「これは俺の構造式――のようなものだ、気にするな。人形にも魂が宿る、それが大前提だ。現実で発生しうる事象である以上、それは術式で理屈が通せる」
「待て、それはどういう理屈だ?」
「どうもこうもない。
「ああ」
「では、火を発生させよう。水に対して風を与える構造式を作ろう――火は発生するか?」
「不可能だ」
「そう、こればかりはどの魔術師であっても、不可能と断じることができる。何故か? これはそもそも、水に風を与えても火が熾きないようになっているからだ。それを、世界法則と呼ぶ。簡単に言えば、そんな仕組みは世界に存在してませんよ――そういうことだ」
「だからといって、世界に存在しているのなら、構築可能だと言えるものか?」
「これも簡単に言ってやろう。魔術とは、そういうものだ」
世界に理屈を通した、だなんて偉そうなことを言っているが、そもそも魔術とは、世界を探求するものだと理解できただけだ。もちろん、それを口にするだけの研究はしているが。
「基礎理論は
「あれか? 私が見たのは、料理をする人形だったが、ほとんど手しか存在しないような人形だったぞ? 移動も台車のような形状になっていた」
「情報量の削減だな。現状の主流だと、命令系統を絞った作り方をしている。料理に必要なものは何か? 両手と、レシピ。最低限この二つがあれば事足りる――では、どうしてそうするのか? これは構造式の複雑化を避けるためだ。何でもできる、これは難しい。だから目標を定め、選択肢を減らす」
「いわゆる容量そのものの削減、あるいは軽量化か」
「そうだ。ただ俺の場合は、人形ではなくヒトガタからの構想だからな。実際に魂を作って、人形の中に入れ、あとは馴染むまで待てばいい――とはいえ、簡単じゃねえよ。構造式を作るのに三年、人形の素体を作るのに二年、シロが目覚めるまでに一年」
「そこからは?」
「成り行き任せだ。人がそうであるように、性格や常識なんてものは、生活環境に左右される。そこまで気遣う必要はない。そもそもの目的が、俺の旅の矢面に立つ人間だからな、軽く戦闘ができて、頭が回ればそれでいいだろ。事実、猫が一人歩きじゃ行動範囲も限られるが、シロの肩にいつも乗ってる猫なら、そう目立たない」
「主従関係か」
「いや? 人形として作ったが、基本的に命令系統は組み込んでねえよ」
「じゃあ護衛だな」
「それこそ冗談じゃねえよ、あいつは俺の領域まで届いちゃいない」
ところでと、そこで会話を一度切る。
「まだ目を開いてないが、どうせ魔術品の色は黒だろう? その影響で髪の色や、もう片方の目も黒交じりになってるが、ブルーアイには戻さない方が良いんだな?」
「……何故」
「殺すつもりなら、目を貫く時に脳まで達するはずだし、義足が繋がるよう綺麗に切断する必要もねえよ」
「すまん、そうしてくれ。今のケイセは、このケイセだ」
「だろうな。……結論から言うが、クソみてえな構造式をイチから組みなおした方が早い。とりあえず応急処置だ」
「何をする?」
「魔術品が作る魔力そのものを、こいつの魔力を増幅する形にしてやって、疑似的に左右のバランスを整える。やることは、この二つだけだ。ケイセ、目を閉じろ」
「はい」
「体内で循環する自分の魔力に意識を向けておけ」
「わかりました」
「ああ、意識するのはいいが、術式を発動させるなよ。――いや、面倒だ、それはできないようにしておくから、お前は気にするな」
周囲に展開していた構造式をいったん消してから、一気に十六枚の術陣をケイセを中心にして円柱状に発現させた。
それは一つずつ弾けるように消える。
施術には、三十秒とかからなかった。
「もういいぞ、どうだ?」
「……少し、躰が軽く感じます」
「まだ動くな、そいつは今まで常時流れていた魔術品の魔力が、消える感覚だ。新しいものに、押し流されているようなものだな。念のため、明日までは安静にしておけ。途中で義足が落ちても面倒だろう」
「ダールトン様」
「半日くらい、お前がいなくてもなんとかなる。――アカ、明日の今頃には王城へ行けるだろう」
「だったら、案内にケイセをつけろ。訓練場でシロと戦闘でもして、とりあえず今の感覚を確かめろ。それを元に微調整をする」
「いいだろう」
「――さて、あとは作業のついでで構わない。十五年ほど前に起きた魔物の発生について聞かせてくれ」
「あれか……」
十五年。
長いようで、実際にはまだ記憶に新しい出来事だ。
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