ファズカ王国編
第6話 ファズカ王国
一週間の準備期間を置き、五日間の移動は乗り合い馬車で過ごし、やがてファズカ王国の関所にたどり着いた。
基本的に、商隊や軍隊以外の乗り合い馬車はここまで。
関所には人がずらっと並んでおり、それを眺めるシロはどこか楽しそうだ。
「……なんで?」
「いやあ、一つの手続きをするのに人が並んでいるのは、なかなか面白いですよ。商人と軍人は別のようですが、ミカはどうするんですか?」
「私もこっち」
「では隠しておきましょう」
「まあ、ほかの人にはね。関所の関係者は知ってるから」
「じゃあのんびり待ちましょう」
さすがに目立つので、アカは鞄の中――という名の、術式で作り上げた寝室で眠っている。
「楽しみですねえ」
「そう?」
「まだ田舎から出てきて、一年くらいですからね」
「じゃあ、あの街で一年くらい?」
「そういうことです。そのうちの三ヶ月くらいは学生でしたからね、あれはあれで窮屈でもあり、新鮮でもありました」
「退屈ではなかったんだ」
「それも感じてはいましたが、まあ機嫌が区切られていたので、楽しめば良いかなと。ミカはそうでもなかったんですか?」
「学校は肩の力が抜ける、それこそ唯一の場所だったから。それ以外が本当に面倒で、時間もかけたし、裏であれこれ動くのは仕事だとはいえ、まだこっちは経験が少なかったから」
「まあ、ミカはまだ若いですからねえ」
「それをシロに言われるのはちょっと……」
「へ? ボクだって若いですよ? 見た目以上に、ですけどねー」
「うん……?」
「いずれ話すことがあるかもしれませんね。ミカは二十……」
「四だね」
「それだけ若いのに軍人というのは、珍しいんですか?」
「そりゃね。本来ならようやく軍部入りして、基礎訓練からって感じ」
「おや、ボクが聞いた話だと、専門の学校があるそうですが、それでも基礎ですか」
「個人と軍人はまったく別物だから。私の場合は配属先が早めに決まってて、専門学校時代から既に現役として仕事を受けてたから」
「キャリアがあればこそ、ですか。となると、通常とは違うルートか……あるいは、技能の売り込みか。ミカの場合は――両方ですかね」
「片方だけじゃ無理?」
「いやあ、可能かどうかは知りませんが、両方あった方が楽に物事が進むんじゃないかと思いまして」
「なるほどね」
そんな会話をしているうちに、彼女たちの順番になった。
「はい次、どうぞ」
「ただいま」
先にカードを差し出せば、それを受け取った役人は、すぐ笑顔になった。
「はい、おかえりなさい」
「どうも」
なるほど、その程度のものかと、シロも続く。
「はいどうぞ」
「滞在は初めてです。一応これが紹介状ですが、必要でしたか」
「ああ、話が早くて助かります。……ギルドの紹介ですね? 長く滞在するようでしたら、滞在許可証か住民票を獲得していただければ、次から楽になりますよ」
「ありがとう」
「ようこそ、ファズカ王国領へ。楽しんでいってください」
なるほど、関所を越えるだけならば、それほど難しくないらしい。
――ただ、何かしらの報告はされるだろうし、記録には残りそうだ。
そこは単なる関所で、ファズカ王国領へ入ったに過ぎない。
目的地であるファズカ王国そのものには、さらに馬車で三日かかった。
直接馬車が中に入るのは特例らしく、少し離れた位置で降りる。商人たちはそこで取引をするか、店舗持ちは手押し荷車に荷物を乗せ換え、付近の馬房で馬を預けるのが通例らしい。
それを横目で見て――シロは目を細め、鞄から出てきたアカを肩に乗せた。
改める必要はない。
――城壁だ。
「まあ、国ですから、必要でしょうね。有事の際に建築を始めるようでは話にならない」
「そもそも、ファズカ王国は有事を作らない方向だけどね」
「そうなんですか?」
「私みたいな仕事はあれど、ここ百年の間に大きな戦争には発展してないよ」
人間が相手なら、とミカは付け加えた。
「魔物の相手は頻繁に?」
「や、十五年くらい前に大規模戦争があったけど、普段はそんなに」
「――
ぽつりと、呟くようにアカが言うけれど、人目があるので質問や返事はしなかった。
また確認があるのかと思ったが、城壁のところには門番兵が立っているだけで、素通りである。
いや、それもそうだ。今は戦時中ではない。
「一応、王国は商人がもっとも立ち寄る場所だから、それなりに人通りが多いの」
「それは国民数が多いからですか?」
「あー、それはどうだろう。兵力に関してはもちろん、多いんだけど、民間人だとそうでもない、かな。各領地にそれぞれいるし」
「なるほど? 武器も含めた生産職が多く、それは商品でもある。売り手と買い手が集まる場所でもあり、その相手が同業者であり軍人であるわけですか」
「そういう感じ。売りっていうよりも納品が多いだろうし、あとは買い付けかな。もちろん、民間人もそれなりにいる」
「それぞれ区画が別れているような造りですか?」
「まあね。うちに来るでしょ?」
「ええ、ぜひ」
「うちは貴族街の入り口付近にあるから。あ、そろそろ昼だけど食事を先にする?」
「いや、ミカも報告など仕事があるのでしょう? ボクのことはあまり気にしなくていいですよ」
「わかった」
そこから歩いて移動するが、石造りのイメージを強く感じた。しかし、内部が堅牢かと問われると、そうでもない。
硬いものは、
目に付くのは、冒険者よりも警備兵だ。特徴的な服装をした者はおそらく軍人だろうが、そうでない者もいる。ただ、明らかに冒険者は少なかった。
移動していると、途中から石畳の色が白に変わる。その時点で改めて周囲を見るが、王城に近いわけではなさそうだ。
「レンテンシャは男爵家、でしたか」
「やっぱ調べてた?」
「こちらへ来る前に、あちらの支部長に顔を見せたら紹介状を持たされ、さらにファズカ王国のギルドに必ず顔を出すよう念押しされた上で、少しだけミカのことを話していたので」
「通行証だけじゃなかったんだ。ああいや、支部長にしてみれば当然か……?」
「まあ、よくわかりませんが」
似たような屋敷が続く中、入り口からそれほど遠くない家へ入った。出迎えは侍女で、玄関から中へ。
「兄さんは?」
「談話室の方です」
「ありがと」
二階ではなく一階、庭が見える部屋に――そこにいたのは、二人の男性であった。
「おかえり」
そう言ったのは、眠たそうな顔をしている男だった。
「ただいま、兄さん。というか……なんでブタ野郎がここにいるの?」
「お前はどうして、私に対して敬意を払わないんだ?」
「嫌いだから」
もう片方は、やや太り気味の体格を持ち、煙草を吸っていた。
「ちょっと着替えてくるから、この子の相手しといて。――火種を殺した子だから」
じゃあよろしく、なんて言って部屋を出たが、シロは首を傾げて思考していて。
無言だなと気付いてから。
「ああ、失礼しました。ボクはシロです。こっちはアカさん」
「火種を殺したのか」
「そうですよ、お兄さん。まあ結果論ですけどね。ミカは、ボクとやり合うのではなく、投降を選択したので、何もしませんでした」
「投降、ね」
「しかし――ミカがいないので先に聞いておきますが、お二人の距離感は面白いですね。信用も信頼もしていないのに、拒絶ではなく、かといって迎合しているわけでもない。貴族というのは面倒ですねえ」
「レノ」
「私はダールトンだ。お前はギルドの影か?」
「ああいえ、違います。そこらの詳細はミカが知っているので聞いてください。試験は受けましたが、契約内容が気に入らなかったので拒否しました」
ひょいと、肩からテーブルへ飛び降りたアカが、煙草に手を伸ばす。
「おい」
「――なんだ、一本くらい寄越せ」
これまた珍しい。
黙って通すかと思っていたアカが口を開くとは。
「毒使いに、選択を迫られたやつが揃っているなんてのは珍しいぜ。今回の作戦を考えたのがお前で、補助をしたのが」
お前かと、ダールトンとレノを順番に見た。
「風抜きでもしたかったのか?」
煙を吐き、にやりと口の端を吊り上げる。
「若造が成果を出すと、周囲がうるさそうだ」
「……私は知らなかったが、最近の猫はしゃべるのか?」
「いえ、普通はしゃべりません」
「おいシロ」
「だってアカさん、ボクは猫に対して最上級の敬意を払って挨拶しますが、会話ができた猫はいませんでしたよ」
「その敬意はもちろん、俺にも向けられてるんだろうな?」
「え?」
「……」
意外そうな顔を、冗談ではなく真面目にやられると、返答に困ることを知った。
「どうして、私はともかく、レノの
「副次的な、未来情報の取得だろう? いわゆる戦術面、そうした考察が秀でている。内世界干渉系の術式はわかりにくいが、制御しきれていない、隠していない、この二つが揃っていて見抜けねえのが魔術師だというんなら、お笑いだ」
「大半の連中がお笑いだろう」
「戦闘技術は隠すくせに、魔術を隠さないのは悪い風習だな。
「なら魔術師、お前は何をしに来た」
「情報収集だな。古い文献で、何か地上での移動が困難だった、みたいな記載を見たことがあるか?」
「レノ」
「……どのくらい古い?」
「ほとんど伝承の領域だ」
「となると、…………」
「寝るなよレノ」
「まだ起きてる。確実じゃないが、スライド、なんて単語を拾った覚えがあるな。図書館に通っていた頃じゃないから、下手すると国庫の可能性がある」
「国か」
「……どうだ、私は明日にでも王城へ向かうが、ゲストとしてついて来るか? どうせミカも報告を上官に提出するはずだ」
「ああ、興味がありますね。ボクは特に、軍人の錬度に」
「なんだ太いの、要求は俺に対してだろう? 何かあるのか?」
「それは後で話すが、お前が魔術師だというのなら、それなりに要求はある」
「へえ……」
足早に、ミカが戻ってきた。
「お待たせ――ん?」
「ミカ、こいつらは私が預かる」
「ええ……? 何を考えてるのか知らないけど、あんたの手には負えないよ?」
「だから私が預かるんだろうが。胸と一緒に頭も成長させないからそうなる」
「ぐっ……このブタ野郎、いつも一言多いんだから」
「どうせ報告書だろう、明日か明後日は私も王城に用がある、声をかけろ。いいな?」
「はいはい、わかりましたー。シロ、こいつ女好きだから気を付けて」
「覚えておきます」
シロは、右も左もわからない状況に慣れている。
ミカの知り合いだからといって、過剰な警戒はしないし、信用もしない。
ただ。
アカと同じく、楽しむことは忘れていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます