第3話 ミーケイカル・レンテンシャ

 冒険者ギルドに拘束された、とはいえ、ミカの扱いはそれほど酷くなく、食事も与えられたし、ベッドで寝ることもできた。

 そして、呼び出しがかかったのは翌日の昼前なのだから、かなり早い。

 待っていたのは、目つきの悪い男だ。

「来たか」

「あらら、支部長自ら?」

「そりゃこの事態だ、俺が出るしかないだろう」

 案内した二人が出ていき、男女が入れ替わりで入ってくる。

「ギルドの影、か。知ってはいたけど、かなりの錬度ね? シロが戦闘してた時も、私は一人しか気配を掴めなかった」

「そうじゃなきゃ仕事にならんだけだ。――さて、お前たちがやってきたやり取りは一通り読ませてもらった。まずは、……そうだな、あんたの名は?」

「ミカ。ミーケイカル・レンテンシャ。ファズカ王国軍情報部、大尉」

「確認だが、レンテンシャ家の人間で間違いはないんだな?」

「うん、兄さんがそれなりに有名だから知ってるでしょ」

「できれば、動いて欲しくない人間だな」

 支部長は煙草に火を点けた。少し眠そうなのは、おそらく今回の件であまり寝ていないからだろう。

「はっきりさせておこう、お前はか?」

「うちでは、火種も火消しも同じだけれど、今回は結果的に、火消しに回っただけよ」

「……正直だな」

「去年、こっちに来たのは仕事もそうだけれど、視野を広げたかった部分もあるのよ。で、あの馬鹿――教員をやってたセーコを含め、二人が冒険者の資格を取ってた。その時点で、今この状況は予想できたから、まあ二重諜報コウモリみたいな生活を続けてた感じ」

「去年だと?」

「うちの、ええと、ファズカ王国のやり方は、目立たずに生きる現地の人間と入れ替わることで潜入する。私の代わりにミカと名乗って、学生をやってた子がいて、それと私は入れ替わったのよ。病気で三日くらい寝込んで、かなり発熱してから替わったから、記憶の齟齬そごなんかは誤魔化せる」

 というか。

「そのくらいのこと、知ってるでしょ? 冒険者ギルドは、政治介入せず、あくまでも中立だからこそ、世界中に支部がある」

 だがそれは、知らないとイコールではない。

 介入はしないが、繋がりはあるのだ。

「あのデブ貴族が馬鹿なことを考えなければ、動く必要もなかったんだけどね」

「ミーニ王国との戦争か」

「狙いは、そう。できるだけ長引かせたいって考えてただろうけど、そんな簡単なことじゃないし――今回みたいに失敗しても、うちらが消えるだけで済む」

「……で、お前の兄は動くのか」

「それがわかったら苦労してないよ。ただ、ファズカ王国そのものは、望んでいないはずだし――ああでも、それなりにあのデブ貴族がいなくなると、困るかな」

「国が動かないなら、ギルドの仕事だぞ」

「そのあたりの曖昧さは、もう慣れてると思うんだけど」

「少なくともミーニ王国が政治的判断で動くことじゃないな」

 あくまでも。

 彼らが問題にしているのは、不干渉としているのにも関わらず、冒険者の資格を持った人間が、戦争の火種を作ろうとしていたことだ。

 いわゆる、ルール違反に対する罰をどうするのか、その範囲をどこまでやるか、そういう問題だ。


 ――だからこそ、冒険者ギルドは怖い。


「冒険者になるなと、そういう教育はしてないのか?」

「してる。でも、世界のどこでも通用する身分として、潜入をする人にとっては、利用価値が高すぎるもの。私みたいに裏を知ってれば、絶対に手出しはしないんだけどね」

「まあ、今回の件にしても、資格を持ってなけりゃ、見逃していただろうな」

「逆に今度は、私が曖昧な立場になっていたでしょうね」

「だが、よくやり取りの手紙が残っていたな? 普通はすぐ燃やすだろう」

「すり替えは得意だから。中身を読んで、燃やす前に封筒を入れ換えてたの」

 どうせ失敗するのがわかっていて、大尉という立場からしても、レンテンシャ家の人間としても、一緒に死ぬような下手はできない。

「いずれ情報を流して今みたいな状況にする予定だったからね。ただ、私としてはシロがギルドの影だとは、一切気付かなかったから、驚いたんだけど」

「――よしてくれ」

 即座に返答があり、支部長は舌打ちをしてから、吐息を落とす。

「お前は外交官みたいなものだ、念押しをしておく。あのシロって女は、ギルドには無関係だ」

「――へ?」

「そもそも冒険者ですらない」

「どういうこと? ああいや、ごめん、深い事情があるなら聞かないけど」

「実力はある。今回の仕事にしても、ある条件を満たすために引き受けさせただけだ。……まあ、こっちの予定とは違ったが」

「……うん」

「実働として雇ったんだ、犯人捜しをしろとは言わなかったが、こっちより先にすべてを済ます段取りをつけて、今回の結果だ。予定以上の仕事をした」

「部外者に任せたの?」

「そういうことになる。あいつは冒険者としての試験を受けて、実際に合格もしているんだが……」

「ああうん、実力の一端いったんは見たし、私も見抜かれた上に、あの子はずっとそれを隠したままだったから、当然だろうけど」

「当然、ね」

「違うの?」

「ランクアップ試験、つまりランクFからEの必須試験で、八人で盗賊の討伐に向かわせた結果、二十一人をたった一人で全て殺した」

「いや……二十一人に対して八人じゃ、少なすぎるでしょ?」

「バックアップにランクCが二人同行していて、その人数なら手助けもする――予定だった。しかも、捕らわれていた女が三名、商人が二人、生き残っていた」

 捕虜がいる、という時点で襲撃の難易度はかなり跳ねあがる。

 一人でも逃げられれば、再起を図るだろうし、逃げなくても捕虜が殺されれば、それはもう被害が出たも同然だ。

 解決速度が重要だろう。作戦……いや、そういう話ではない。圧倒的な実力差の結果か。

「でも合格したんでしょ?」

「最後、誓約書にある規定を読み終えて、やっぱりやめると、笑いながら言っていた」

「――なんで」

「政治介入できないことを嫌がってたな。冒険者ギルドを敵に回しても問題なくなったら、また登録しに来る――冗談に聞こえるか?」

「いいえ」

 知っている。


 そういう連中を、戦闘狂愛者ベルセルクと呼ぶのだ。


 簡単に言えば、度が過ぎた戦闘好き、である。

 しかも、それなりに分別がついているから、余計に厄介で、ところかまわず喧嘩を売るのではなく、巧妙に、手回しをして、最高の舞台で敵と戦いたがるのだから、目を離せない。

「ただ、セーコを殺した時は、そういう感じを受けなかったから」

「そうか? 何かを試している素振りもあったと、報告は上がっているがな。ともかく、あいつはギルドの人員じゃない。そこは間違えないでくれ」

「うん、わかった」

「さて、お前の処分だが、しばらく裏取りと手続きがある。監視付きにするから、街からは出ないでくれ。今後の予定は?」

「ファズカ王国に戻って、報告はするつもり」

「まあお互いに、敵対するような真似はないだろう。監視については、距離を取らせるが、余計なことはするなよ」

「しないって。ああこれは本心よ。それと、できればそっちで退校手続きとかしてくれると助かるんだけど……」

「――なんだ、入れ替わりで元通りにはしないのか?」

「同じ手を二回やってどうすんの」

「わかった、話を通しておく。どのみち、教員だったやつの後始末があるからな」

「それと、一つだけ頼みがある」

「なんだ?」

「監視付きに不満はない。ただ、相手からの悪意に対して、こっちは迎撃する場合がある」

「ああ……そういう状況を誘発させれば、監視付きのお前は、どうであれ疑われるって状況か」

「そう」

「細かいことだが、随分と慎重だな」

「そりゃね」

 もしも、冒険者ギルドがミカを排除したい場合、あるいは、排除したいと思っている誰かがいた場合、暴漢を仕立て上げて襲わせるのが一番手っ取り早い。

 その状況で防衛行動をしたところで、前科があるため、正当性を訴えることが難しいからだ。

「わかった、こちらできちんと配慮しておく」

「ついでに、あのブタ野郎を処分できる?」

「それは俺が判断することじゃないな」

「残念。じゃあもう出ていい? 宿くらい取っておかないと」

「おう。面倒は起こすな」

「はいはい。じゃあ、よろしく」


 しばらくはのんびりできそうだ。


 顔が割れているのは、学校関係者くらいなもので、仮に見つかったとしても、いくらでも言い訳は効く。だったら、好きに過ごそう。豪遊はできないにせよ、それほど資金にも困っていない。

 ただ、やはりまずは宿だ。

 できれば食事処が同じで、かつ、冒険者が立ち入るような場所の方が安心するだろう。

 だったらギルドの近くか、出入口の近く――今回は、行動範囲も考えて、後者にしておいた。すぐ外に出られるほど近くもないし、学校からは離れていて、学生が出歩く範囲からは外れている位置だからだ。

 中に入れば、雰囲気が良い。適当に雑音があるし、冒険者もそれなりにいて、いかにも――という感じである。

 受付で話すと、空き部屋があったので、そこを借りた。とりあえず一週間で。


 それを終えたら。


「おや、ミカじゃないですか」

 二階から声がしたので見ると、そこにいたのはシロだった。

「どうかしましたか?」

「いや、ギルドで事情聴取が終わったから、宿を取ったんだけど、ここ、シロも使ってたの?」

「ええまあ。時間があるようなら話しますか?」

「うん」

 部屋の確認より前に、テーブルに座って軽食を頼んだ。シロは飲み物だけで、抱えていた黒猫を膝にのせて座る。

「といっても、ボクはそちらの事情にあまり興味はないのですが」

「そう?」

「どうせ面倒な政治的なあれでしょう?」

「うん、そうなんだけどね。いろいろ聞いたけど、冒険者の試験は受けて、辞退したって?」

「あはは、あれですか。実は最初からわかっていて、どんなもんかと受けてみただけなんですよねえ」

「わかってたんだ」

「そりゃ調べますから。田舎で暮らしてたのは本当で、ボクとしては軽い運動も兼ねて、ちょっと遊んでやろうって感じですか。高ランクもいませんでしたし、肩透かしでしたが」

「たぶん、ランクBくらいは認定されそうだけど」

「政治介入できない時点で、歯がゆい思いをしそうですからね」

「でも、今回の件は引き受けた」

「いやあ、学校指定のダンジョン、あれの管理をしているのが冒険者ギルドでしたから、その流れで相談を持ち掛けたんですよ」

 違う。

 たぶん、それすら織り込み済みのはずだ。

 試験を引き受けて、試験内容よりも高度な結果を見せた上で、より良い交渉結果を得る――そういう青写真を描いていた。

「ダンジョンの?」

「二層以降に潜りたかったんです。興味本位……あるいは、調査ですか。そのために、ちょっと仕事を引き受けてくれと言われて、今回の件でした。ボクとしては、学生という生活も短いながらもできて、有意義でしたね。ミカにも、いろいろと助けられました」

「助けたっけ……」

「楽しめた、ということですよ」

「そう。じゃあ、これからダンジョンに?」

「今すぐってわけじゃないですよ。許可はまだ貰えていませんし、退校手続きもしなくてはいけませんからねえ」

「……」

「ミカはこれから?」

「うん、保護観察中だから、それを終えてから所属している国に戻るけど」

「どこの国ですか?」

「ファズカ王国」

「なんだ、隠していないんですね。まあ、ボクとしても知っていたので、確認ですが」

「でしょうね。……うん、でもだったら、どう? 私もダンジョンに連れてかない?」

「同行ですか」

「そう。どうせしばらく出れないし、ダンジョンの探索をしてみたいってのもある。それ以上に、シロのことを知りたいって気持ちも本当ね」

「ふうん……? まあ、ボクは構いませんが、ギルドへの打診が必要ですよ?」

「そのあたりはやっておくから」

「なら良いですよ、一緒に行きましょう。それほど奥に行くつもりもありませんから」

「あくまでも調査?」

「ええ」

「わかった」

「じゃあ予定が決まったら教えるので、それまでに装備くらいは整えておいてください。槍は、あまり量産品もありませんからね」

「――そこまで?」

「なんとなくですよ」

 一度も使ったところを見せていないし、そもそも愛用の得物を持ち込んではいない。

 どうやってそれを見抜いたのかはわからないが、やはり。

 彼女のことをもうちょっと知りたいと、そう思った。


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