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四穂が帰ってきたのは夕方の四時頃だった。それまでわたしとお父さんは居間で話し合いをしていた。わたしたちには十分に時間があったが、問題はそれをどうやって隠し通すかということだった。
玄関を上がった四穂は居間へは来ず、まず二階に上がった。それから降りてきて洗濯機の中の乾いた衣服を取り出し二階に持っていった。
お父さんは静かに「四穂は朝と晩以外居間に入ってこないんだ」といった。
無理はない。居間は一種お父さんの居城なのだった。部屋の中にあるほとんどがお父さんのために存在し配置されていた。こたつの隅にはテレビのリモコンが整然と置いてあり、そこから内側に向かってエアコンのリモコン、携帯電話、固定電話の子機が並んでいた。その順番はいつ見ても変わらない。お父さんの左側には電気ポットと急須と茶葉が一緒にしてあり、体を曲げるだけでお茶を淹れられるようになっていた。湯呑みはお父さんの前にいた。尿管結石の話など忘れたらしく、今日はすでに二リットル近く飲んでいた。むしろこれだけ飲めば結石も流れるだろう。一時間に一度トイレに立つのだった。
四穂の気配は風呂場で湯を沸かし、それから台所に来た。風呂場から廊下を通ることで居間を避けて台所に入れるのである。居間は四方を閉ざしていた。ひとつ、ここは完結した安全地帯だった。あるいは意図的に四穂はお父さんをこの中にしまい込んでいるのかもしれない。そしてしまったものを四穂は避けている。
「今日の晩御飯は煮物だったかな」とお父さんはいった。
煮物ならばまだ時間はかかるだろう。四穂の居間に入ってくるのを先延ばしにしたい感覚に当てられた。わたしは四穂に対しておかえりといわなければならないのだった。しかしわたしたちの関係がそこまでのものなのか今日になって疑いはじめていた。
台所から包丁を使う音がきこえてきた。お父さんは小説を読んでいた。わたしは何もしていない。この日は三月四日だった。春休みはあと一か月である。
晩御飯は煮物だった。
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